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第十三話 語られた真実と黒い影

 目の前にあるのはナバリ男爵の邸宅だ。相変わらず僕には理解できない趣味の石像が庭に並べられているのが門の外からでも見える。


 それに加えて夜だというのにこの街でこの邸宅だけが明かりに包まれていた。どう見たって過剰な光で、これを少しでも街の方に与えてあげればいいと僕なら思うのだがナバリ男爵はそうは思わないのだろう。


「貴様ら、こんな時間に何の用だ!」


 門番の二人の兵士が僕達の事を見咎めてくる。それ自体は実に正しい事だった。こんな真夜中にいきなりやって来たのだから怪しまれて当然だ。


「ナバリ男爵にお話ししたいことがあって来ました。ですからそこを通してもらえませんか?」

「何を言うかと思えば、そんなことを許す訳がないだろうが。そら、さっさと帰れ」


 そう言いながら腰の剣に手を掛けて威嚇してくる。


「そうですか、それなら仕方ないですね」


 僕はわざとそう言って踵を返して、


「やっぱりこうなったわね」

「だね。でもこれで遠慮しなくていいから気が楽だよ」


 無防備に見えるその背中に斬りかかってきた兵士はミーティアによって投げられて地面に倒れていた。その上、首に当て身をくらって声を上げる事も出来ずに意識を奪われている。


 門番の兵士までこれなのだ。それ以外の奴らも退()かないのなら同じ奴と見なすことにしよう。


 それはつまるところ痛い目を見てもらうという事に他ならない。


「だ、誰か。が!?」


 仲間を呼ぼうとしたもう一人の兵士には石をプレゼントした。蹲っているところにミーティアが先程と同じようにして意識を奪い無力化に成功。実に鮮やかな手並みだ。


「それじゃあここからは容赦なしで行くから、ミーティアは後ろに下がってロイゼさん達をよろしく」


 予め決めていた通り、僕は一人で先に進む。


 まずは門の前に立って、


「よっと」


 軽く蹴りを叩き込んだ。たったそれだけのことなのに、面白いほどに門は壊れながら吹っ飛ぶ。そして巨大な庭の中程でようやく地面に落ちた。


「来たね」


 その音を聞きつけたのか、あるいは既に配置してあったのかはわからないが屋敷やその周囲から続々と兵士が現れる。


 そしてこちらを包囲しようとするので、僕は石を取り出すと石像目掛けて手首のスナップだけでそれを投げてみせた。


 その結果は粉砕だった。直撃した石像は粉々になってその形を一瞬で失う。


 信じ難い光景を見た兵士達は口を大きく開けて呆然とした表情でこちらを見ている。実に間抜けな顔と言っていいだろう。


「こうなりたい人から掛かって来てください。投げる石は腐る程ありますから」


 それだけ告げると僕は前に歩いて進みながら次々に石像や銅像目掛けて石を放っていった。そしてそれが粉砕されて破壊される度に兵士達は恐怖を表すように一歩ずつ後ずさりしていく。


