第二話 ファーストバトル
「ん……?」
目が覚めると、そこには見慣れた部屋の天井……はなかった。残念ながら夢オチではないらしい。
「ってことは、ここは本当に異世界ってことか」
体を起こして周囲を確認してもやはり見覚えはない。室内のようだが、一体ここはどこなのだろうか。床や壁を見る限りかなり小さめの小屋のようだが。
「……とりあえずチートの状況を確認するか」
僕が選んだチートはゲームで言うところのステータスに似たものだ。自分や相手の状態を見られるだけでなく、マップ表示やアイテムの無制限収納など考えられる限りの要望を詰め込んだのだが、どれだけの物になっているだろうか。
半信半疑で念じてみると、何かが表示される。半透明の四角形が目の前に幾つも浮かんでいるといえば判りやすいだろうか。
「おおー! ……おお?」
最初の言葉はそれが本当に現れたことに対する驚きだ。これであの神の言う事の信憑性が増した形である。少なくともほぼ信じていいと思うくらいに。
これでも完全に信じない辺りが自分らしいといえば自分らしいのかもしれない。
そしてその後に発せられた言葉の意味は疑問を表すものだ。だって思っていた以上のものがそこにはあったから。
自身のステータスを表すところには体力を表すHP、魔力を表すであろうMPの二つがゲージと数字で表示されており、状態異常や称号などの項目もある。スキル欄さえもあったくらいだ。
他にもマップやらアイテムやらアーカイブやら、幾つもの項目が表示されており、試しにマップを開いてみたらここら一帯の地図らしき物が表示された。
ゲームによくあるマップも出せるし、そこには幾つもの赤や青などの光点が表示されており、そのすぐ傍には名前さえも表示されていた。
どうやら髑髏模様の赤い光点が神に教わった魔物と呼ばれる生物らしく、近くにはダイアウルフとかいう奴が二体ほどいるようだ。青の丸い点はダミアンって人の名前っぽい書かれているし人間を表示していると思っていいだろう。
「うわ、すごいな」
更にはその光点に触れてみると、体力や魔力どころか称号やスキルさえも含めたかなり詳細なステータスまでもが表示されてしまった。その上、ロックオン機能まであるらしい。
試しにロックオンしてみるがそれだけでは何も起こらない。これで何かを投げてみたい気もするが、それは一先ず後回しだ。まだまだ確認したいことが山ほどあるし。
次にアーカイブとやらを開くと既に幾つかの項目が入っていた。この世界についてなどの見るべき価値のある物がたくさんあったが、そんな中でも真っ先に僕が開いたのは、
「まあ、これだよな」
チート能力の注意事項と取扱説明書、という項目だ。まさかこんなものまで付いているとは、チートとはここまで便利なのかと本気で驚かされてしまった。
じっくり読みたいところだったのだがダイアウルフが僕の存在に気付いたのか、かなり急速に近付いてきているのがマップで確認できる。なので、方針を変更して今は戦闘についてのところを読むとしよう。
「えーと……あった」
ただそこに書かれていたのは体力が零になったら死亡だとか、相手を倒すためには相手の体力を零にするだとか判りきっていることが大半だった。
どうやって戦ったらいいのかとかがほとんどと言っていいほど書いていない。
「ヤバい、ヤバいって」
ダイアウルフはすぐ傍まで来ているので慌てて扉を閂っぽいので固定する。
そのすぐ後に扉に凄い音をたてて何かがぶつかった。扉の軋み具合からして長くは持ちそうにない。
「……そうだ。ステータスだ」
さっきはパッと見だったし、自分のレベルや体力を正確に把握できていない。かなり高い数字だったと思うのだが、ダイアウルフと比較してどうなのかと見てみないことには安心できないだろう。
ダイアウルフのレベルはどちらも22。これだけでは高いのか低いのかわからない。
対して自分のレベルは、
「……五百八十二?」
名前の下に書かれた数字は確かに582、ダイアウルフの百倍以上の数字だった。
神からの恩恵で最初からある程度レベルがあるとは聞いていたが、ここまで高いとは。
いや神の話では僕はあくまで代理で適合率が低いはずだし、本物はもっと高いのだろう。姉なら千ぐらいあっても不思議ではないし。
僕でさえチート能力に加えてこのレベルだとすれば、神に選ばれた人物が勇者となって当たり前と思える。
余りにバカバカしいレベルのおかげか、僕は少しだけ冷静さを取り戻せた。そこで扉がほぼ全壊しかけていることに気付いた。
とりあえず武器になりそうな物として近くにあった木材らしくものを掴みとる。生憎、武道などはかじった事もないので自己流である。剣道を習っていればもっと様になったのかもしれないが、この場で後悔しても遅い。
そうして次の体当たりで扉が破壊されてかなりの大きさの狼が部屋の中に飛び込んできた。幾らレベルがかけ離れているとは言え、平和な日本という国の一介の高校生にとってこの状況はどう強がっても恐い。恐過ぎる。
(ええい、どうとでもなれ!)
