閑話 元盗賊少女から見たその少年の印象
怪しい奴、それがコノハに対しての第一印象だった。
姉が勇者でその仲間だなんて普通なら信じられないようなことも平気で口にしていたし、詐欺師の類なのではないかと思ったこともある。正直に言って好きになれないどころか嫌っていたと言っていいだろう。
だけど今ではそれほど嫌いではなくなっていた。少なくともある程度は信頼できると思うくらいには関係は改善されたと言えるだろう。
今のところ確定しているのはコノハには不思議な力があるということだ。そう、本当に勇者の弟で仲間なのではないかと思ってしまうくらいに凄まじい能力が。
「だからそこはそうじゃなくて……」
「いや、そうは言われても……」
だが指導をしてみて判ったが、コノハは本当に戦いに素人だった。構えもなってないし、視線を向けるべきところもまるでわかっていない。
私から見ても隙だらけ。というか隙しかないような状態だし、ひどい有様と言っていい。
それに加えて思った以上に力もそこまで強くなかったのだ。
決して弱くはない。少なくとも私と同等の力はあるだろう。
だが魔物を投石だけで倒したり、空を飛ぶかのような凄まじい跳躍をやってみせたりした人物の力がこんなものだとはどうしても思えなかった。
(もしかしたらあれも何らかの特殊な能力だったのかしら?)
無制限に道具などをしまえる他にもコノハが何らかの能力を有しているのは間違いない。気配に敏感ではないのに魔物の接近に気付くなど、明らかにそれらしき兆候は幾つも見て取れたからだ。
あるいは石そのものに細工がしてあったのか。
その謎に付いて興味が無い訳ではなかったが、私はそれを口にすることはない。
そう言ったものはこの世界で生きる為の生命線と為り得るものだし、安易に人に教えることも、そして聞くこともしないのが普通だから。
「もっと重心を落として体勢を安定させて。それじゃあすぐに崩されるわ」
「えっと、こう?」
「うん、そう。その調子よ」
先程素人と評したが飲み込みは悪くない。いや、かなり早い方だと言えるだろう。
旅の合間にだけやっているこの特訓だけでもコノハはだんだんとコツを掴んできていた。
まだまだ基礎の段階だし、これの程度では実戦で使い物にならないレベルではあるものの、それでも目に見える形で成長しているのがわかる。
この調子で成長を続ければきっと強くなれる。そう思えるほどに。
惜しむべきはそれを私が見ることはないことだろうか。
ナバリ男爵の居る街まで程度なら今までだって装備の調達などの為に出かけたこともある。だからこそ動くこともすぐに決心できた。
だけどそこから更に先、もっと大きな奴らが活動していそうな場所へは、やはり行く気にはなれない。何よりも恐怖が勝るのだ。
あいつらに見つかるのではないか。そしてまた支配されるあの日々が戻って来るのではないかと。
幸いにして魔術が使える私は大事な戦力として期待されていたので乱暴はされたことはない。向こうからしたらまだ餓鬼にしか見えない年齢だったことも運が良かったのだろう。
中にはそう言った性欲のはけ口に使われている同じような境遇の人もたくさんいたし、その人達の扱いはあまりにひどかった。奴隷紋の所為で逆らうことも許されずに使い捨ての駒として利用され死んでいった人もたくさん見てきた。
その時の光景を今でも夢に見る。それは悪夢となって私を逃がしてはくれない。
(逃げた私はもう確実に優遇なんてされない。きっと捕まれば、あれ以上の罰が待っているはず)
そう考えるだけでゾッとする。そしてそれ同時にどうしようもないほどの嫌悪感と憎しみが沸き上がるのだ。
その所為なのか、私は力のある男性を好意的に見ることが出来ない。それは異性としても友人としてもだ。
恐らくはあいつらの事を思い出してしまうのだろう。その力で全てを支配し、そして自らの欲望を満たす為なら何でもする獣以下の奴らを。
特に盗賊なんて見るだけで虫唾が走る。あのコルラドとかいう奴なんて危うく殺しかけたほどだ。むしろ抵抗してくれたならコノハが止めても殺してやれたのにとすら思う。
もちろんすべての男の人がそうだなんて思わない。私には父や兄がいたし、優しい人もたくさん知っている。だけどどうしても生理的に受け付けないのだ。こればかりは自分でどう思っていてもどうしょうもないのである。
そう考えると今の私がコノハと友好的な関係を気付けていることは奇蹟とさえ言っていいのかもしれない。普通ならコノハがどんなに良い人でも私の方が拒絶していたはずだから。
出会いや交流の仕方が特殊だったこと。何よりコノハが強いのか弱いのかさっぱりわからないのが上手くいった一番の理由なのかもしれない。
今も私に投げられて地面に尻餅をついている姿を見ると安心できてしまう。これが演技ならたいしたものだが、何度も組手を交わしている感覚から言っても間違いなく本気だ。
「だからもう少し優しくしてよ。こっちは初心者なんだからさ」
「そんな甘いやり方じゃ意味ないの。ほら、もう一度やるから早く立って」
大きく溜め息を吐いきながら渋々といった様子で立ち上がるその姿を何故か微笑ましいと感じる私がいる。それはきっと、少なくとも友人としての好意を持っているということなのだろう。
もっとも恋愛感情には程遠いが。そう、この好意はあくまで友人としての気持ちであるはずだ。
「それじゃあ次、行くわよ」
そんなことを考えながら私は笑顔を浮かべてコノハの特訓を続けるのだった。