第十四話 嘘から出た真
本日二度目の更新です。前話を読んでいない方はご注意を。
体が、お腹の辺りが熱い。燃えるようだ。
(一体、何が?)
目を開けると周囲は真っ暗だった。目を凝らしてみるとどうやら周囲にあるのは瓦礫で、どうやら僕はその下敷きになっているらしい。
(さっきの衝撃の所為だろうな)
そう思って起き上がろうとしたところで、ふと腹部が濡れていることに気付いた。そこだけ水でも掛けられたかのようにベチャベチャに濡れている。
「あ、あはは、嘘、だろ」
そこには穴が空いていた。そしてその穴から大量の血が溢れ出ている。服だけではなく体までその穴は貫通しているのだ。
だと言うのに僕は余り痛みを感じてはいなかった。燃えるように熱いだけ。ただただその熱さだけが自らが大怪我を負っていると僕に訴えかけてくる。
「ぐ!? げほ!」
当たり前の話だが内臓も損傷しているらしく、口から血を吐いた。人生初の吐血という奴である。
(これが肺から来ているのなら吐血じゃなくて喀血かな)
そんなバカな事を考えながらもメニューを開いて状況を確認する。
周囲の様子を見ると、さっき見た時とほとんど変わっていない。どうやらまだ誰も何が起きたか理解できてはいないようだ。恐らくいきなりの事に呆然としているのだろう。
数少ない変化はあの黒い光点以外では僕の負傷と、
「……これは即死だろうな」
僕のすぐ傍にいた例の男のである。
どうやら一緒にあの衝撃を受けたらしく、その損傷の具合は僕なんか比べ物にならない程にひどかった。
下半身は完全に吹き飛んでおり、上半身もズタズタ。着ているローブもボロボロである。
(とにかくまずはこの傷をどうにかしなきゃ)
何をするにしてもこの状態ではまともに活動も出来やしない。
現にHPゲージも制限付きの表示ではあるものの、かなり減っている。否、減少し続けているではないか。
すぐに魔法を使ってステータスにあった『状態異常・肉体欠損』を選ぶ。
すると次の瞬間、体が光ったと思った時には体に空いた穴も焼けるような熱さも跡形もなく消え去っていた。流石はチート、相変わらずふざけた効力である。
「体力も思った以上に減ってるな」
回復薬を飲みながら考えてみれば、こうしてまともにダメージらしいダメージを負ったのは初めての事である。
そもそも制限していたとは言えレベルは100もあったのだ。それなのにここまでのダメージと肉体的損傷を負う事になるとは驚きである。
(敵はそれだけの相手ってことか)
初めて見る黒い光点。しかもただの光点ではなく悪魔のような形をしていた。頭の中に鳴り響いた聞いたことのない警告音からしても相当ヤバい相手なのは間違いない。
すぐに相手のステータスを確認すると、そこには信じられないものが書かれていた。
「レベルは113でかなり高いな……って種族が下級魔族!?」
どうりでかなりのダメージを負った訳だ。まさかあの状況では向こうの方がレベル高い上に相手が下級とは言え魔族とは。流石にこれは予想出来ない事態である。
もっともナバリ男爵自身が有りもしないという事を認めていたので、これは男爵にとっても予想外の出来事なのだろう。まさか本人も自分が吐いた嘘がこんな形で現実になるとは思いもしなかったに違いない。
(と言うか、誰もこんなこと予想出来ないっての)
そうこうしている内に周囲の停止も徐々に解け始めていた。
男爵と数名は一目散にこの場から離れていっている。大方逃げたのだろう。
自棄になって魔術兵器とやらを使われるよりはマシだが、この街を治める者としてどうなのかと思う逃げの早さである。
期待など全くしていなかったが腹立たしい気持ちはどうしても消えないというものだろう。
それ以外の護衛はどうやら魔族を敵と認識したのか、そいつに向けて攻撃を仕掛けているようだ。
だが、はっきり言ってそれは無意味だ。レベル差が圧倒的だし効く訳がない。
「……ハ。コノハ! どこにいるの!」