反射的に目を瞑ってしまったが、どうにかそいつに向かって手に持っていた木の棒を振り降ろそうとした。
だが、自分でもわかったが距離が遠い。これではたぶん届かずに地面を叩くだけで終わる。
と思ったのだが、
「おわ!?」
体が引っ張られるようにして勝手に前に出た。いや、引っ張られたというよりは引き摺られたに近いかもしれない。
まるで棒が意思を持っているかのごとく、ターゲットであるダイアウルフに向かって突っ込んでいく感じだ。
そのおかげでこちらの攻撃は見事、敵に命中した。腰の入っていない無様な一撃だったが、その結果は即死である。
「うわ……」
避ける間もなく炸裂したその一撃は思わず引くような破壊をこの場に齎した。具体的に言えば攻撃が直撃した頭部が爆ぜたのである。どれだけの威力があったのか、天井の隅まで血飛沫が飛散している。自分の体も血だらけだ。
更にそこに畳み掛けるように残った胴体、正確には首の部分から血が噴き出てこちらの体を容赦なく赤色に染めていった。
「う……」
血の独特の臭いが鼻に来て吐きそうになる。当然ながらここまで濃い血の臭いなんて初めてだ。耐性なんてある訳がない。
(どうせなら肉体だけじゃなく、精神も強くなっててくればいいものを)
頭部がない死体も見るだけでキツイけれど、ここで吐いている訳にはいかない。どうにか踏ん張ってもう一体のダイアウルフに向かって木の棒を向ける。
そして同じように振りかぶって、振り降ろしたのが、今度はその場から引っ張られる事が無い。空振りで終わってしまった。
(どうしてだ? なんであっちの時だけ攻撃が当たったんだ?)
ダイアウルフはこちらを警戒しているのか唸り声を上げてはいるものの攻め込んでは来ない。そのまま逃げてくれればいいものを、残念ながらその気はないらしい。ゆっくりと円を描くように動いてこちらの隙を窺っている。
その間に僕はさっきの現象がどうして起こったのかを考えていた。
(……たぶんあれが原因だよな)
今のところ敵に狙いをつけたと考えられる動作は一つしか思い浮かばない。メニューを開いて、マップ上に残っていたもう一つの赤い光点をロックオンする。
そして僕はあえて剣は振らずに、床に落ちていた小さな石を全力で蹴り上げる。狙いなんて自分ではつけることなく、だ。
だがそれでも体は半自動的に動いて、蹴り出された小石は見事にダイアウルフの顔面に直撃する。今度は顔の上半分が肉片となって消し飛んだ。
一体どれだけの力があれば、ああなるのだろうか。物理法則を無視しているとしか思えない。
「どこのアニメやゲームだっての」
異世界に送られた時点で常識なんて無意味なことはわかっていたけれど、そう文句を言わずにはいられなかった。だって余りにもおかしいし。
だけどそれが限界だった。
「う、うえええ」
緊張が緩んだこともあって胃液の逆流を抑えていられなくなる。その場に膝を着いて盛大に吐いてしまった。
きっと傍から見れば――初めての戦闘で初勝利だったとしても――何とも情けない姿だったことだろう。
そうして僕は血とゲロが混ざり合った酷い臭いが充満する部屋でしばらくの間、動くことも出来ないでいるのだった。