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第六話 抵抗する人々

 案内された地下には結構な数の人がいた。その中には若い男の人も数名いる。


「随分広い地下室ですね」

「ここは酒蔵でね。爺さん、つまりは私の死んだ旦那の酒好きが高じて上の酒場を開いたんだが、挙句の果てにはこんなものまで作っちまったって訳さ。まあ、今はそれがこうして隠れ家として使えているから結果的に作ってよかったね」


 何でも普段の営業程度ではここまで大きな酒蔵など必要ないのだとか。それなのに巨大とも言えるこの地下室を勝手に作った時にはあまりのバカさ加減に頭を抱えたとのこと。


 たぶんだが、そのお爺さんはかなり行き当たりばったりな人物だったに違いない。それを口うるさく諌めているロイゼさんの姿も容易に想像できた。


「ま、とにかく入りな」


 地下室の扉を開けた時点でそうだったが、促されるままその地下室に足を踏み入れると更に視線が集中する。


 ロイゼさんが案内しているから侵入者ではないことはわかっているだろうが、いきなり現れた僕達を全面的には歓迎していないのはその表情からも間違いない。


「皆さん初めまして。僕は結城木葉と言って世界各地を旅しています」


 ミーティアもトジェス村の住人だと名乗りを終えたところで一人の人物が手を上げた。


「ちょっといいかい、ロイゼの婆さん」

「何だい、マックスの坊主」


 坊主呼ばわりされた老け顔のマックスという人物は嫌そうに顔を顰めた。


 まあ、見た目とは違って実年齢は二十代半ばと若いが、それでもその齢で坊主扱いされるのは誰だって嫌だろうしその気持ちは分かる。


「門での事は何となくは聞いてるし、あんたが連れてきたってんならそいつらは信用できるんだろうさ。でもだからと言ってそいつらは役に立つのかよ? こう言っちゃなんだが、二人ともまだガキだろう。下手すりゃまだ未成年なんじゃねえのか?」


 確かこの世界では十五歳で成人だったはずなので僕も一応成人はしていることにはなるはずだ。


「私もコノハも十七歳です。ですから子ども扱いする必要はありません」

「だとしても、まだまだ若いじゃねえか。俺は反対だぜ。例えこいつらが役に立つとしても、自分よりも若い奴を巻き込むなんて」


 どうやらこのマックスという人は僕達の心配をしてくれているらしい。

 他の人達もその意見に頷いている割合が多かった。


「私だって初めの内はそう思ってたさ。でもこの二人と話してみたら、そこらの大人なんかよりもずっとしっかりしてるってことがわかるよ」

「だからってな」

「少し良いですか?」


 堂々巡りになりそうだったので僕は口を挟むことにした。


 それに心配してもらうのはありがたいが、僕達にはここでやらなければならないことがある。だから彼らが反対しようが意味はないのだ。


 結局、僕達が動くことは変わらないのだから。


「まず、僕達がこの街に来た理由を聞いてください。彼女がトジェスという村の住人であることは先程話しましたが、実はその村でもこの街と同じような徴兵が行われているんです。しかもそれはトジェス村だけじゃありません。周辺の村々のすべてで同じことが行われています」


