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僕は姉の代理で勇者――異世界は半ばゲームと化して――  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中
第一章 異世界への旅立ち チュートリアル編
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第一話 代理要請

 僕の二つ上の姉、結城紅葉(もみじ)は天才だ。


 一つの突出した才能がある訳ではないが、普通の人の半分以下の努力で倍の成果を出すという意味で決して姉は普通ではない。


 それに加えて紅葉は天才ではあるものの人付き合いも苦手ではなかった。いや、むしろ世渡り上手だと言うべきだろう。


 数多くの友人を家に何度も連れてきたし、聞こえてくる評判もほとんどが姉を褒めるものだったから。中には嫉妬紛いの悪口もあったがそれはごく少数だったし。


 だが世界とは残酷な物でそんな紅葉に比べて二歳年下の弟である僕は才能豊かとは言えない凡人だった。あるいは平凡とも言える。


 悪くもないがとびきり良くもない。それが周りからの僕に対しての評価だった。別に差別はされなかったが親でさえそう思っていることは黙っていてもわかるものだ。


 数少ない例外の一人が姉自身だ。姉は何故だか僕のことを高く評価していて、姉が高校の頃は何か面倒な事や困ったことが起こると駆り出されてばかりだった。


 僕は部活だってやっていたし中学生をこき使うなよと思ったが、力関係的にほとんど逆らえなかったことは言うまでもないだろう。


 唯一の救いは姉と同い年で僕達の幼馴染である姉の彼氏も同じ立場だったことだろうか。あいつが苦労を半分以上背負ってくれなかったら僕はもっと大変な目に合っていただろうし。


 人身御供にしているので言えた義理じゃないかもしれないが本当に感謝している。出来ればその調子で全部を引き受けてくれると助かるのだが。


 もっとも僕が今の高校二年生、つまり姉が大学一年生になってからはその数は大分へっていたのだけれど。


 まあ、それでもまったくなくなってはいないのだが、それを喜ぶべきか嘆くべきなのかどうかは判断に困るところだ。


「……つまり本当は紅葉にお願いするはず予定だったんだけど、その本人が何故か僕を代役に立てるように言ってきたと?」

「端的に言ってしまえばその通りだね」


 最初は半信半疑どころかまったくこの男の話を信じていなかったけど、手から炎だしたり宙に浮いたりと魔法を目の前で使われては信じるしかなかった。魔法とか、どんなファンタジー小説だ。


 とにかく現在の状況を確認した僕は改めて、


「うん、お断りします」


 断固拒否の姿勢を崩さなかった。


 誰がそんな面倒なことやるものか。紅葉の代役なんてこなせる気がしないし、絶対にヤバいことが起こるに決まっている。


 そもそも姉の代役なんて嫌な予感しかしないではないか。


「そういうのは僕じゃなくて紅葉に、それが無理ならあいつの彼氏にでも言ったらどうです? 二人とも僕よりずっと優秀ですし」

「彼女が君以外を代理にすることは認めていないんだよ」


 なんて面倒なことをしてくれているのだ、あいつは。


「もちろん君の安全は最大限保証する。具体的に言えば例え異世界で君が死ぬことがあろうとも、余程の事が無い限り何の異常もない状態で元の世界に戻れるようにするとかね。それに加えて最低限の道徳さえ守ってくれるなら君が失敗しようと構わない」


 断っといて何だが、初めから失敗を想定しているのはどうかと思う。それなら最初から選ばない方が良い気がするのだが。


「一応聞いておきますけど、何をして欲しいんですか?」

「世界を救って欲しい、とは言わない。むしろそれは他の勇者に任せてもらいたいくらいなんだ。君には魔王達を倒すための過程で犠牲になる人を減らしてもらいたい。具体的に言えば他の勇者が暴れる場所から村人達を避難させるとか、戦争のせいで奴隷となった人々の解放などだね。もちろんその為の力は提供させてもらうよ」


 こうして条件ややる事を聞いてみると、とてつもなく優遇されている気がする。死んでも失敗しても問題が無く、更には力も与えてもらえるなんて厚遇にも程があるだろう。


「その理由は何ですか? 姉の代理だからってだけじゃないですよね」


 だが、それだけで頷くような僕ではない。こういううまい話には絶対裏があるはず。


 姉と過ごした月日の所為か僕は良く言えば慎重で現実的、悪く言えば齢の割には優柔不断で懐疑的な性格なのだ。紅葉のような楽観主義とは真逆なのである。


「私が彼女を全力で勧誘した結果、君が断ったりあるいは了承しても失敗したりした場合は彼女がその後を継いでくれると約束しているんだ。君を悪く言う気はないが、彼女程の傑物ならば失敗することは万に一つもあり得ないだろう?」

