第十話 選ぶ人は
ロイゼさん達に付いていた監視者もミーティアは排除し、僕達はとある民家に集まっていた。ここも彼らの隠れ家の中の一つらしい。
「そうかい、それは大変だったね」
食糧調達が成功したのは良かったが、それを掻き消すくらいにこの襲撃という事態は周囲の空気に重く圧し掛かっていた。
「私達には流石にまだそんなことはないけど、それも時間の問題だろうね」
「夜で人気がなかったとは言え、街中でそんな大それたことをしでかしやがったんだ。向こうもそれなりの覚悟があってのことだろう」
捨て駒の襲撃者に加えて、それが失敗した時に後始末が出来る魔術師まで用意していたのだ。その念の入り様からもかなりの本気度が窺える。
「彼らから何か情報を引きだせればいいんですけどね」
ミーティァが尋問をしているので彼らの口が割れないとは思わない。けれど彼らが情報を持っているかと聞かれると、その可能性高いとは言えないと思っていた。
本気でこちらに渡したくない情報なら何が何でも口封じをしていただろうし、使い捨ての駒に大切な事を教えていることはまずないだろう。
「ダメね。あいつらは雇われただけでそれ以外のことは何も教えられてないみたい。あの火を放ってきた魔術師のことも知らないわ」
尋問を終えたミーティアの言葉は残念な事にその予想が外れていなかった事を示す。
「彼らをネタにナバリ男爵と交渉とかは無理だよね?」
「限りなく不可能に近いわね。あいつらがナバリ男爵から雇われたっての事は本人達が言っているだけで証拠もないもの。白を切られたらそこまでよ」
「となると余程ナバリ男爵に近い人でもない限り、捕まえても意味はないって事か」
もっともそんな人物はそうそう送り込んでこないだろうけど。向こうからしたらリスクが高いだろうし。
「こんなことなら多少無理してでもあの魔術師を追えばよかったかもしれないわね。魔術を使える人はそもそもその存在自体が貴重だし、あの魔術師はナバリ男爵の配下の中でもかなりの立場にいるはず。交渉にも使えたかもしれないわね」
「あの状況で追うのは危険だったから仕方ないよ。下手に待ち伏せでもされていたら厄介だったしね」
とは言うものの、これからどうするか。
食糧を確保したことで長期戦も行けるかと思いきや、向こうがなりふり構わずに動く可能性が出てきた。その事を考えれば悠長に構えている暇はない。
僕やミーティアはともかくこの街の人々の実力だとナバリ男爵が本気で鎮圧に動き出した時に為す術がないに等しい。多少の抵抗はできても、すぐに容赦なく蹂躙されてしまうのがオチだった。
かと言って、こちらから仕掛けるのも微妙だ。もしかしたらナバリ男爵達はそれを待っていることも考えられるからだ。
あえてこちらを焦らせて炙り出し、それを口実に僕らを捕縛する。その名目さえあれば何でもするであろうことはあの兵士達からも明らかだろう。
(それに僕はあくまで余所者。この街の事はこの街の住人であるロイゼさん達が決めるべきだ)
助言や忠告などはするし、手助けだってもちろん行う。だけどいざという時の決定権は彼らにある。
ここで僕が強引に決めることも出来るだろうが、それをやってしまったらきっと彼らは自分の意志では動けなくなってしまうだろう。最悪の場合は僕に責任を押し付けてくる可能性だってあり得る。
悪いが僕はそんなものまで背負えない。そしてまた背負うつもりもない。
「ロイゼさん達はどうしたいですか?」
僕は例えとして今考えた可能性を提示する。そしてその対策として動くかこのまま潜伏を続けるかの二つの案を出した。
「もちろんこれはあくまで僕の考えです。正しいかどうかはわかりませんし、仮に間違っていてもその責任は取れません。その上でどうするかを決めてください」
「……そうだね。何をするにしても私達が腹を据えなきゃ始まらないってもんだ」
「だな」
マックスさん達を中心にこの場にいる街の人はどうするかを話し出す。それを僕が少し離れた場所で眺めていると、
「あなたはどちらが正しいと思う?」
ミーティアがテーブルを挟んだ向かい側に座ってそう言ってきた。
「わからない。別に誤魔化している訳じゃなく本当にわからないんだ。そもそも向こうの狙いが不明な以上、こっちはある程度予想で動くしかない。その時点でどちらが正しいかなんて誰にも言い切れないと思うよ」
「それは論理的に考えての話でしょ。あなた自身はどう思っているのかを私は聞きたいの」
僕自身がどう思っているのか。実はそれについてはかなり前から決まっていた。
「僕として望ましいのは間違いなく動く方だよ」
「意外ね。理由は?」
「僕とミーティアの目的はあくまでトジェス村をどうにかして救う事だろう? 極論だけど。それだけを達成するならこの街の人がどうなろうと関係ない。その所為でどんなに犠牲が出ようとね」
「理屈の上では確かにその通りではあるわね」
そう言って僕とミーティアは苦笑を浮かべ合った。
「まあ、実際にはそんなこと不可能だろうけど」
気持ちの上でも、そして何より現実的に考えても。
「この街の人が犠牲になる事態になったらきっと鉱山にいる人達も無事じゃ済まないわ。結局、トジェス村を守るためにはこの街も救わなきゃいけないってことになるわね」
そうじゃない可能性もあるが、それに賭けて失敗でもしたら取り返しは付かない。僕のような例外は除いて命は一つしかないのだから、少しでも危険があるなら避けるべきだろう。
それしか方法がないのならともかく、今はまだ何とでもできるのだから。
「もっともそれ抜きでも僕は動いた方がいいとは思うけどね。潜伏を続けるとしたら、どんなに上手くやろうともその時間に応じて疲労は蓄積する。食料の確保が成功したから空腹とかの肉体的な方はどうにかなるかもしれないけど、精神的な方はどうしようもない。それこそいざ動かなきゃいけない時に心が折れている、なんてことになったら目も当てられないよ」
せめて潜伏の終わりが大体でもわかっていればいいのだが、そんな都合よくはいかない。
その終わりのわからないという一点だけでも、僕は動く方を支持するのだった。
「私も同意見よ。時間を掛ければ向こうは更に金を得て腕のいい護衛を雇うかもしれない。そしてその分だけ鉱山に連れて行かれている人の無事な可能性も低くなるわ。私とあなたという手があって向こうが私達の実力を知る前に仕掛けるのが一番だと思う」
「とは言え、それを決めるのは僕らじゃないからね」
実はここであえてこの考えを伝えずに彼らだけで話をさせているのには理由がある。戦う方を選んだら、自暴自棄であったとしてもそれだけやる気や気力があるからまだいい。
問題なのはここで潜伏を選んだ場合だ。
それは彼らが既に精神的にかなり追いつめられているという事が考えられる。そしてそれは彼らが戦力として使い物にならない事も意味していた。
それを見極める意味でも僕はあえて自分の意見を言わずに彼らに話をして貰っているのだ。
(どちらに転ぶかな)
そう思いながら討論を重ねているマックスさんやロイゼさんを見ている時だった。
ポールから連絡が入ったのは。