第二話 強さとレベル
旅は基本的に順調だった。
僕のマップとミーティアの培われてきた鋭い感覚があれば魔物の接近に気付かないことはない。その為、奇襲されることもあり得ない訳で襲われると言ったことはまずなかった。
それどころか僕達の方から襲い掛かる回数の方が多いくらいである。
そもそもここら一帯で一番強い魔物があのダイアウルフなのだ。それを一人でも圧倒するミーティアに加えてチートの僕がいて負ける可能性は万に一つもあり得ない。
ここまでくると狩られる魔物達に同情さえしたほどだった。
「やっぱりあなたって単純な力は私よりも圧倒的に強いけど技術は素人並ね。何だかひどくアンバランスだわ」
「まあ、僕はこの力を得るまでは戦ったこともなかったからね。それも当然だよ」
夜になり野営をすることになった僕達は火を焚いてその周りで暖を取っていた。
僕としてはチートを活かしてミーティアを抱えて飛ぶことで距離を稼いでもいいのだが、それは他ならぬミーティアによって否決された。
トジェス村のような人が少ない田舎ならともかく、貴族が住む程度には大きな街に近付けばそれだけ人も増えるし、関所などの監視の目も増える。僕としても見つかって面倒事は御免なのでこうして至道に歩いて旅をしているという訳だ。
まあ、安全は保障されているおかげで旅を楽しめているからそのことに文句はない。別に急ぎではない訳だし。
「そう言えばコルラドにも似たようなこと言ってたけどあれはどういう意味?」
そう、力だけ手に入れて強いと勘違いするみっともない人云々と。
「ああ、あれね。言葉通りの意味よ。もっともあなたレベルの力になると話はまた違ってくるんだけど。うーん、口だけで説明するのはちょっと難しいわね」
そう言ってミーティアは立ち上がると僕にもそうするように手で示す。それにしたがって立ち上がるとミーティアは近寄ってきて、
「もちろん力は重要よ。ある程度の力がなければ何もできないもの。でも、それだけでは本当の意味で強いとは言えないの」
僕の腕を掴んで来た。と、思ったらいつの間にか投げられていた。前にも同じような事があったが、やはりどうやって投げられたのかさっぱりわからない。
いや、ミーティアが腕を引いたり足を払ったりしてこちらの体勢を崩したのはわかるのだ。
だが同じことやれと言われても、僕にはこんな風に無駄な力を使わず綺麗な形で相手を投げる事なんて出来ない。レベルのおかげで力任せなら可能だが、彼女のそれとはまるで別物となるのが目に見えていた。
謝りながらこちらに手を差し出してきたミーティアに起こされながら僕は話の続きを聞く。
「こんな風にそれなりの技量や技術があれば自分の力を効率、効果的に扱うことが出来るわ。でも、あのコルラドとかいう奴は魔物や人を殺す事で力を手に入れただけ。それでも単純に力は強化されるから、それなりの盗賊団とかならああして威張れるでしょうけど、逆に言えばそれぐらいが関の山ね」
魔物や人を倒せば力が強くなる。それはレベルなどの表示から何となくだが理解できる。
恐らくこの世界ではそうして経験値のようなものがあるのだろう。現にステータスにはそういった数値も確かに存在する。
だがこの世界ではそんな表示がないし、それだけで強さは測れるものではないらしい。
「力はあくまで力。それを扱うものの技量によって良くも悪くもなるの。私とコルラドでも単純な力だけなら多分あっちの方が上だと思う。だけど私の方が技術的な面では圧勝しているわ。そしてどちらが強いかと聞かれれば間違いなく私の方ね」
そう言えばどこかでこんな話を聞いたことがある。
よく斬れる刀であろうともそれを扱う者によってそれは鈍にも名刀にもなり、その価値も大きく変化する、と。
レベルは力であり、この表現で例えるならば刀なのだ。コルラドはミーティアよりも少し良い刀を持っている。だけどそれを扱う腕を持っていない。