そんな時だった。微かだがミーティアの声が聞こえたのは。
「ミーティア!」
「コノハ! 無事なの!」
僕の声に気付いたのかミーティアがすぐ傍までやって来る。
確認したが、どうやら三人とも無事なようだった。離れた場所に待機させておいたのが功を奏したらしく僅かもHPが減ってはいない。
「この瓦礫の山の下敷きになってはいるけど無事だよ」
「よかった。でも、だったら今すぐ逃げなきゃ! 今は結界装置が作動して敵を押し留めているみたいだけど、長くは待ちそうにないわ。どうにかして出られないの?」
出ること自体は簡単だった。その気になればこの程度の瓦礫の山など邪魔にもなりはしない。
「……僕は大丈夫だからミーティア達は先に逃げるんだ。ここにいたら巻き込まれる」
だけど僕はそう言った。
「なに言ってるの!? いいから早く出て来てよ!」
「別に死ぬつもりで言ってるんじゃないよ。ただここから出るのには時間が掛かる。それにミーティア達に傍にいられると逆に出辛くなりかねないんだ。のんびりしている暇はないし、どうにかして無理矢理ぶち破ることになるだろうからね」
悲壮さなど欠片も感じさせないようにそう言った。実際そんなものは皆無だったから演技の必要もない。
「絶対に生きて戻るからミーティァ達は先に逃げるんだ。それと一つ頼みを聞いて欲しい」
「……その言葉を信じるわよ。それで何をすればいいの?」
「街の人達をここから出来るだけ遠ざける事。ただし絶対に街の外には出さないようにして欲しいんだ。理由はすぐにわかるはずだよ」
そんな根拠も示さない無責任な言葉を、
「わかったわ」
ミーティアは全く反論どころか疑問さえ挟むことなく信じてくれた。
「……それじゃあ行くけど、自分の言ったことくらいは守りなさいよ」
「これでも勇者の仲間だからね。人類を救うのは無理だけど、それぐらいの事なら守ってみせるよ」
「バカ」
その言葉を最後にミーティアはロイゼさん達を連れてこの場から去って行った。
そしてそれを見届けることなく、すぐさま僕も動き出す。
まず初めに闇狐の仮面を装備する。メニューの便利機能の一つとしてステータス内で装備と選択すれば勝手に装着してくれるのだ。
そうして仮面を着けた後は、
「……悪いけどいただくよ」
死んだ彼からローブを貰い受ける。ボロボロに損傷していたが、それも魔法を使って『損傷・大』という表示を消せば完全に元通りだ。
「さてと、次だ」
そのマントも装備すると感傷を振り切り、すぐさま次の行動に移る。
転移によるこの場から脱出。これで瓦礫を崩すこともなく外に出ることができた。
邸宅の通路に堂々と現れたが、この混乱で誰もいないのは確認済みだ。そしてそのまま駆け足で部屋を見て回る。
そうしてしばらくして目的のものがありそうな部屋へと辿り着いた。
「服だけじゃなくて靴まであるのか。ラッキーだな」
そう思ったのも束の間。その殆どがあの肥満体型に合わせた物だったからサイズが合わなかったのだ。それは服だけではなく靴も同じである。
焦っていると、ふと壁に掛けられて飾られている服がある事に気付いた。どうやら装飾というか見栄の為に所有していたものらしく、そのサイズは普通のものだ。
ただ色は濃い青を基調として落ち着いているのはいいのだが、そのデザインが気になった。
僕からするとそれは何処からどう見ても軍服、しかもコスプレをする為の機能性よりデザイン重視の服にしか思えない見た目なのだ。ネクタイとかこっちじゃ不用だろうに。
だがそこは我慢するしかない。あの男爵が選んだものにしてはダサくはないのがせめてもの救いだろうから。
若干の抵抗はあるもののメニューを使う事によって一瞬で着替えた。
「服は上下ともこれでよし。後は靴だ」
変装するのだから完全に別人になりきらなければ意味がない。
僕が所有している服や靴などはエボラさんから買った物だ。ミーティアにそれを見られれば恐らく一発で正体がばれてしまうだろう。それでは変装の意味がない。
