第十四話 行商人 エボラ
村に戻るとある一点に人だかりが出来ていた。聞こえてくる声からして何か危ない事態という訳ではなく、どこか楽しげである。
「あれ? もしかして、もう来てるのかしら」
「来てるって何が?」
「前に話した行商人のエボラよ。外から色んな物を持ってきてくれるから毎回ああやって混雑するの」
日付を考えればまだ来る時ではない。だがいつも休みの日にやって来ると決まっている訳でもないだろうし、都合によっては早めに来てもおかしくはないのだろう。
とりあえず、そのエボラとかいう行商人のステータスを確認することにした。
人混みでその人物の顔は見えてはいないが、この距離まで近付けばアーカイブに記録されているだろうし。
案の定、そこにあった記録を見てみると。
(……特におかしな点はないな)
年齢、レベル、職業、称号など様々な物を見てみるが特に変なところはない。スキル欄に商談などがあるがそれも商人だからと考えれば、あって当然とさえ言えるだろう。
(はずれか?)
ミーティアの時もそうだったがクエストは肝心なところを教えない様にしている節がある。今回のクエストも『エボラに会え』だけだし、彼が内通者だとは断定しないようにしているように思えた。
(とにかく会ってみるか)
クエストがまだクリアされないところを見るとまだ会ったとは判断されていないようだし、しっかりと顔を合わせるくらいはやらないといけないのかもしれない。なので、僕は人混みを掻き分けで先へと進む。
そうして顔を合わせたエボラという人物は、やはりと言うべきか何だがごく普通の人だった。中年の少し小太りで優しそうなその顔からは、とても内通者だとか悪巧みをするような人だとは思えない。
もちろん外見だけで判断する気はないが。
「いらっしゃいませ。おや? 見たことがない顔ですな。それに男の若者がいるとは」
「初めまして、結城木葉と言います。僕はこの村の住人じゃなくて、事情があって最近この村にやって来たんです」
「なるほど、そうでしたか」
話ながら視界の端でクエストがクリアされたのを確認する、ここからは自分で探れということか。
そうしたいのは山々なのだが、周りには他の客が大勢いるので何もせずにのんびり話していることはできない。
「そうだ、魔術書って売ってませんか? それと出来るなら魔物の素材を買い取って欲しいんですけど」
なので、僕はそう言いながら会話を続けることにした。この話題を選んだのは、どうせなら有益な会話をしながら、という奴である。
「申し訳ないですが、魔術書は取り扱っていませんね。その代わりと言っては何ですが、買い取りはできますよ。それでは実物を見せてもらってもよろしいですかな?」
笑顔を浮かべながらのその言葉に従って実物を取り出す。もちろん袋に手を入れてそこから取り出した振りをして。
「ふむ……これはゴブリンの牙ですな。それほど高価なものではないですが、状態が非常に良い。これなら一つにつき銅貨十枚でどうですかな?」
「お願いします」
あまり多くても怪しまれるかもしれないので五つだけにしておく。後でミーティアにでもさりげなく金銭について聞いてみるとしよう。
今の僕にはこっちのお金に付いての知識がないので頷く以外にないが、流石にこのままでは不味いだろうし。
だが、そんなことは後回しでいいことだ。僕は会話を続けながらエボラという人物についての情報に目を通してく。
こうして面と向かい合って集中すると更に詳しい相手の情報、身に着けている装備やら所持品などもわかるらしく、それらのリストに目を通す。怪しい物や手がかりになる物は何かないかと。
商人と言うだけあって所持品のリストは膨大であり、流れていく文字を見るのにかなり苦労する。しかも怪しまれないように話しながらだから難易度は更に上がっているし。
そこである事に気付いた。
「ところでエボラさん、でしたよね。お一人で行商をしていらっしゃるんですか?」
「いえいえ、そんなことはありません。盗賊や魔物に襲われた時の為にちゃんと護衛を雇ってますよ。今、彼らには馬車の方を見張ってもらってるんです」
(やっぱり)
大量のリストが出来るほどの商品を持っている時点で一人の可能性は限りなく低かった。
これでエボラさんのレベルが高ければ話は別なのだが、17と一人旅には心もとない数値なのでまず間違いないと睨んだがその通りだったらしい。
その護衛達のステータスを確認すると、
(ビンゴかな)
四人の内の一人が称号に詐欺師という怪しげなものがあった。更に詐術などというスキルまで持っている。
職業は四人とも冒険者なのだが、他の三人が剣術や棒術などといった戦闘に使うと思われるスキルばかりなのに対して、そいつは明らかにそれ以外の用途と思われるスキルを複数所持していることからも異質であると言えた。
そこまで確認できたところでお金を受け取りその場を後にする。
「どうだったの? って、その顔だと何か掴めたみたいね」
人混みの外で待っていたミーティアはこちらの表情だけでそれを察したようだ。
「ミーティアの言ってた通り、あのエボラっていう人は関係なかったよ。問題はその護衛をしている中に一人かな」
「何であの人と話しただけでそんなことがわかるのかって言いたいところだけど、あなた相手だとそんな質問するのがバカらしくなるわね」
「その言葉は賞賛として受け取っておくよ。とは言え証拠もなしに捕まえることもできないし、彼には尻尾を出してもらわないと」
もっともその時は意外と早く来そうだけれど。彼のステータスを詳しく見てみたら『状態異常・緊張』となっていた。特に何もしていないだろう今の状況で状態異常と表示される程に精神的に追い詰められているのならボロを出すのも早そうだ。
早ければ今夜にでも動くかもしれない。悪役が暗躍するのはやはり闇に紛れる夜だろうし。
そして僕はその時をミーティアの家で待つだけだ。こちらにはマップがあるので見張りの為に張り付く必要もないのだから。
ただ一つ、引っ掛かることもある。
(でも、これが内通者と言えるんだろうか?)
村の外からやって来た人物のことを内通者と言うのだろうか。それだけが疑問だった。
あるいは他に内通者がいて、そいつからの情報をどこかに届けるのが彼の役目なのだろうか。
(こればかりは考えたってわからないか)
だったらその答えは直接本人に聞くとしよう。
そうして日は暮れ、夜がやって来た。