「確かにその通りですね。こう言っては身贔屓に聞こえるかもしれませんけど、紅葉なら失敗することはまずあり得ないですよ」

「……君はやっぱり変わっているね。普通はこんなことを言われた表向きはともかく内心では不満などを持つのが普通なのに、それが全くと言っていいほどないなんて」


 褒められるのは光栄だが、それってつまり心を読んでいるということではないだろうか。


「その通りだよ」


 何の悪気も無く肯定されたので諦めた。だって言っても止めてくれる保証はないし、神に人の常識を説くのもバカバカしいと感じられてしまったから。


「死んだら元の世界に戻れるって話ですけど、それ以外ではどうすれば戻れるんですか?」

「こちらが望むある程度までのことやってくれたら帰還する選択肢をこちらから与えるつもりだ。その後もやりたい事があるなら、しばらく経ってから戻ってくれても構わない。元の世界の時間についてはどんな場合でも一晩程度しか経っていない地点に戻すようにしよう」


 こちらが聞くことがわかっていたかのようにスラスラと説明は続いてく。


「途中でどうしても戻りたくなったら最悪、自殺してくれればいい。死んで戻る場合は記憶やそこで得た経験などはすべて初期化することになるけどね。生きたまま戻る場合はそれらを限定的に残す事も報酬として考えているよ。ああ、それと彼女から伝言があるんだった」

「聞きたくないので結構です」


 紅葉がわざわざ残した伝言なんてろくなもんじゃないから。


 だがそんな僕の望みなど叶うはずもなくその言葉が紡がれてしまった。


「「断ったら死刑だから」だそうだ。言っておくが私が強制して言わせたわけでもないし、嘘でもないよ」

「……それは言われなくてもわかってますから大丈夫ですよ」


 仮にここで僕が断ったとしよう。そうなったら本来勇者となるべきだった姉にその役目は移る。そしてあいつなら失敗することなく生きたまま元の世界に戻って来るだろう。


 そしてそうなったら僕は――記憶やら経験かは知らないが――世界を救った報酬とやらを貰ってパワーアップを果たした紅葉にひどい目に合わされるのが目に見えている。


 今でさえ敵わないのにこれ以上の力の差を付けられるのは勘弁だ。こちらに被害が無いのなら構わないが、そうじゃないから困ったものである。


「……もっと詳しい話を聞かせてもらえますか?」


 この発言は事実上の敗北宣言であったのだが、僕にはこれ以外に選択肢はない。


 せめて努力した結果ダメだったという言い訳を作るぐらいしか出来ることはないからだ。


 その後の長い時間、僕と神は話し合った。あるいは話し込んだといっていいかもしれない。


 異世界とやらがどんなところなのか、どんな生物がいるのか、どんな自然法則で成り立っているのか、元の世界との違いは何かなど聞くべきことは山ほどあるからだ。


 与えられる力とやらもある程度は自分の望む物に出来るそうなので、目的にあった物にする為にもしっかりとこれから行くことになる世界について知っておかなければならない。


 もっとも向こうも他の神々との取り決めもあって教えられることには限度があるのだそうだ。もっとはっきり言えば、大した情報は教えて貰えなかったと言っていい。


 それでも残念ながら凡人の僕はこういう風にしっかりと先を見越して準備をしなければいけない。姉のように準備も何もなしに難題を成し遂げるような超人ではないのだから。


 そうして体感的には一時間や二時間じゃ済まない長い時間を掛けて出来る限りの準備を終えた。情報もそうだし与えられる力、所謂チートについても詳細に至るまで煮詰めてある。


 ただ残念なことは全ての叶えられることはほとんどないのだとか。与えた力にどれだけ適応できるかによってチートの強さも変わって来るらしいので、後は自分の適性とやらに祈りを捧げるしかない。


 こればかりはやってみないことには神でもわからないと神である張本人が言っているのだし。


 異世界の神は全部で九柱もおり、それぞれ合うもの合わないものがあるのだとか。

 早い話が姉はこの風の神とやらとの適正が信じられないぐらい高いという訳で、だからこそ勇者として選ばれたのだ。


(まあ、紅葉なら他の神でも最高か、それも超えた結果を出すんだろうな)


 勇者として選ばれた姉と、ただその弟だからという理由で代理に選ばれた自分。同じ血を引くはずなのにこの差は何なのだろうか。


 まあ、これまでの十数年ずっとそうだったから慣れているし、そのことは昔から強がりでなく割り切っているので仕方ないとは思える。だが、文句の一つや二つを言っても罰は当たらないだろう。


(才能って残酷だな)

「それじゃあ、行くよ」


 その言葉に頷くと同時に緑色の魔法陣と呼ばれる陣が僕の足元に展開される。そしてそれに徐々に沈んで行った。まるで底なし沼に沈んでいるみたいだ。


 あるいはそれに等しい状況なのかもしれないが、今更どうしようもない。やれることはやったし、紅葉の言葉ではないが後は成るようにしかならないだろう。


 何とも自分らしくない言葉に苦笑いを浮かべながら僕はその魔法陣に呑み込まれる、はずだった。


「え?」


 ただそのほんの僅か前、目の前の神でない何者かの声が聞こえた気がした。姉に似た、けれど確実に姉ではない不思議な声を。


 その声は確かにこう言っていた。


「大丈夫、あなたならできるわ。頑張って」


 そして最後は、


「私の愛しい人の子よ」

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