第十六話 盗賊団壊滅
第一章の山場です。
盗賊団のアジトらしき場所まで来たところでターゲットだった男を起こす。意識が戻ったところで騒げば命はないと伝えたら、すぐに何度も頷いて理解してくれたのでよかった。
担いだままだと動きにくいのでアジトが見える場所に生えていた木の高い枝の上に置いておく。自力で降りるのはまず無理だろうし、そもそも逃げる気力もなさそうだからこれで十分だろう。
「よく見ておくといいよ」
もう敬語の必要もないのでそう告げると、僕は盗賊団のアジトを詳しく調べ始めた。
どうやらアジトは洞窟を中にあるらしく、食料なども洞窟の中。
そしてそこに入りきれなかったメンバーや道具などはその周りにテントのような物を張って野営しているらしい。火を焚いているところもあるみたいだし、こんな形でよく誰にも見つからないものだ。
もっとも、そんなことは僕が気にすることではないのだけれど。
盗賊団の人数とレベルは把握。そのほとんどが称号やスキルに略奪者やら殺人などの物騒なものがあったので容赦しないことに決定。
リーダーらしき奴のレベルが40だったのでそのまま戦いを挑んで倒してしまってもよかったのだが、彼は洞窟の奥にいるようなのでそこまで行くのは面倒だ。入口も一つだけのようだし隠れて忍び込むのも無理だろう。
リーダー周りの奴らも幹部なのかレベルが高いようだが僕の敵ではない。だが、わざわざ相手をする必要があるとも思えない。
別に僕が直接手を下さなくてもこの盗賊団が壊滅してくれればいいのだから他にやりようはいくらでもあるのだから。
「周りには大量の魔物がいることだしね」
魔物除けが効いているからか通常なら夜でも魔物が寄ってくることはないのだろう。見張りはいるようだが、眠そうにしている奴もいるくらいだ。
それではその眠気を覚ましてあげることにしよう。
「ん? なんだ?」
見張りの男がそれに気づいた時には遅かった。その時点で既にかなりの数の魔物がすぐ傍まで迫っていたからだ。当然ながらそれを連れてきたのは僕だ。
先陣を切るのはレベル20前後のダイアウルフの群れ。それだけでもかなりの数がいるし、見張りたちのレベルではギリギリの相手だろう。
盗賊団のアジトのギリギリまで引き付けたところで僕は一気に空へと飛び上がり、その場から退避する。魔物達はその勢いのまま直進した結果、
「ま、魔物だ!? 魔物が襲ってきたぞ!」
焦った声や怒号が辺りに響き渡り、戦闘が始まる。僕はそれを近くの木の上から見ていた。
そう、僕がやったことはゲームなどではトレインと言われる行為だ。
想像以上に釣れてしまったので数は多いけど、平均のレベル的には盗賊団の方がかなり上だから死者は出ないだろう。
現に洞窟の中にいた高レベルのメンバーも出てきて戦い始めてからは優勢のようだし。
「どうなってやがる!」
「わかりやせん!」
「倒しても倒してもキリがねえぞ!」
もちろんそれにも理由がある。単に数が多いことが一番の理由だが、僕が負傷して戦闘不能になった魔物に体力回復薬をかけて回っていることも原因の一つだ。
見つからないように動いているのですべての魔物を治療できる訳ではないが、それでも十分な数の魔物が戦線へと復帰していく。
もっとも時々回復した瞬間こちらに襲い掛かってくる魔物もいたけど、そういう奴は捕まえて盗賊団の中心付近に投げつけてやった。空を弾丸のように飛んでくる魔物に盗賊団は右往左往しているし、思った以上に効いているので大成功である。
僕としても魔物相手にも回復薬が効くことや、傷の回復具合などを確かめられるので非常に有益な経験となった。
切り傷が一番回復しやすく、やはり骨折や内臓の損傷などは比較的回復し辛い傾向にあることが分かったのはこれから役立つことだろう。
盗賊団は怪我人が時間とともに増えていき疲弊していく。リーダーらしき人物まで前線に出てきて戦力の温存などはしていない。こちらの狙い通りに進んでいるようだ。
「それにしてもやっぱりレベル40なだけあるな」
