第十五話 内通者の正体
夜、ミーティアの家で早めの晩御飯を済ませた僕たちはすぐに動ける態勢でその時を待っていた。
「……動いた、かな」
予想よりも早い時間帯に――と言っても日は完全にくれているが――ターゲットは動き出した。その足取りに迷いはなく、どうやら明確な目的地があるらしい。
「行こう」
もはやミーティアはどうしてだとか言うことなく頷いてくれる。そしてそのまま二人でターゲットの後を追跡していった。
マップがあるから十分な距離を取っても見つかることはないので余裕を持って追える。初心者でも実に簡単な尾行だった。
そうしてそいつが足を止めた場所は、
「ここって……」
「……あそこって、グッチさんの家よね?」
僕はともかくミーティアが間違える訳もなく、そこは紛れもなくグッチさんの家だった。
(まさかグッチさんが内通者?)
そう思ったのも束の間、すぐにその考えが間違いだと気付く。
家の中にはグッチさんとキールさん、それに何故かエボラさんがいた。そして男二人『状態異常・酩酊』となっている。
要するに酒を呑んでいるのだ。
グッチさんがこれから何らかの取引を行うのなら酒を呑むとは到底思えない。
それにターゲットもグッチさんの家のすぐ傍で停止して動こうとしていなかった。護衛の彼ならエボラさんの動向など把握するのは簡単だろうから、あえてこの時を狙っていると見るべきだ。
そこで僕は思い出した。グッチさんは酔っ払うと口が軽くなるということを。
「……まさか」
「何? 何かわかったの?」
「いや、そんなバカバカしいオチな訳が……まあ、いいや」
そうだ、考えたって答えが出ないことは、
「本人に聞くに限る」
ミーティアの質問に答えになっていない答えを返して、僕はその場から一気に飛んだ。跳び出した、ではない。飛んだのだ。
高レベルにあかせた跳躍だが、それはもはや跳躍というレベルを超えていた。
(うわ、跳びすぎた)
敵を逃がさない為にも一跳びで接近してやろうと考えていたのだが、思った以上に上に跳びすぎたらしい。遥か上空から村の様子を窺いながら僕は風を感じていた。
これまで体感したことのない高さから落ちて行く感覚にお腹がキュッとなる。どうやらどんなにレベルが上がってもそう言った生理的な現象というものは普通に起こるらしい。何故か少し安心した。
そんなバカな事を考えながら聞き耳を立てているその人物の背後に音も無く着地する。と言っても風が巻き起こっているからバレてしまうだろうが。
だが問題ない。すぐさまレベルをターゲットの15ほど上に設定するとその体に拳を叩き込む。魔物退治の時の経験がここで活きた形だった。
避けることは許さず。かと言って一撃で殺すこともなく無効化してその人物の体を、家の中にいるグッチさん達に気付かれない様に音を立てずに担ぎ上げる。
僕の予想が正しかった場合、その事をグッチさんが知れば少々面倒な事になりかねないからだ。
残念ながら物音が皆無とは行かなかったので、グッチさんが様子を窺うためか外にでてきそうだった。という訳で長居は無用。すぐにでも退散することにする。
幸いなことにミーティアもこちらにやって来たようだし。
「ちょっと、いきなり」
「ごめん」
発言をその一言で遮って僕はミーティアの体も有無を言わせずターゲットと同じように担ぎ上げる。
そしてレベルを戻して、何か言わせる隙も与えずにまたしても飛んだ。今度は先程よりも更に高く。
「きゃああああああああああああああああああ!」
当然と言えば当然だが、ミーティアは悲鳴を上げた。そしてその声が夜空を斬り裂くように辺りに響き渡る。
だけど問題はない。なにせ人がその悲鳴を聞いて視線を向ける頃には既に村から遥か遠く離れた上空にいるからだ。万が一、空を見上げている人がいたとしてもこの速度なら黒い影が飛んでいたようにしか見えないだろうし。
そうしてトジェス村から遠く離れた河原の近く、少し開けた場所に着地した僕は担いでいた二人を地面に降ろす。片方は気絶しているから何も言わず、もう片方もいきなりの出来事に今は言葉を失っているようだ。
「ごめんね。急がないと面倒なことになりそうだったんだ」
「い、いや、だからって……やっぱりいいわ。何だか言っても無駄な気がするし」
何故か途中で諦めたミーティアの表情はひどく疲れているようだった。
「思ったけど、あなたって従順そうなふりしてそうじゃないというか、真面目そうに見えてどこかずれているわよね。それにどこか気分屋というか飄々としているし」
「そう? そんなことないと思うけどな」
「やっぱり自覚はないのね……まあ、いいわ。それでこんなところに来てどうするの?」
そう言うミーティアは高い所が怖かったのか少し足が震えていたが、それを悟られたくないようなので僕は見ないふりをして話を進めることにする。
「とりあえずこの人には起きてもらって、話はそれからかな」
「じゃあ、さっさと起こしましょう」
その前にこちらの正体がばれないように顔を布で覆う。夜で周りに明かりもないし、これだけでも正体を隠すには十分なのだ。
