第四話 ブラフ
その言葉は先程とはまた違った形で空気を凍らせた。そう、今度のは緊張感や危機感によるものだ。
「お、お前、何を言ってるんだ?」
「ですからあなた方の予想は正解で僕は魔族だと言っているんですよ。何故そんなにも驚いているんですか? そちらが言い出した事でしょう」
ミーティアに素早く視線で黙っているように示して僕はすぐさま次の言葉を相手に向かって叩き付けた。考える暇など与えずに。
「そこの彼女やこれまでの人達は全く気付かなかったというのに、そこの魔術師は実に優秀なようですね。魔族としてはそんな優秀な人材は消えてもらうに限る。と言うか正体がばれてしまった訳ですし、この街には跡形もなく消えて貰いましょう」
淡々となんて事のないようにそう告げる。まるでそんなことなど容易い事だというように。
そしてそう言いながらゆっくりと兵士達に向かって歩き出した。
「と、止まれ! 動けば斬る!」
この時になってようやく腰に差さっていた剣を抜いた兵士達。その時点で色々と判るというものだ。
本気でこちらが魔族だと思っていたのならその時点で、すぐにでも武器を構えていただろうに。
「まさかそんなものが魔族である僕に効くと思っているのですか?」
実際に効かないので僕は実に余裕を持って兵士達に向かって歩みを進められる。そう、ニッコリと笑顔を浮かべて。
まるで動揺しない僕の様子に耐えきれなくなったのか、
「う、嘘だ! お前が魔族な訳がない!」
魔術師の振りをした男が唾を飛ばす勢いでそう言い切る。
「何を言っているんですか。そもそも魔術師であるあなたがそう言い切ったんですよ」
「そんなもの当てになるものか! こんな辺境に魔族が来るなんてまずあり得ないし、そもそもあんなのデタラメで」
「バカ! それ以上言うな!」
どうやらこちらの狙いに気付いた人もいたようだが、残念ながら少しばかり遅かった。既に決定的な発言をしてしまっている。
「おかしいですね。そちらの魔術師の方は魔族やそれに操られている存在がわかるのでしょう? だからこそ先程、僕の事を魔族だと断定した。それなのに今度は違うと言い出すばかりかデタラメと口にしました。これは一体どういうことなんでしょうか?」
魔術師の男は青い顔して黙り込む。どうやら自分が言ってはいけない事を口にしたのが今更わかったようだ。
「ああ、もう既に皆さんがお気付きの通り、改めて言うまでもなく僕は魔族ではありませんよ。今のは単なる冗談です。そもそもこんな見るからにひ弱な小僧が魔族な訳ないじゃないですか」
では、そんな冗談に釣られてしまうような人が本当に魔族を見極められるのか?
その言葉は言わなくてもこの場にいる全員が思い浮かべる疑問だろう。
そしてその答えは当の本人の口からほぼすべて出てしまっている。
「では改めて質問させてください。僕達は魔族かそれとも違うのか、どちらなんですか?」
あえて僕は両手を上げて戦う意志がない事を示すながらそう問いかけた。
「そ、それは、その……」
魔術師の男はどうしたらいいのかわからずに周囲をキョロキョロと見て答えを待っている。だがそれに対して誰もが答えを出せずにいた。
(なるほどね)
それを見て僕は知りたいことは大体わかったので助け舟を出すことにした。
「どうやら魔術師の方は顔色も悪いですし調子が良くないのではありませんか? 万全な状態ならともかく、そんな状態では間違えても仕方ことなのかもしれませんね」
明らかに棒読みであり、そう思っていないことが丸わかりの言い方である。
だが、それでもこちらからこの場を切り抜ける言い訳をわざわざ与えてあげたのだ。向こうはそれを利用しない手はなかった。
「……どうやらお前達は魔族ではなかったようだ。ならば用はない」
それでも謝ることだけはしたくないのか、それだけ言って反転。そのまま立ち去る。わざわざ引き留める理由もないので僕は手を振って快く見送ってあげるのだった。
振り返ると門番達も気まずそうな表情でそそくさと退散してく。そうして全ての兵士達がいなくなったところで周囲がワッと湧く。
そう、まるで僕を讃えるかのように。
「あ、あはは、変に目立っちゃったかな」
こういう事には慣れていないので頭を掻いて苦笑いを浮かべるしかできないでいると、
「ちょ、ちょっとコノハ! あなた何を考えてるのよ!」
「えっと、ごめん」
ミーティアにそう詰め寄られてしまった。勝手に行動したのは事実だし、そう言われても仕方ないとは思っていたので僕は素直に謝罪した。
もっとも取った行動が間違っていたとは思っていないのだけれど。
「でも僕なりの考えがあってのことだし、上手くいったみたいだからここは大目に見てくれないかな? 理由もちゃんと説明もするから」
「……まあ、冷静に考えてみたら、私じゃあの状況はどうしようもなかっただろうし文句は言えないわね。でも説明はちゃんとしてよ」
「それはもちろん。でもそれはここじゃなくて、もっと話をしやすい場所にしよう」
下手にこの場に留まっていると、万が一あいつらが戻ってきた時に面倒だし。
「それなら儂に付いてきな。あの兵士達に見つからない場所に案内してやるよ」
そこにいつ間に近付いてきたのか、先程の老婆が傍に来ていてそんなことを言い出した。
「いいんですか? 僕達に手を貸したのが向こう側にばれればあなたも敵視されることになりかねないんですよ?」
「構わんさ。どうせこれまでの行いの所為で、そんなことしなくても目は付けられているだろうからね。今更何をしようと変わりはないのさ」
ミーティアにも確認を取ったが頷いてくれた。
今の僕達はこの街に付いて何もわかっていないに等しい。だからいずれは何かしらの行動を起こさなければならないだろうし、それが今だというだけの話だ。
それに僕達に警告をしてくれたことからもこの老婆の方が信頼できそうである。
少なくともあの兵士側よりはマシだろう。
「それじゃあお願いします」
そう考えて僕達はこの老婆を信じることにしたのだった。