リーダーの大柄でひげを生やした大男であるコルラドという奴やその周りの幹部達は魔物共を他の連中とは比べ物ならない速度で殲滅してく。まあ、一番強いダイアウルフでも10は差があるし、それも仕方ないことかもしれない。
コルラドがその手に持つ大きな斧を一振りすれば複数の魔物が屍と化す。チート能力がなければ絶対に相対したくない相手だった。
というかミーティアは僅か十代でこいつに近いレベルなのだが、それはかなり異常なことではないのだろうか。コルラドの齢が34であることを考えると、ミーティアの成長速度は凄まじいと言える。
そんなことを考えている内に戦闘は佳境に入ってきていた。盗賊団の方は多くの負傷者や戦闘不能者を出しているし、戦っている中でも疲労という状態異常になった奴も出てきた。
魔物の方もかなり数が減ってきたのでそろそろ決着がつくかもしれない。
(そろそろかな)
洞窟内に人がほとんどいなくなったのを確認して、僕は動き始める。幸い混戦模様だし、盗賊団は長時間の戦闘で敵は魔物だけだと思い込んでいる。
だから僕がこっそりその中に入って行っても見咎める奴はいなかった。まあ、そんなことしている暇もないというのが正直なところだろう。
そしてそのまま洞窟内へと忍び込む。途中で遭遇した奴らは一撃で黙らせながら奥へと進んでいくと目的の物を発見した。
それは大量の食糧とこれまで奪ってきたであろう多くの品々。宝の山と言いたいところだったが、流石にそう言うには規模や価値が足りなかった。
他人の物だから放置してあるこの状況でもアイテムボックスにしまえるはわからなかったが、試してみたところ触れればいけた。どうやら僕が触れて確保したことで所有権が移ったみたいだった。
手早くボックス内にそれらを回収すると撤収に入る。外の戦闘もほとんど終わっているようだったし。
そうして外に出たとことに待っていたのは多数の刃物だった。突きつけられたそれらの切っ先の向こうには当然ながら盗賊達がいる。そのほとんどがリーダーとその取り巻きだ。
どうやら理由はわからないが、忍び込んだのがバレてしまったらしかった。
「おめえがこの騒動の原因って訳か? 俺たちがいない間に洞窟内に忍び込んで何をしやがった?」
コルラドは野太い声で威嚇するように聞いてくる。もっとも隠すつもりもないので僕は正直にその答えを口にした。
「食料とかをほとんど回収させてもらいました。見て来ればわかると思いますよ?」
「おい!」
その声に反応した一人が確認のために洞窟内に入っていく。コルラドはしばらくして戻ってきた彼に耳打ちされたところで僕が嘘を言っていないことを理解したらしい。その眉間の皺が更に深くなっていた。
「どうやったかはこの際どうでもいい。今すぐ奪ったものを返しやがれ」
「そしたら命は助けてくれますか?」
「これだけのことをされて生きて返すわけがないだろうが。ただ比較的楽に殺してやる」
「でしょうね」
「てめえ! つべこべ言ってじゃねえぞ!」
一向に余裕の態度を崩さないこちらに業を煮やしたのか、一人の男がそう叫んで更には先を近付けてくる。そんなものは怖くはないが、僕はある理由で一歩引いてそれから遠ざかった。
その理由は、
「僕がどうして自分の手でやらなかったかわかりますか?」
それには多くの理由がある。借り物の力をひけらかしたくなかったのもあるし、わざわざ相手をしたくないという気持ちもあった。
だけど最大の理由は、
「服を汚したくなかったからですよ」
「ああ? 何を言って」
その言葉が終わる前に僕は上へと跳んだ。そして簡単に包囲網を飛び越えて安全圏へと離脱する。
「疲弊した状態で食料もない。できればこのまま降伏して欲しいんですけど」
思わぬ身のこなしに驚いたのか盗賊たちは戸惑っているようだ。だがその中で唯一、遅滞なくこちらに向かって突撃してくる物がいた。
それはコルラドだ。
「ぬらぁ!」
大声と共に振られる斧を僕は余裕をもって大きく余裕をもって躱す。チートなしなら身動き一つ出来ずに真っ二つにされるであろう速度だったが、今の僕には止まって見えた。
そしてボックス内から適当な石を取り出すと、
「な!?」