あまり時間もないので、これまた飾られている中の適当な靴を拝借する。
選んだのは向こうで言うならブーツに似ている黒色の靴だ。この中では一番動きやすそうだったのが選んだ理由で、他の物は宝石などが華美に飾られており動きやすいと思えないので却下である。
ついでに近くに有った靴と同じ材質で出来ているらしいグローブも装着して準備万端。
傍にあった鏡で自分の姿を見てみたが、完全に別人だった。
ただ少し、いやかなり怪しい外見となっているが仕方がない。
(ゲームとかならこんなキャラがいそうな格好だよなぁ)
これで髪の色がもっと派手なら完璧ではないだろうか。
どんなに言い訳してもコスプレしている感じしかしなくて恥ずかしい。そんな事を考えて頭を抱えそうになるが、今はそんな事は後回しである。
そして最後にレベルを調節すると、
「行きますか!」
僕は半ば自棄になって気合を入れて飛び出す。
そうして誰にも見つからないように崩壊した邸宅の外に出ると、空が青くなっていた。現在の時刻は夜なので青空が広がっている訳ではない。
「これがミーティアの言っていた結界なのかな?」
どうやらこの青い光が結界で、街をドームの天井のように覆う形で守っているらしい。そしてそのすぐ上では魔族らしき奴がそれを破ろうともがいているようだ。
結界は攻撃を加えられる度に明滅を繰り返して振動しているように見える。更に所々に罅割れも起きていることから破られるのも時間に問題だろう。
(この結界ってどういう仕組みなんだろう? そもそも何で僕の時だけ攻撃が通ったんだ?)
その場に残った護衛達は地面から魔法や弓矢で魔族に向かって攻撃を放っている。
どうやら結界は外からの攻撃や敵を通さないのに、内側からは違うらしい。現に攻撃は結界をすり抜けて魔族に当たってはいる。
もっとも当たりはしているものの全く効いてはいないようだったが。これでは意味がないと言わざるを得ないだろう。
最後の確認に周囲の様子を見てみると、ミーティアや街の人達はちゃんとこの場から離れている。そして街の外にも出ていないようだった。
意外だったのはナバリ男爵とその数名の取り巻きが、どうやってかはわからないが街の外へと出ていることだろうか。
先程向かった方向には表向き出口などなかったと思うのだが、隠し通路でもあるのだろうか。
(まあ、何でもいいか)
マップで詳しく調べればわかると思うのだが、今はそんなことはどうでもいい。
ただ流石と言うべきか、男爵はある程度の金だけはしっかりと持って逃げているらしい。もはやここまで来ると反省を促す気など起きないというものだ。
あの性格はきっと地獄に落ちても変わりはしないだろう。
「でもこれでやりやすくなったから、むしろ好都合かな」
男爵はこの街が魔族によって消滅させられると睨んでいることだろう。きっとそれは間違った判断ではない。
レベル100越えという時点でこの街の誰もが敵う相手ではないのは判りきっていることだ。例えミーティアが相手だろうとそれは変わらないのだから。
ただ唯一の誤算があるとすれば、
「神の意向を無視した僕がこの街にいたことだろうね」
その時だった。
遂に結界に限界が訪れ、ガラスが割れるような音を立てて砕け散る。砕け散った結界の青色の破片はキラキラと光りながら宙を舞って、幻想的な光景を演出していた。
「もう、終わりだ……」
誰かのそんな声が聞こえた。
その人物にしてみればこの光景は死ぬ前の最後の景色に等しいのだろう、恐らくはこの光景を見ているほとんどの人がそう思っているのかもしれない。
「さあ、人間共よ! 我が力の前に消え去るがよい!」
そして魔族でさえもそれを確信しているかのようなそんな発言をしているので、
「いいや、消えるのはそっちの方だよ」
その背後に転移して教えてあげたのだった。優しく、耳元で囁くようにして。