その後はミーティアの指示に従って河の水を顔に掛けて意識を覚醒させる。最初はぼんやりとしていたが、僕と目が合うと一気に覚醒して跳び起きた。
「え、な、何があったんだ? てか、ここはどこだよ!?」
慌ただしく周囲を見渡して最後は叫ぶように男はそう言う。やった僕が言うのも何だが、非常にその気持ちはよく分かった。訳がわからない事だろう。
だからと言ってこれからやることに変わりはないのだけれど。
「ここはトジェス村から遠く離れた河原の近くです。言っておきますけど近くに街や村などの人いる場所はないので騒いでも無駄ですよ?」
「ねえ。どうでもいい事だけど、なんで敬語?」
小声でそう耳打ちされて気付いたが、無意識の内に敬語になってしまっていた。
まあ、別に問題ある訳じゃないのでこのままで構わないだろう。
それにこの方が格好と相まって不気味な感じがして相手が怖がってくれるかもしれないし、それで簡単に口を割ってくれれば儲けものである。
「あなたには少しばかり聞かせてもらいたいことがあります。素直に答えてくれるなら危害を加えたりはしません」
「こ、答えなかったら?」
「ここに取り残されたら大変でしょうね。夜で周りは魔物だらけ。生きて帰れるといいんですけど」
月明かりだけでもわかるくらいに顔面蒼白になった彼を見て僕は少しばかり同情していた。単なる脅しだったのだが、思った以上に効いているらしい。
ちなみに僕は悪者でもない女子に対してむやみやたらと脅しを掛けるのが性に合わないのであって、別にそう言った行為全般を忌避している訳ではない。むしろ必要とあれば躊躇わないし、女子相手であろうと必要ならやる時はやる。
これは単なる覚悟の問題ではなく厳然たる事実である。
実際にそうしたこともあるから間違いない。
「それでどうします? 僕はどっちでもいいですよ」
覆面で顔を負っているので笑ってもほとんど分からないだろうが、僕は笑顔でそう言った。あるいは口元だけ笑って見えれば恐怖を煽れるのではないかと期待しながら。
「わ、わかった! 何でも話す! 話すから、殺さないでくれ」
「でしたら、あなたはあの村で何をやっていたんですか? 単にエボラさんの護衛という訳ではないでしょう?」
「お、俺は情報を仕入れて売ってるだけで、別にそれ以外は何も……」
目を逸らして明らかに動揺しているので嘘を吐く気をなくしてあげることにした。
軽く足を上げて地面に振り降ろす。それだけで衝撃と音と共に大地が凹んでいた。我ながら馬鹿げた力である。
「もう一度だけ聞きますね。何をやっていたんですか?」
「と、盗賊に仕入れた情報を流してたんだ! ここら一帯の村々は最近男共が役人に連れて行かれて襲うには丁度いいからって! より襲いやすい所を調べてたんだよ! 俺はエボラって商人の護衛として村々を回って情報を集めて、それで金を貰ってただけでそれ以外は何も」
「呆れた。何がそれ以外は何も、よ。あんたがやったのは十分犯罪行為に値するわ。村が手薄だってことを盗賊に伝えればどうなるかくらい子供でもわかるじゃない」
望んでなった訳ではないとは言え元盗賊だったせいか、その言葉はいつも以上にきつかった。もっとも、自分でも感情的になっているのがわかっているのか、すぐに口を噤んでこちらに任せてくれるようなのでよかったけど。
話を長引かせて暴走されても困るので僕は手早く終わらせることにした。
「あなたが情報を仕入れていたのはエボラさんとグッチさんから。もっと言えば、酔っ払って口が軽くなったグッチさんからですね?」
「そ、そうだ。もちろんそれだけじゃないが、あの爺さんがあの村じゃ一番事情通らしいし、思った以上にいい情報をペラペラ話してたからな」
「やっぱりそうですか……」
思わずため息を吐いてしまいそうになった。
これが意味するところはつまるところ、内通者がグッチさんだったという事を指し示すからだ。もちろん本人にその自覚はないだろうし、ましてやそんなつもりはなかっただろう。たぶんそれはエボラさんも同じだ。
あの二人の仲が良いのかまでは分からないが、ああして家に招いて酒を飲む仲だとすればそれなりには親しいのだろう。そして互いに酒の席での愚痴やら近況報告などをしていた違いない。
それが他人にとっては思わぬ情報源となったという訳だ。
(このオチもどうかとおもうけど、それ以上になんて意地の悪いクエストだよ)
これまでどのクエストでもそうだったが、あえて的を半分ずらしてくるというか、とにかくひねくれている。
今回の一件だって『内通者を探せ』以外にも表現の仕方はいくらでもあったはずなのに、あえて壮大な事件が起こっているかのように誤解させるような感じにしているような気がする。
そうじゃなくてもクエストをただ実行するだけでは正解には至れないようになっているだとか、頭を使わせてくる場合もあるし、とにかく底意地が悪いと言わざるを得ないだろう。
これが神の意志だとすれば、なんて意地悪な神様だろうか。一筋縄ではいかないとはこういうことを言うのかもしれない。
