第五話 思惑
案内されたのは日の当たらない裏路地にある小さな酒場だった。こう言っては何だがひどく寂れており客は一人もいなかった。
ただカウンターの中に一人の二十代後半から三十代前半くらいの女性が立っている。彼女がこの店のオーナーなのだろうか。
「今帰ったよ」
「おかえりなさい……ってお義母さん、その後ろの人達はどなたですか?」
「一応は客になるのかね。すまないけど何か飲み物を持ってきてもらえるかい?」
「もちろんです。すぐに準備しますから少し待っててくださいね」
後半は僕とミーティアに対してのセリフだ。それに対して遠慮する間もなく老婆によって僕達は適当な椅子に座らされる。
「親子でこの酒場を経営しているんですか?」
僕は単純に疑問に思ったことを聞いてみた。ステータスで調べれば一発なのかもしれないが、それだと余りにも無粋というものだろう。
それに理由もなく他人のプライバシーを覗き見るなんて事はあまりしたくない。
「いいや。本当はあの娘の夫、つまりは私の実の息子がこの酒場の店主なんだけど、今はあの兵士共に徴兵だなんだって連れてかれちまっててね。旦那がいない間は妻であるあの子がこの店をどうにかもたせてくれるって訳さ。私も手伝いたいけど齢には勝てなくてね」
腰を摩りながらそう言う老婆。年齢以前に女性だし、その様子からして力仕事などは手伝えない事は容易に想像がつく。
「もうお義母さんったら、若いのにいつもそんなことばっかり言ってるんですから。お店は私一人でも大丈夫ですけど、そうやって元気がないみたいなことは言わないでください。あの子達も心配しますよ?」
「いや参った。孫を出されると何も反論できないねえ」
そんな会話がされながら、持ってきてくれた飲み物が僕達の元に配られる。こうなっては貰わないのは逆に失礼というものだろう。
一応確認したが問題はなかったので、礼を言って受け取った。
そう、疑ったことに対して少しばかり罪悪感が疼いたがそれは押し殺して。
「そういや名乗ってなかったね。私はロイゼでこの娘はマーリエって言うんだ。改めてよろしく頼むよ」
僕達も名乗りお互いの挨拶がところでマーリエさんはロイゼさんの指示で二階へと上がって行った。それをしっかりと確認したところでロイゼさんは口を開く。
「それで、あんた達は何者なんだい?」
マップで確認したところ上にはロイゼさんの孫と思われる少女と少年しかいない。どうやらマーリエさんをそこに行かせたのは彼女にこれからの話を聞かせたくなかっただけらしい。
「何者と聞かれても困りますね。先程も言いましたけど、僕は旅人で彼女は近くの村の住人。僕がこの辺りの事を知らないので彼女が案内をしてくれているんです。それ以外でもそれ以上でもありませんよ」
前もって決めておいたお互いの素性を述べる。流石にここで勇者の仲間です、なんてことは言える訳がないのだから。
「おっと、言い方が悪かったね。別に素性を詮索している訳じゃないんだよ。ただ、あんたの方は一介の旅人にしては弁が立つみたいだし、ああして兵士共を言い負かしてくれたからね。これでも感謝してるし、その人達がどんな人なのかと思っただけだよ。言いたくないなら聞くつもりもないさ」
カラカラと笑ってロイゼさんは飲み物を口にする。僕達もそれに習った訳ではないが同じようにすると、思った以上の味だった。
果実水という奴だろうか、ほんのりと柑橘系の香りと味がする。キンキンとはいかないがそれなりに冷えているし、普通においしかった。
「おいしい」
「だろう。いや、味のわかる娘さんでなによりだよ」
ミーティアの呟きを聞いたロイゼさんは気分を良くしたのかまた笑顔になる。そこに悪意や敵意は見当たらなかった。
「まあ、私はちゃんとお礼が言いたかっただけだから気にしないでくれていいよ。話をするのに邪魔なら消えるさ」
