プロローグ
「今度は私も付いて行くから」
今まで世話になった手前、黙って出て行くわけにも行かなかったので僕がこの村を発つ理由を大まかに説明したのだが、それに対するミーティアの返答はこれだった。
「今回の一件で私も痛感したわ。このままじゃ遠からずトジェス村どころかこの地域全体が持たない。あなたがそれを止める為に動くなら私もそれに協力させて。これでも元盗賊としてそれなりの経験は積まされてきたから役に立つはずよ」
もちろん断ろうとしたのだが、最終的にはこちらの常識に疎いことなどを理由に押し切られてしまった。
それに今回は貴族という一種の特権階級を相手にするのだが、それにはそれなりのやり方というものがあるらしい。少なくとも力押しでは絶対に無理なのだとか。
もちろんポールと共に行動して足りない知識や経験などを補ってもらうことも出来なくはないが特性上、彼には情報収集の為に動いてもらいたいのがこちらの本音だ。他の村の事なども調べてもらいたいし。
だからミーティアにそう言った僕のフォローをお願いして、ポールには情報収集をさせる。
これが今できる中では最善の方法だと思ったからこそ、僕はミーティアの同行することに対して首を縦に振ったのだ。
「その代わり無茶は禁物だよ」
ミーティアとて自由に動き回れる立場ではない。動けば動くほど見つかる可能性は高くなるのは間違いないだろう。
もっとも何もしないでトジェス村が潰れても危険だろうし、結局はどんな選択をしたとしても一定のリスクを負うことになるのだ。
だったら本人の望むようにさせるとしよう。勝算があるからこそこう言っているのだろうし。
(いざとなったら魔法でどうにかするしかないな)
その為にも魔法の熟練度を早く上げなければならないし、途中で魔物でも使って生き物にどんな影響を及ぼすのか実験することにしよう。それで問題なさそうなら奴隷紋ともう一つの物を消し去ってしまえばいいのだ。
「それじゃあすぐにでも準備して向かいましょう」
「それには賛成なんだけど……そもそもどこに行けばいいのかな?」
この発言にミーティアは明らかに呆れたという表情を浮かべる。自分でもそう思わなくもないので、何も反論は出来なかった。
「ここら一帯で一番大きくて、そしてナバリ男爵がいる街に行くに決まってるでしょ。そこに村々から集められた人もいるはずだし、まずはそこに行かないと話にならないわ。ここからだと結構な日数が必要になるから、それなりの長旅を覚悟しておいてね」
「なるほど、よくわかったよ」
「まあ、あなたの場合は食料の心配とかは要らないから、他の人と比べればかなり楽でしょうね」
食料などはある程度買い込んであるし、その他の生活に使う道具などもエボラさんのところで買えるだけ買ってある。
「なんならこの家をボックス内にしまっていく? そうすれば野宿をしなくて済むよ」
もちろんこれは冗談だ。一つの家が一瞬で消失したとなれば騒ぎにならない筈がないので、そんなことをするつもりは毛頭なかった。
アイテムボックスの能力として生物でない限り、どんな大きさだろうがどんな重さであろうと無制限に収納できる。ただし、その為には所有権を僕の物にしなければならないのだ。
例えば相手が身に着けている服や装備などは相手に所有権があるから直接触れてもしまえない。身に着けていなくても所有権が相手の物ならそれは同じだ。
この家の例で言えば所有権はミーティアにある。だから容量的には可能でも、ミーティアが許可を出して僕に所有権をくれない限りボックスに取り込むことは出来ないのだ。
この所有権は結構曖昧で、盗賊団のアジトにあった食料などは触る前は奴らに所有権があった。だけど忍び込んだ僕が触れて確保したことでその所有権を奪ったことになり収納が可能になった。
恐らくこの家もミーティアを追い出せば同じような事も可能なのだろう。もっともそんなことをする気はないし意味もないのでやらないが。
「よし、私も準備出来たわ」
荷物の積めた袋を肩に掛け、旅用らしきローブを着て腰に短刀を差しているその姿は様になっていた。これぞファンタジー世界での旅人って感じがする。
「それじゃあ出発……と行きたいところだったけど、その前に一ヶ所だけ寄り道させてもらっていいかな?」
これからしばらく旅をすることになるのなら、盗賊達に食料などを届けに行かなければならない。あまり多くの物を与えるとそれを使って逃げ出しそうなので心配だが致し方ないだろう。
「そんな奴らを助ける必要なんてないと思うけど。……まあ、盗賊団を壊滅させたのはあなたなんだし、私に口を挟む権利はないわね。余計なこと言ってごめんなさい」
「いやいや、そうやってはっきり言ってもらった方が助かるよ。僕はこの地方や国とか、色々とわからないことだらけだからね。出来ればその調子でビシバシと注意してもらえると助かるよ」
その為にも付いて来てもらうのだから。
「そう? それじゃあ遠慮なくそうさせてもらうわね」
(何故かそう言われるとちょっと恐いな)
もっとも自分で言ってしまった手前、取り消すなんて出来なかったけれど。
「それじゃあ、今度こそ行こうか」
こうして僕は終わったはずのチュートリアルを勝手に続行するのだった。