エピローグ 嵐は来たれり
「木葉ったら思ってた以上にやる気じゃない」
私はこの件における一連の木葉の行動を眺めていた。そう、神とやらが用意してくれた場所でのんびりとくつろぎながら。
ここは時の流れない特殊な空間とやらでジュースもお菓子お好きなだけ出て来るから、だらける場所としては最高だった。
「まあ、いきなり交代じゃ詰まらないし、見てるこっちは退屈しないからいいんだけど」
木葉が死んで交代してもスムーズにその後を引き継ぐ為という名目を楯に私は神にこの場を用意させた。本来なら代理とは言え他の勇者の行動を神が誰かに教えるのは禁止されているらしいのだが、知ったこっちゃない。
向こうが勇者になって欲しいと頼んできているのだから、それなりの対価を支払うのが当然だ。まあ、木葉が受け取るべき対価まで私が貰っているような気もするけど、ドンマイだろう。
「でも、やっぱり見ているだけは暇ね。うん、飽きて来たかも」
「そう言われてもこちらとしては困ってしまうのだが」
「ああ、いたの」
風の神と名乗るこの男を私は信じていない。と言うか、こいつが神であろうがなかろうがどうでもいいのだ。
面白い事を運んで来てくれたことには感謝しているし、頼まれて受けた仕事はキッチリやる。
でもそれ以外では私は好きにする。誰が何と言おうと邪魔をさせるつもりはない。
(って、そう考えると私と木葉って似てるのかしらね。流石は姉弟ね)
「神にまで逆らう君とはだいぶ違うと思うけどね」
「何を言うかと思えば、木葉だっていざとなれば間違いなくそうするわよ。この点で私達が違うのは、私は常にそう思っているしそのことを自覚もしているのに対して、木葉は普段はそんなつもりはまったくないし自覚もしていないだけよ。あの子だって十分性質が悪い部類に入るわ」
でなければ弟だからと言って、私があの子にここまで構ったりしない。
「木葉は私と違って紛れもない凡人よ。断じて天才なんかじゃないし、私の彼のように秀才でもない。でもだからこそ面白いのよ」
「君ほどの傑物にそれほどまでに評価されるとはね。これは少し惜しい事をしたかな」
実は木葉はこの風の神からの力をほとんど受け取っていないらしい。いや、こいつが言うには欠片程の力しか木葉に授けられなかったのだとか。
そう、横槍を入れてきた別の神、無の神の所為で。
「彼女が勇者を選ぶなんて初めてのことだ。やはり彼にはそう思わせる何かがあるのかもしれないね」
「私が万人受けするのに対して、木葉は一部のアウトローに好かれやすいからね。まあでも、少なくともその神には見る目があるわ」
そこまで話したところで決めた。やっぱり見ているだけではつまらない。
「やっぱり私も行くわ」
木葉が無の神に選ばれた勇者となったことで、木葉に関係なく風の神に選ばれた勇者である私は異世界へと行くことが出来るようになっている。
今まではそれでも面倒だったから交代するつもりだったが、予定変更だ。
私も役者の一人として舞台に昇るとしよう。
「それと追加でお願いがあるんだけど」
「……勘弁してほしいが、聞く以外にこちらに選択肢はないようだね」
「当たり前じゃない」
それが呑めないなら私は行かないだけの話だ。私に勇者としてあの世界で活動して欲しいこの神にとってこちらのやる気を削ぐようなことは出来ないのである。
「私の彼にも、大樹にも力を与えて従者として同行させて。その為に私の得られる力が減っても無くなっても構わないわ」
「それだと君はかなり不利になるが、いいんだね」
「ええ、構わないわ。その程度じゃ障害にもならないし、むしろいいハンデよ」
それにどうせ異世界なんて普通じゃ行けないところに行くのだから、どうせだったらデートも兼ねてしまう事にした。滅多にない良い思い出になりそうだし。
「その自信だけでも賞賛に値するよ。そして巻き込まれる君の弟と彼氏には同情するね」
「無駄口叩いてないでいいから早くして」
彼を呼んでくると風の神が消えたところで私は無意識の内に笑みを浮かべていることに気付いた。どうやら自分が思う以上にこれからの事を楽しみにしているらしい。
「こんな機会滅多にないもの。楽しまないきゃ損よね」
魔王を倒すとか世界を救うだとか色々とやらばければならないことはあるようだけれど、まずは自分が楽しむ。それが何事に置いても譲れない私の流儀だ。
「そうだ。どうせだから木葉に彼女を作らせるのもいいかも。あのミーティアって子と良い感じだったし」
そうして彼が来るのを待ちながら私はこれからの楽しみについて思いを馳せるのだった。
姉とその彼氏も参戦です。
もっとも出番はかなり先になり予定ですが。