「待ってください。少し聞きたいことがあるんですけど、よければ教えて貰えませんか?」
そう言って立ち上がろうとしたロイゼさんを僕は引き留めた。
「もちろんいいけど、たかが一人の住人である私が知ってることなんてたかが知れてるよ」
「それで構いません。と言うか、その住人であるあなたの情報が重要なんです。この街のことについてはそこに住む人に聞くのが一番でしょうから」
それに僕の予想が正しければ、ミーティアに先程の事を説明する上でも彼女にはいて貰った方が話は早いはずだった。
「まず始めにあの時の僕の考えに付いて話すけど、そう多くの事を考えていた訳ではないよ。ただ単純にあの魔術師とかいう奴がどう見ても偽物だったから、それを利用してあいつらを揺さぶろうと思った、単純に言えばそれだけ。あのまま何もしなかったら問答無用で捕えられていただろうし」
要するにブラフをかまして向こうをビビらせた。やった事はただそれだけだ。
でもそれでわかった事もある。
「まあ、結果としてあの兵士達は僕達を捕えることなく退いた。それは幸運だったし、だからこそわかった事もあるんだ」
「わかった事?」
「向こうはある程度、体面や体裁を気にしているんじゃないかってこと。そうでもなきゃ、例え正論でもあの場で生意気な口をきいた僕を逃すことはしなかったはずだ。そもそもあんなやり方で旅人と名乗った僕を捕えようとするくらいなら、いっそのこと問答無用で捕えてしまった方が手っ取り早いし楽なはず。それなのにあいつ等はわざわざ偽の魔術師まで用意して僕を捕える理由を捏造して、更にはそれを周囲に示すように白々しい演技までしてみせた。あいつ等にはそうする必要があったと考えるのが論理的じゃないかな?」
周辺の村々やこの街でも理不尽な形での徴兵を行っているような奴らだ。旅人だからと言って気を使うとは思えない。やれるならもっと強引な方法を取っているはずだ。
それをやらないのは、出来ない理由が何かあるからに違いない。
「後は話が通じる相手なのかどうかも知りたかったからかな。あの場で暴力に打って出るようなら、そもそも話し合いなんて無理な相手だってことがわかるからね。今後の対応の方針を決める上で、それは結構重要だよ」
その時は話し合いや駆け引きなど考えずに力で叩き潰すことも選択肢の一つにはあった。
確かにミーティアの言う通り貴族を下手に敵に回すのは得策ではないだろうし、国が相手となるのは僕も避けたい。どんなことになるか予想も出来なからだ。
だがそれは僕がやったとバレなければいいとも言える。極論を言えば、貴族やそれに類する奴らを皆殺しにして、その罪をあの盗賊団にでも擦り付けてしまえばいいのである。
もしくは魔族や魔王のせいにしてしまうのもありだ。なにせ魔王の所為で各地は混乱に見舞われているのだ。そんな不幸なことが一つや二つあっても不思議ではないだろう。
もっともそんなハイリスクなことは最後の手段だし、そんな悪辣な方法は可能な限り取りたくはないが。
これはあくまで奥の手、どうしようもない時の場合の話である。
「そんなところかな。僕があの時に考えていたのは」
悪魔のような考えを持っていることを僕は面には出さずにそう締めくくる。そんな僕を待っていたのは呆然とした表情から放たれる二つの視線だった。
この場には僕を含めて三人しかいない訳で、それが誰のものかは言うまでもない。
まあ、穴がある推論だしそう見られても仕方ないだろう。
これが天才の紅葉ならこんな小難しいこと抜きで物事の本質や真実をあっという間に見抜くだろうし、その彼氏であり秀才でもある大樹ならもっと多くの事を考え、なおかつ穴も破綻もない推理や推論を披露することだろう。
そのどちらにも届かないただの凡人である僕はこの程度が関の山。呆れられても仕方ないというものだ。
「……ねえ、コノハ」
「ん?」