 この情報に周囲はどよめいた。どうやら徴兵の事実は知っていても、そこまでひどい状況だった事は知らなかったらしい。


「そしてその所為で村々は働き手を失い、それと同時に守りが薄くなったところを狙って盗賊がやって来るでしょう。実際、トジェス村では後少しでそうなるところでした」

「な、なんだと!?」


 マックスさんは座っていた椅子を倒しながら勢いよく立ち上がる。それほどに驚くべきことだったということだ。


「幸いなことにそれは未然に防ぐことができました。ですが被害が出るのは時間の問題です。だからこそ僕達はこの街に来ました。この状況をどうにかして打開する為に」


 最後の言葉を言い終えたところ、周りはシンと静まり返った。こんな若造が急に信じがたいことを言い出したのだ。それも当然だった。


「……一つ聞きたい?」


 その静寂をマックスさんの声が斬り裂く。


「今、未然に防ぐことができたって言ったな。それは誰がやったことなんだ? 自然とそうなった訳じゃないだろう」


 普段の僕ならここで自分がやったとは言わないだろう。言うとしても控えめな表現にとどめたはず。


「それは僕がやりました」


 だけど今回はあえて言い切る。


「一人でか?」

「はい。と言っても言葉だけでは信じられない人もいるでしょうから、ここでその証拠をお見せします。マックスさん、協力してもらってもいいですか?」

「それは構わんが、何をすればいいんだ?」

「全力で僕を殴ってみてください。一切の加減や遠慮はなしで」


 これだけでは拒否する事は分かっていたので、僕は更に言葉を付け加えた。


「あなた程度の力じゃ僕にまともなダメージを与えることは不可能ですから」

「……わかった、いいだろう。そこまで言うんだ。余程自信があるってことだな」


 僕は頷いて肯定する。


 マックスさんはこちらの露骨な挑発にあえて乗ってくれたようだ。その表情は決して怒りに我を忘れた人の物ではない。


 周囲の人には離れてもらい僕とマックスさんはかなりの近距離で対峙する。


「行くぞ」

「いつでもどうぞ」


 構えもせず自然体の僕に向かって、


「……は!」


 どっしりとした構えを取ったマックスさんの拳が襲い掛かる。あれだけ言ったのにそれでも遠慮したのか、その狙いは顔ではなく胴体だった。


 そうしてマックスさんの拳が僕の腹部に叩き込まれる。肉と肉がぶつかる音にミーティア以外の周りの人が軽い悲鳴を上げる中で、


「う、嘘だろ?」


 マックスさんが驚きに動きを止めていた。その目は信じられない物を見るように見開かれている。


「続きをどうぞ。今度こそ遠慮しなくていいですよ」


 痛みに顔を歪める事もなく平然としている僕のそのセリフで次第に周りもその事態に気付いていく。そう、その攻撃が全く聞いていないと。


 続いて放たれた逆の拳は今度こそ僕の顔面を狙ってきた。どうやら今の一撃で加減の必要がない事を悟ったらしい。先程よりも更に勢いを増している。


 その攻撃が額に直撃した瞬間、音はなかった。


 そして一歩も動くどころか仰け反りもしない僕の姿を確認したマックスさんは、


「は、はは、信じらんねえ」


 乾いた笑みを浮かべて思わずと言った様子で一歩後ろに下がる。


「これで信じて貰えましたか?」

「ああ、もちろんだ。と言うか、こんなもの見せられちゃ信じるしかねえよ」

「そうですか、それはよかったです」


 こうしてあえて僕が目立つ方法を取ったのには理由がある。


 一つ目はこの人達に疑問の余地さえ残さず僕達の強さ、ひいては有用性を示す為。これで年齢だとかで文句をいう人は出て来ることは完全になくなったはずだ。時間がない今、そんなことに手間取っている暇はない。


 そしてもう一つはミーティアが目立つのを避ける為である。僕は最悪の場合、死んでも大丈夫だが彼女はそうはいかない。


 もしここでのことが外に漏れたとしても目を付けられるのは間違いなく僕の方だ。貴族とやらの情報収集能力がどれほどのものかわからないので、ミーティアに注目を集めるのは最小限に抑えなければならない。


 それに仮にここで僕の魔法を使って奴隷紋などを消しても全ての問題が解決する訳ではないと僕は考えていた。


 盗賊が組織の内情を知っている人物を放置しておくだろうか。そしてその人物が何らかの方法で奴隷紋から逃れ、自らの支配下に置けないと知ったなら次は奴隷になどしないだろう。口封じの方法は何もそれ一つではないのだから。


「コノハ」

「ん?」

「ありがと」


 魔法の事はミーティアにも話していないのでそこまで僕が考えていることには気づいていないだろうが、ある程度の思惑を理解したのかミーティアは小声でそう言ってきた。


「あはは、どういたしまして」


 気付かれているのなら変に恍けても仕方がない。僕はそう返しておいた。


「さてと、それじゃあそろそろこの街で起きている事の詳しい事情に付いて教えて貰えますか? そしてあなた方は何をしようとしていて、僕に何をして欲しいのかも」


 そう、すべてはそこからだ。それがわからない事には動きようもないのだから。

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