(それに動かされる僕はいい迷惑だよ)
そこで僕の推測が正しいとでもいうように「内通者を探せ」のクエストがクリアされたと表示された。
この狙ったようなタイミングでそうなるのもこちらをおちょくって来ている感じがするのだが、文句を言う相手もいないのでその言葉は呑みこむしかない。
これで聞くべきことは終わったが、あえて僕はもう一つ質問することにした。
「その盗賊団は何という集団ですか? そしてどこを拠点にしているかも教えてください」
「そ、それは……な、名前は猛虎団でアジトはトジェス村から遥か北の山の中らしいけど、詳しくは俺も知らない。行ったことがないんだ」
一瞬言葉に詰まったが、僕が足を上げたのを見てすぐに話してくれた。最初からそうしていればいいのにと思う。
ミーティアの様子を伺うが、特に反応もないので前に彼女がいたところとは違う盗賊団らしい。これで懸念がまた一つ消えてくれたのでよしとする。
「本当に行ったことはないんですね?」
「ほ、本当だ! 俺はあいつらに金を貰ってるだけで仲間じゃない! 今までだって人を騙したことはあっても殺したことなんてないんだ! 信じてくれ!」
たぶんだけどステータス表記に盗賊とない事からして、この人は本当に盗賊ではなく単なる情報屋として使われていただけなのだろう。
今回のグッチさんの件からも分かる通り、ステータスは非常に便利で頼りになるが穴が無い訳ではないということか。
本人の自覚がないせいなのかグッチさんには内通者と思われる要素の表示が一つもなかったし、ステータスだけを鵜呑みにするのは危険だと肝に銘じておこう。
「わかりました。これで聞きたいことは終わりです」
「じゃ、じゃあ」
「ええ、殺しませんよ。元々、そんなつもりはありませんし」
その言葉に助かったと思った男は喜んだが、
「話も終わった事ですし、僕達は戻ります。あなたも頑張ってくださいね」
「な!? ちょっと待ってくれ! 話が違うじゃないか!」
「話が違うも何も、僕は一言も話したら助けるなんて言っていませんよ? それでさようなら」
反論を聞くことなくそれだけ告げると僕はミーティアを抱えて――担がれるのを嫌がられたので、今度はお姫様抱っこになった――空へと飛び上がる。
男は何か喚いているようだったが、すぐに聞こえなくなった。無駄に騒ぐと魔物を呼び寄せるから少しは考えて行動した方がいいと思うのだけれど、相変わらずの状態異常なのでそれも考えられないのかもしれない。
「あの様子じゃ、そう遠くない内に魔物に食い殺されるわね」
二回目となったら慣れたのか空を飛びながらでもミーティアは、外見上は平然としており、そうやって冷静にそう分析してみせた。
ただ僕はそれを肯定はしない。何故なら彼をこのまま死なせるつもりも、またないからだ。
「それじゃあ村まで送るから先に戻っててもらえるかな。たぶん帰るのは朝になると思うから先に寝てていいよ」
「何する気? まさかとは思うけど、あいつの事を助けるつもりなの?」
「まあ、死なないようにはするよ。もう二度と悪さなんてしないと思うくらいに怖がってもらった上でね。これから彼には僕の情報源になってもらうつもりだし」
盗賊団に使われるくらいだからそれなりの情報収集能力や諜報能力があるのだろう。今の僕はこちらのことなど何もわからないに等しいし、情報はいくらあっても足りないという事はない。
彼にはその為に働いてもらうつもりなのだった。
「もちろんそれで悪さをまたされても困るから、徹底的に反省させるけど。とりあえず今夜は魔物の振りでもして、ずっと追い立てて寝かせない感じでいこうかな」
「……あなたってやっぱり凄いわね、色々と。まあ、始末しないのは甘いと思うけど」
「基本的にはどんな人間でも使い方次第だと僕は考えているからね。もっとも、だからこそ取り扱い方には十分に注意しないといけないんだけど」
そんなことを話している内にトジェス村が見えてきたので、僕はその近くに着地するとミーティアを地面に降ろした。
「あなたには言う必要ないかもしれないけど、気を付けて」
「肝に銘じておくよ」
再び飛び上がった僕はミーティアがトジェス村に戻ったのをマップで確認した後、
「さてと……ここからが本番かな」
まずはターゲットだった男の元へと戻る。そして余計な手間を省くためにも何か言う前にまた殴って黙らせた。そこに怒りがなかったと言えば嘘になる。
ミーティアは知らないことだが、僕にはまだやるべきことが残っている。そう、『トジェス村を救え』という最初のクエストが。
盗賊団に狙われている村を救う方法と言えば一つしかないだろう。
そしてその光景を彼にはしっかりと見ていてもらう。下手に逆らう気など起こさせないためにも。
マップを操作して調べること暫く、それと思われる集団を発見した。そこに集まっているのは盗賊ばかりだし、所属も猛虎団だから間違いない。
「それじゃあ、後片付けを始めますか」
そうして僕は動き出した、