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僕は姉の代理で勇者――異世界は半ばゲームと化して――  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中
第六章

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第十五話 切り札と似た者同士の姉弟

 雷の勇者が槍を構える。敵の影しか目で追えない僕はその一撃を躱すことは難しい。そして急所を突かれれば必殺の能力で仕留められてしまうことだろう。


(MPも残り少ないし一撃で決める)


 紅葉の言葉を借りれば相手は無尽蔵にHPMPを回復出来るようだし、生半可なことをしても逆効果だ。やるなら先程の紅葉のようにすぐには回復できないように強烈な一撃を叩き込んで行動不能に追い込むしかない。


 そこで僕はその場に立ったまま動かず、そしてその時が来るのをひたすら待った。


 相手からしたら観念したように見えるだろうか。それとも見え見えの罠に警戒を詰めている事だろうか。


 それから時間にしては十秒弱、互いに動かずに睨み合う。そしてその静寂と均衡を崩したのは、


「ふっ!」


 東吾の方だった。こちらが瞬きをする瞬間を狙って一気に接近してくる。そしてその必殺の槍を僕の体に向けて一切の容赦なく放つ。


 普通なら目にも止まらぬその一撃を躱す術など存在しない。紅葉のように受け止めることも不可能だろう。それこそ紅葉並みの身体能力と体術でもなければ。


 だからその一撃は僕の左胸に吸い込まれていった。


「貰った!?」


 初めの内は勝利を確信していた東吾の短い言葉の終わりは驚愕で終わることとなる。何故ならその一撃は僕の体を貫いているのに傷がないからだ。


 本来なら貫いたことで出来ているはずの傷がないのである。それどころか血さえ出てくることがない。


 そう、まるで無の神のように透過しているかのように槍は体をすり抜けていたのだ。


 それに気付くのが遅れた東吾に対してそのタイミングを待っていた僕が迎撃をミスすることはない。


「これで」


 槍を手放して逃げていればあるいはこの攻撃を受けることはなかったのかもしれない。


 少なくともまだ抵抗する時間は与えられたことだろう。だけどなまじ必殺に拘った東吾はどうするべきか迷ってしまったのか、致命的な隙を見せることとなる。


「終わりだ!」


 その隙を逃さず僕はその体に拳を叩き込む。そこで東吾の方も魔法を使ったのか槍が光ったが、こちらに変化はない。相打ちを狙った必殺の魔法は不発に終わってしまったのだ。


 その結果、倒れたのは東吾だけとなる。


「今のは……?」

「魔法ですよ。僕は自分自身に魔法を掛けておいたんです。次の一撃によるダメージや外傷などを受ける未来を無くすって風に」


 魔法が最も掛け易いのは自分自身に対してだ。それはそうだろう。自分のことは自分が一番よく分かる上にステータスで常に状態の確認もできる。


 だから先ほどの僕は魔法によって次の一撃に関してのみ、いかなるダメージも傷も負わない無敵の状態になっていたのだ。


 それを証明するかのようにそれまでステータス上に浮かんでいた『絶対回避』というバフの表示が消えていった。


 先ほどの紅葉にしたことが過去を無かったことにするのなら、これは未来で起こるだろう選択肢を奪うということ。過去改変ならぬ未来改変とも言うべきものだろうか。


 これが取っておいた僕のもう一つの切り札だ。


「もっともこれまたMPの消費が膨大ですし、負ける可能性を無くすとかは百万近くMPが必要なこともあって出来ないですけどね」


 精々が今のように次の一撃を当たらないようにするか、あるいはこちらの次の一撃が外れる可能性を無くす程度が限界だ。


 しかも後者の場合は外れるのを無くすだけであって確実にクリーンヒットするわけではないから掠るだけ終わることだってあり得るという微妙な制限まで付いている。


 これでこっちも一度につきMPを一万も消費するのだから強力ではあるものの、効率の悪さは折り紙つきと言うべきものだろう。