 最後の仕上げに僕は壊れた石像の中で僕の身の丈程はありそうな石の破片を持ち上げると、


「よっと」


 人がいないことを確認した上で邸宅の片隅目掛けて投げつけた。


 巨大なそれは容赦なく建物にぶつかると壁を突き破っていく。豪勢な邸宅の一部がごっそりと削られたかのように無くなったのを見た兵士達は、


「う、うわあああ!」

「こんなの敵いっこねえ!」

「逃げろ! 逃げるんだ!」


 蜘蛛の子を散らすように逃げていく。中には気丈なのか恐怖で動けないのかはわからないが、その場に残っていた人もいたけど、


「この場に残るって事は邪魔する気があるって事でいいんですか?」


 と、笑顔で聞くと逃げるかその場で腰を抜かすかして戦う意志がない事を示してきたのでよしとした。これだけやってまた襲ってくるようならそれなりの対処をするだけだし。


 そうして僕は堂々と歩いて邸宅の入り口まで辿り着くと鍵が掛かっているその扉をまたしても蹴破って開ける。


 何だか映画のワンシーンみたいでちょっと楽しかったのは秘密である。


 まあ、それにしては蹴りの威力が強過ぎて、扉が向こうの壁にめり込んでしまったのがちょっと失敗だったけど。


「す、すげえな、おい」

「いえいえ、魔術のおかげであって僕自身の力はたいした事ないですよ」


 そうやって軽く嘘を吐いて誤魔化しておく。これで仮にこの馬鹿力が噂になっても魔術のおかげとなるはずだ。たぶんだけどその方が素で強いと知られるよりはマシだろう。


「複数の気配を奥の方から感じるわ」

「たぶんそこにナバリ男爵がいるはずだね」


 実際にいる事を知りながら僕はミーティアの意見にそう賛同してみせた。ついでに言うと、そこにはわざと逃がした奴と思われる例の半透明の光点も存在している。


 ほぼわかってはいた事ではあるが、これで襲撃者とナバリ男爵が繋がっていることが確実となった。後は終わらせるだけである。


 そのままこれまた庭以上に悪趣味な絵画や像が飾られたエントランスを進んで行き、同じような通路を行く事しばらく、


(長い。と言うか大き過ぎだって)


 遠目からわかっていたつもりだったが、実際に歩くとなお感じるというものだ。


 そんなバカな事を考えている内にそこに辿り着く。


「この部屋の中に気配があるわ。皆、気を付けて」

「お、おう」

「き、緊張するね」

「ミーティア達は離れていて。扉を開いた途端に攻撃を仕掛けて来るかもしれないし」


 緊張で額に汗を掻いている二人の事はミーティアに任せて僕はその部屋の扉の前に立つと、あえてノックしてみた。


 そう、職員室にでも入る感じで。


「すみません、入ってもよろしいでしょうか」

「……入れ」

「失礼します」


 ミーティア達に待つように手で合図した後、普通に扉を開けて部屋の中に入る。


 そこには大きな椅子に座っている明らかに他と違って身なりの良い肥満体系の中年の男性と、それ以外の弓や剣を構えた護衛らしき人達が待っていた。


 護衛はただの兵士ではないらしく、ローブを羽織った奴など様々な格好をしていた。


「随分と豪勢な出迎えですね」

「この状況で減らず口が叩けるとは面白い。余程自分の力に自信があると見える」


 肥満の男性が代表するかのように口を開いた。マップの表示を見なくても彼が誰なのかは容易に予想が付くというものだろう。


 街の人が餓えている間も良い物を食っていたらしく、でっぷりと肥えている。


 はっきり言ってその脂ぎった顔もあり見るに堪えない。


「ナバリ男爵、無駄な事は止めませんか?」

「貴様の方こそ無駄な抵抗は止めるんだな。そして死にたくなければその場に跪いて命乞いをしろ。そうすれば命だけは助けてやる。何なら奴隷として使ってやってもいいぞ?」


 負ける訳がないとでも思っているのか男爵はそう言って椅子の上で踏ん反り返っていた。


 まあ、確かにこの数の差だけを考えれば勝ったと思ってもおかしくはないのだろう。僕が武器を構えずやる気を見せていないこともその一因なのかもしれない。


 もっとも僕はただ突っ立って会話している訳ではない。会話しながら彼らのステータスや装備などを確認して何を企んでいるのか探っているのだ。流石に策も無しにこの自信はないだろうから。


(あれ? この人のステータスが表示されてる?)