「さっきあなたは言ったわよね。ロイゼさんに街の事で聞きたいことがあるって。それってもしかして、もう既にこの街で何が起きているのかわかっているってことなの?」
「わかってはいないよ。ただまあ、予想と言うか想像してはいるね。それが正しいかはわからないからロイゼさんに確認を取る訳だし」
「……良ければ聞かせて貰えないかい。そのあんたの予想って奴を」
その答えは是以外にある訳がない。その為にロイゼさんにはこの場に残って貰ったのだから。
そうして僕は自らの想像を語り始める。ロイゼさん相手なので今度は敬語で。
「兵士があんなことをしていたことからも。今回の徴兵に関わっているのは主にナバリ男爵とその一派なのは間違いないと思います。だけど彼らの目的は明らかに徴兵による兵力の増強ではないでしょう。それにしてはあの兵士達は余りにお粗末でした。もしナバリ男爵が魔王対策などで兵力の増強を狙っているとしたら、あんな奴らを放置しておくとは思えません」
実はここでもステータスが役に立っている。こっそりとあいつらのレベルやスキルを見て、より確信を深めていたのだ。
「それなのに男手を必要としている。それも周辺の村々やこの街からも集めるほどに。それに理由がない訳がないし兵力としてでなければ……労働力、それも女性に不向きな力仕事じゃないでしょうか。何らかの仕事か作業をさせる為に若い男を集めているとすれば辻褄は合います」
話しながら考えて言葉を紡ぐ。前にポールに聞いた噂や先程の親子の会話などありとあらゆるとこから情報を抽出して。
どうせ答えはすぐにわかるのだ。思い付いたことをドンドン口に出していくに限る。
「税金を横領していると噂になる程ですし、金儲けの為に何かしているのかもしれませんね。とまあ、僕の予想はこんなところです」
ちなみに最後の噂であるナバリ男爵が魔族に操られたり憑かれたりしていないのは話しながらもチートで確認済みだ。
この事からも分かる通り、これまでのことはチートがあるからこそできる芸当である。
「……は、はは、もう笑うしかないよ。まったく持って恐ろしい子だね。大まかな予想とは言え、知っているんじゃないかと思う程に正確だよ」
「あはは、恐縮です」
チートでズルをしている訳でそこまで褒められることではないと思うだが、それを正直に言う訳にもいかない。なので、僕は曖昧な笑みを浮かべてその言葉を素直に受け取ったふりをした。
否定する訳にもいかないので、こうして曖昧にしておくのが一番だろうから。
「……決めた」
何がと尋ねる前にロイゼさんは続きの言葉を口にした。
「無茶を承知であんた達にお願いしたい。報酬は支払う。だからどうか私達を助けてくれないかい。どうにかして息子や徴兵されていった街の奴らを助けたいんだ」
そう言ってロイゼさんは頭を下げてくる。
元々そのつもりだったから頼みを聞くこと自体は大した問題ではない。
この分だとトジェス村の人達だけを助け出すのは無理そうだし、トジェス村を救うためには結局、この一件をどうにかしないといけないのだから。
だがその前に片づけておかなければならない件が一つある。これに付いては気配に敏感なミーティアも気付いていることだろう。
視線を向けるとこちらの意図が分かったのか頷いて、
「それは地下に隠れている人達に付いての説明をして貰えますよね?」
「そ、それも気付いていたのかい」
そう、上にはロイゼさんの孫二人しかいなかった。だが下にはそれ以外の人がいたのだ。
僕はマップで知っていたのに対してミーティアは自らの鋭敏な感覚のみでそれを見抜いた。個人的には彼女の方が断然優れているし凄いと思う。
「……ほんとあんた達は一体何者なんだい」
先程とセリフはほぼ同じ、けれどそこに込められた感情は全く違うその問いに僕もミーティアも応えられる訳もなく、苦笑いを浮かべるしかないのだった。