タイミングを見計らって斧の柄の部分にそれを投げ付けた。普通ならあり得ないことだが木で出来た柄は粉々に砕け、斧はもはや武器としては使い物にはならなくなる。
相手が驚愕で動きを止めている間にレベルを調整して、すかさずもう一度投石する。今度の狙いはコルラド本人であり、それは直撃した。
防ぐこともできずに右胸付近に石を受けたコルラドはそのまま吹っ飛んで背後の岩の壁に叩きつけられる。白目をむいて既に意識を失っているのがだれの目にも明らかだった。
「まだやりますか?」
先ほどと変わりのない声色で問いかけたのが効いたのか、盗賊の一人が持っていた武器をその手から落とす。
そしてそれはすぐに連鎖していき、全員が武器を捨てた。コルラドを圧倒したことが結果的にいい方向に作用したようだ。
「それじゃあ後になって抵抗されても困るので武器も回収させてもらいます」
頭を潰されたことで観念したらしく、項垂れて抵抗しなくなった彼らは逆らうことなく装備を外していく。それらを一か所に集めさせたところでボックス内にしまい込んだ。
「魔物の残骸も残しておくと危険なので消しておきますね」
あえてそう発言することでボックス内にしまったのではなく消滅させたとミスリードしておく。どこから情報が漏れるかわからないので念のためという奴だ。
そうしてほぼすべての武器や防具、それに魔物の残骸を回収し終えた僕は彼らにこう告げた。
「後日、然るべき人達にあなた達を捕まえに来させますので、それまでここで待っていてください。魔物除けは消さないで残しておきますから、ここにいれば死ぬことはないでしょう。むしろ武器もない状態で下手に逃げようとする方が危険でしょうから、死にたいのならそうしてください」
「待ってくれ! 怪我人もいるし、食糧だって足りない」
「食料に関して少しは残してあるので数日は持つでしょう。万が一、足りなくなりそうなら持ってくるので餓死の心配はないですよ」
「その言葉を信じろと?」
根拠もない言葉なのでそう言う気持ちもわかる。だけど大量殺人者という称号を見ると同情する気は起きなかった。
「信じられないのなら逃げればいいんですよ。運が良ければ生き延びられるかもしれませんし。それと怪我人にはこれを使っておいてください。捕まえる手前、死なれても困るので」
袋から取り出すふりをしながら前もって合成しておいた体力回復薬を十本ほど手渡す。しっかりと必要な数だけしか渡していないので、ちゃんと治療をすれば残らないはずだ。
「僕がまた来るとしたら、三日後に食料を届けにだと思います。もっとも、そうならなうことを望みますが。それじゃあこれで」
話をしていた幹部らしき男は何か言いたげだったが、結局その口から言葉は出てこなかった。
そうしてその場から立ち去った僕は、誰もいない木陰で大きく息を吐いた・
「……あー緊張した」
結果論だが、最初のダイアウルフのグロい死体を見ていてよかったのかもしれない。それで耐性が出来ていなければ血の臭いや傷などに耐えられはしなかっただろう。
「まだ全然慣れないな。まあ、慣れたくもなんだけど」
胃がムカムカして気持ち悪いが前のように吐きはしない。少しは勇者らしくなれたということだろうか。それを喜んでいいのかは微妙なところだったが。
「……よし! 最後の仕上げだ!」
自らの手で頬を打つことで半ば無理矢理に気分を切り替えて、僕はずっと木の上で放置されていた男のもとへと向かった。
あれだけのものを見せられた彼が逆らう気力などあるはずもなく、交渉は思った以上に簡単に済んだ。
と言うか、何でも言うことを聞くから助けてほしいとのことなので交渉も糞もなかったのだけれど。
「それじゃあ、これからよろしく。ポール」
晴れて僕の部下――あるいは僕や下僕というのかもしれない――となったポールは首が取れるんじゃないかというくらい頷いて自ら忠誠を誓ってくれる。
少し、いや、かなりやり過ぎた気もしたが、これなら裏切る心配もないのでよしとした。
そうして僕は重要クエスト『チュートリアル・トジェス村を救え』がクリアされた音を聞くのだった。