 そこで気付いたのだが、先程まで半透明だったはずの人のステータスが表示されているのだ。原因として考えられるのはその姿を直接目撃した事くらいだろうか。


(装備に隠れ身マントってあるな。これの所為でステータスが隠れてたのか)


 フードつきのマントであるその装備には『認識阻害』という効果があるらしく、これがステータスの表示を阻止していたらしい。


 ちなみにアーカイブのスキル辞典で調べてみたところ『隠蔽』は直接会ってもその隠す効果を失わないのに対して『認識阻害』はあくまで遠方からの探査のみに作用するようだ。


 こうして直接会った事でその効果も失われたという事だろう。

 ただしこの二つは重ね掛けも出来るそうなのでどちらも有って困るものではない。つまり、


(欲しいな、あれ)


 さっきは急いでいたこともあって確認し忘れていたのが少しだけ悔やまれる。たぶん既に捕まえた魔術師達も同じようなものを着ていたはずだし、後でこっそりと貰うとしよう。


 もしくは目の前の彼から貰うのも有りかもしれない。あくまで貰うのであって奪うのではないのであしからず。


「男爵、あなたは己の私腹を肥やすためにこの街や周辺の村々人を徴兵という名目の元に連れ去った。そして彼らを鉱山で働かせて、そこで得られる利益を独占している。間違いありませんね?」

「何だ、死ぬ前に推理ごっこでもするつもりか?」


 僕はそのこちらをバカにするような言葉は無視した。付き合っても意味がないからだ。


「そしてその事実を隠すために魔術兵器を使ってこの街の人を皆殺しにして、更に全ての責任を有りもしない魔族や魔王に擦り付けようとしている。その後は稼いだ金を使って中央で成り上がるか優雅な生活を送るってところですか?」

「……ふん、よくぞまあ短時間でそれだけ調べ上げたものだ。それについては誉めてやろう。だが、真実に辿り着いたところでこれから死ぬ貴様には何の意味もない事だがな」


 そう言った男爵が片手を上げると護衛達が今にも攻撃を仕掛ける様子を見せる。

 あの手が振り降ろされると同時に一斉に矢や魔術が放たれるのは明らかだった。


「もう一度だけ言いますけど、無駄な事(・・・・)は止めませんか?」


 その返答は振り降ろされる手だった。それと同時に多数の矢と魔術が放たれる。


 放たれたそれらは僕の背後の壁や扉も容赦なく破壊していった。


人間の肉体などそれに巻き込まれれば一溜りもない。そう、向こうの誰もが思ったことだろう。


 だが、


「だから言ったんですよ、無駄な事(・・・・)は止めませんかって。あれだけ派手に破壊した僕が言えた事じゃないかもしれませんけど、自分で自分の邸宅を破壊するって馬鹿らしくありません?」

「な、な……」


 しばらくして立ち込める土煙が晴れたところで、平然と立ってそう言っている僕の事を見て男爵は二の句が継げないようだった。


「なんで生きているってところですか、言いたい事は。それは単純に全部躱したから、ただそれだけですよ」

(高レベルの力に飽かせて、ね)


 これで諦めてくれればいいのだが、男爵の顔を見る限り残念ながらそうはいかないらしい。往生際が悪いのは悪党としては必要不可欠な素質なのだろうか。


「う、撃て! もっと撃つんだ! 一発でも当たりさえすれば」

「ああ、たぶんですけど矢に塗られた毒は効かないと思いますよ。毒ではなかったですけど、前にこれよりも強力な薬を盛られても大丈夫でしたから」


 毒のことまで見抜かれ、そう釘を刺された男爵は口をパクパクさせて今度こそ何も言えなくなってしまった。周りの護衛も思わぬ事態に狼狽えて動揺を隠せないでいる。


 そんな中でも隠れ身のローブを着ている奴はいち早く冷静になり、すぐさまこちらに襲い掛かって来た。手にはナイフが握られており、


「死ね!」


 それを難なく受け止めたところで、僕は顔を顰めてもう片方の手で頭を抑えた。


 こいつらの攻撃でダメージを負ったのではない。急に頭の中で鳴り響いた凄まじい音量によるサイレンのような警告音(アラート)の所為だ。


(ペナルティ? いや、それとは明らかに音が違う)


 何事かと思ってふとマップを確認すると、今まで見たことのない黒い悪魔のような形をした光点がそこには表示されていた。


 そしてそれはこの邸宅のすぐ傍に存在している。


(何だ……?)


 そう思って窓からその方向を見た瞬間、僕の体は凄まじい衝撃に吹き飛ばされた。

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