それに対してミーティアや本当の意味で強い人と言うのは刀とそれを扱う腕の両方を有している人たちの事なのだろう。
(そしてたぶん、その腕というのはスキルのことだ)
改めて二人のステータスを確認してみたところ、コルラドはスキルが少ない。しかもそのほとんどが強奪や強請などの戦闘とは直接関係なさそうなものばかりだった。あっても『棍棒術・初級』くらいである。
それに対してミーティアの方は『短剣格闘術・中級』や『基礎体術・中級』があるし、それに加えて『回復系水属性魔術・初級』などもある。どう見ても引き出しの多さはミーティアの圧勝だった。
(レベルは力。そしてスキルはその力を引き出す手段ってことかな)
引き出しだけではどうしようもない。だけど力だけではそれをうまく使う事もまた不可能。この世界での強さとはその二つを両立させたものであるようだった。
(僕の場合はチートのおかげで力が強過ぎるから引き出し貧弱でもどうにかなってるんだろうな)
例えるならダンプカーと生身の人がぶつかっても人が勝てる要素は皆無で潰される以外に道はない。そこには技量や技術が入る余地すら生まれないのと同じだ。
「私を鍛えた盗賊団はあんな程度の奴等とは違って確かな技量も兼ね備えていたし、私なんかよりもずっと力も持っていた。皮肉な話よね。一人で生きて行く為の力を与えてくれたのが、結果としてその盗賊団だったなんて。あいつらが居なければ私は奴隷にもならなかったけど、あいつらが居なければ私はこうして一人で生きることもできなかったんだから」
盗賊として働く為に鍛えられたという事実。そしてそんなものでも利用しなければ今を生きていけないということに嫌悪感を抱いているのはその言葉や顔から何となくわかった。
その複雑な境遇や心境に僕が何かを言える訳がない。
彼女と比べたら僕は日本の高校生として信じられないくらいに恵まれた生活をしてきたのだ。ただでさえ世界が違えば常識や価値観も違う。
そんな中で盗賊に攫われ奴隷にされたミーティアの気持ちを簡単に共感して理解することなんて絶対に不可能だ。それが出来るというのは偽善的な詭弁でしかないと僕は思う。
だから僕はその気持ちはよく分かる、なんてことは決して言いはしない。
「ねえ、ミーティアさえよければなんだけど、僕にそう言った技術とかを教えてくれないかな? 今の僕にはそれが欠けているのはご指摘の通りだし、早めに克服しておきたいんだ」
「……それ、本気? こう言ったらなんだけど、私のそれは盗賊から教わった卑しいものと言われてもおかしくないものなのよ?」
「それはそれ、これはこれだよ。少なくともそんなこと僕は気にしないから今はそれでいいんじゃないかな?」
問題なのはそれをどう使うか、だ。それこそレベルの話ではないが、使う者によって価値が変わる問題だろうと思う。
だから変に気を遣ったりしない。そもそも僕にはどうしようもないことだし、本人がどう思うかなんてこちらがそう簡単に変えられるものでもないのだから。
「……やっぱりあなたって変ね」
「言っておくけど、姉と比べれば僕は随分とまともな方だよ」
もっとも姉が比較対象な時点で色々と間違っているのだが。あれと比べればほぼすべての人類がまともに見える気さえする。
「いいわよ。そっちがそう言うのならビシバシ扱いてあげる」
「いや、そこは優しい感じでお願いしたいんだけど……」
先程とは打って変わって笑顔になったミーティアは清々しい笑みを浮かべてこちらの素の要望を却下する。どうやらスパルタな特訓は避けられないようだ。
「それじゃあ早速始めましょう。街に着くまで時間はたっぷりあるけど、出来ればそれまでに一通りのことは叩き込んでしまいたいし」
そんな感じで僕はミーティアに戦う技術というものを教わることになるのだった。