第三話 不穏な気配
結論から言えばコテンパンにやられた。
技術を学ぶためにわざとレベルをミーティアと同じにしていたせいもあったろうが、それでも手も足も出ないとは。組手でも転ばされてばかりで一撃も入れる事ができなかったくらいである。
まさに完敗。ぐうの音も出ないとはこの事だろう
そんなことをしながら十数日掛けた僕らが遂に辿り着いたナバリ男爵の領地である街は思った以上の活気に満ち溢れて……いなかった。
城壁が街の周囲を覆っているその街の門を潜って中に入って最初に気付いたのは、街の住人のから向けられる視線だ。建物の中からもこちらの様子を窺っているらしく、そこら中から視線を感じる。
「前からここはこういう感じなの?」
「まさか。私がここに来たのはかなり前の話だけど、その時はもっと活気があったわ」
人々の暗い表情や、何とも言えないどんよりとした雰囲気もあいまって空気が重い。
「お前さん達」
そんな時だった。門の近くにいた一人の老婆が話しかけてきたのは。言わずもがなかもしれないが、その老婆の表情も決して明るくはない。
「悪い事は言わない、早くこの街から立ち去りな。特にそっちの坊やは見つかれば容赦なく徴兵されるよ」
「徴兵って、彼は旅人ですよ。領民でもない彼を徴兵するなんてことあり得る訳が」
「普通ならあり得ないだろうさ。でも今はそれがまかり通ってるんだよ。魔王との戦いの為ってお題目でね」
ミーティアの反論を遮るようにその老婆は断言する。そしてそこで僕は気付いた。この大きな街でもトジェス村と同じで周囲に若い男が見当たらない事に。
すぐにマップを拡大して街全体の様子を窺って見たが、やはりと言うべきか、そのほとんどが女子供だった。
どうやらここでも徴兵は行われているらしい。それもこの老婆の発言からして普通ならあり得ない方法で。
「既に門番から連絡が行ってるはずだ。すぐにでもあんた達を捕まえに兵士がやって来るよ。その前にどうにかして逃げな」
「……残念だけど、そうするには少し遅かったみたいです」
背後には先程街に入る時は何もしなかった門番達が道を塞いでいる。そしてその反対方向からは馬に乗った兵士がこちらに近付いて来ていた。どうやら馬に乗って来ているらしく、あっという間に接近してくる。
老婆は巻き込まないように離れて貰った。何をするにも下手に近くにいられると動きにくし。
「強引に突破する? あの門番程度ならどうとでもなるし、なんなら飛んで逃げられるけど」
「ダメよ。そんなことしたら罪人として扱う口実を向こうに与えてしまうわ。下手に力を見せても魔族に通じているとか難癖を付けられるだろうし、今は動かないで。それと話は私がするから」
「わかった」
門番に顔を見られているのだ。逃げたら、僕はともかくミーティアのことが特定されるのは時間の問題だろう。それは避けるべき事態だ。
短く会話している間に馬に乗った兵士は目の前にまでやって来た。そして馬の上から明らかに見下した表情でこちらを眺めてきている。それだけで明らかにろくなことにならないのが簡単にわかるというものだ。
「お前達、何者だ?」
「私はトジェス村の住人で、彼は旅人です。この街には物を買う為にやって参りました」
跪きはしなかったものの顔を下げて低姿勢でミーティアはその問いに答えた。僕もそれにならって顔を伏せ気味にしておく。不遜な態度と取られない為にも。
「旅人だと? ふむ、実に怪しいな。そこのお前、服を脱げ」
「……それ、僕に対して言ってるんですか?」
「それ以外に誰がいる」
分かっている上で聞いているのだ。本気かという意味で。
「最近、魔王の復活で警戒を強めているのだ。だから貴様が盗賊やそれらの類ではないか確認させてもらう。何もやましい事がなければ脱げるだろう?」
ミーティアに視線でどうするか尋ねると口の動きで逆らうなと言っていたので仕方なく頷こうとして、
「それとも一人でやるのが嫌なら、そこの女に一緒に脱いでもらっても構わんぞ?」
(はあ? 何言ってるんだ、こいつ?)
そのふざけた発言に思わず怪訝な視線を相手に向けてしまった。発言した奴やその周りの奴のすべてが明らかに下品な表情をしていることからして、調べる目的ではないのが明らかだから。
だがそんな発言を向けられたミーティアが首を振って抑えるように示して来ているので、どうにかして怒りを飲み込む。
それにここで下手に抵抗してミーティアにまで被害が及べば非常に不味いことくらいわかったから。
「わかりました。僕一人でやります」
あえてそう言って僕は服を脱ぎ上半身裸になった。
「これでいいですか?」
「……隠している形跡も見当たらないし確かに何もないな。どうやら盗賊ではないようだ」
そう言いながらつまらなさそうにしている時点で魂胆が知れるというものだ。
「でしたらもう行ってもいいでしょうか?」
今さっき脱いだばかりの服を着ながら僕はそう言う。
普通に考えて街の入り口でこんなことを強要するなんて何を考えているのやら。生憎僕に露出の趣味はないのでただただ恥ずかしいだけである。
「いや、待て。最後にお前達が魔族でないかを調べさせてもらう」
「お言葉ですが、そんなことが本当に可能なのですか? 魔王の配下とも言われる魔族は擬態に優れていると聞きますし、そう簡単に見分けがつくとは思えないのですが」
「もちろんだとも。その為にそれが出来る高名な魔術師の方を雇っているからな。では先生、お願いします」
ミーティアの反論などまるで分かっていたかのように流されて、集団から一人の男が前に出てきた。格好だけで言えばその男だけ鎧姿の兵士のそれではなく、ゆったりとしたローブを着て魔術師のイメージに合う姿ではあった。
だが僕にはわかった。その男には魔術系と思われるスキルが一つもない事が。それどころか職業は周りの奴らと同じ兵士だ。どう考えても魔術師ではない。
その時点では僕はこの先の結果が見えてしまう。
その先生とやらが――MPを全く消費していないのでバレバレなのだ――魔術を使っている振りをしてカッと目を見開いた。
「む! こいつら二人共、魔族の反応がありますぞ! 恐らく魔族に操られております!」
「なんと! ならばこうしてはおれん! お前達、無駄な抵抗は止めて、ただちに地面に膝を付け!」
僕からしたら茶番に過ぎないのだが、その演技自体は中々のものだった。何も知らない人が見たら信じてしまうかもと思う程度にはうまく偽装できていると言ってもいいだろう。
(さっきのお婆さんが言ってたのはこういうことか)
こちらに何の非がなくても向こうには捕まえる口実を捏造する準備は出来ているという訳だ。
「な!? ふざけないでよ!」
流石にこの言い掛かりにはミーティアも我慢の限界に達したらしい。
僕とて気持ちは同じだが、そう言ったところで何かが変わる訳もない。こいつらはすべてわかった上でやっているのだから。
だから僕は、
「お見事!」
そう言って大きく拍手をする。そう、まるで相手を讃えるかのように。
この言葉に周囲の人間は全員停止した。こちらのいきなりの訳のわからない行動に空気さえも固まってしまっている。
「こ、コノハ? あなた、何を言って」
「大正解ですよ。いやー見事と言うしかない」
僕はミーティアの発言に被せるようにしてそう言ってやった。
「よく僕が魔族だと判りましたね」