 大抵の攻撃ならダメージを受けた後で回復した方が断然MPの効率的にいいからだ。


「……なるほど、姉弟揃って切り札を隠し持っていたというわけか。そして俺はそれを見抜けなかった。笑えるほどの、笑うしかないほどの惨敗だな」


 こちらの攻撃がクリーンヒットしたので東吾は倒れたまま動けないでいる。だけど先ほどのことを考えれば回復するのは時間の問題だろう。


 だから僕はその前に彼の説得に取り掛かることにした。


「あなたはこの世界の為に僕やオルトを狙っていたんですよね?」

「ああ、そうだ。無の勇者やその仲間の存在はこの世界にとって劇薬にも等しい。非常に強力な分、勇者だろうが魔王だろうが使い方を誤ればその身を滅ぼすことになる。そして勇者側はまだ劇薬に頼る必要性は薄い」


 今のところ無を除く勇者やその仲間が入れば魔王達に対抗することは十分に可能だとされる。だからわざわざ勇者側は無の代行者を頼る必要があまりないというのだ。


 むしろその存在が居ることのリスクの方が大きい。だからこそ彼は僕やオルトを排除しようとしたのだ。それがリスクを減らす、ひいては人類と世界を守ることにも繋がるからと。


「こんなことを言ってもそちらにとっては今更だろうが、俺だってお前達を排除するかどうか初めの内は迷いがあったんだ。だがお前のその性格を知っていく内に決意せざるを得なかった」

「……僕が周りに流される性格だから、ですか?」

「自覚はあるようだな。その上で変わらないのだから手が付けられないと言うべきか。ああそうだよ。俺や雷の神はお前の事を知って、場合によっては魔王側に流れる可能性があるのではと思えてしまった。今は運よく周囲が人類や勇者側に傾いているからそうだが、もしこれが違ったのならお前は簡単に魔王側になっていたのではないかとな」


 周囲に流されてきた自覚はあるし、それは僕自身否定できるものではない。確かに僕は周りに流されてここまで来た。


 僕には確固たる意志と言うべきものがなかった。だからこそ雷の神と勇者は恐れたのだ。もし状況が違えば僕は魔王側についていてもおかしくなかったのではないかと。今からでもそうなるのではないかと。


 ある意味ではこの事態を起こした原因の一つは流され続けた僕でもあるのだ。


「だが結局、俺はこうしてお前どころか風の勇者にまで敗北した。それも無惨なほどに完敗で。ここまで自分に有利なアジトでも死なないように手加減までされ、そしてこんな動けなくなるという醜態を晒して負けた以上はもはやそちらの事に口を挟むつもりはないさ。挟んだところで返り討ちに合うだけだと心底理解させられたからな」


 疲れたように大きな息を吐きながら東吾はそう言う。

 流石に勝目がないと悟ってしまったらしい。紅葉だけでも厄介なのに僕にさえ自らが圧倒的に有利な状況で敗北したのが相当堪えたみたいだ。


「俺は無の代行者が居ることのリターンよりもリスクを恐れた。だが結果的に無の代行者は排除できないと分かった以上は無駄な力を浪費するつもりはない」

「それでいいんですか? て、僕が言うのもなんですけど」

「良くはないさ、決してな。だがそうするしかないだろうが。ただでさえあんな化物が居て、その上ターゲットであるお前にすら勝てないんだからな」


 化物のところで視線を向けられた紅葉は憮然としていた。結構距離が離れているのだが聞こえているらしい。


「じゃあ、これからは僕やオルトを狙うことはないってことでいいですね?」

「ああ、負けを認めた以上は約束しよう。少なくともお前が勇者側に居る限りはな」


 その顔を見れば今でも僕を、と言うよりは人類にとって脅威となりかねない存在を認めたくないと思っているのが分かる。それでもこちらに勝てない以上は認める以外、彼には選択肢がないのだった。


「その代わり約束しろ。お前もそのオルトという少年も、そしているかもしれない他の無の力を与えられた存在を決して魔王側に渡さないと。そして絶対に何があろうと魔王側に寝返ることはしないとな」

「勿論ですよ。と言うか紅葉の敵になるなんて自殺行為は御免です」

「ふん、それでも精々気を付ける事だ。無の神を筆頭に神々が曲者であるように、魔王や魔族の中にも厄介な奴は山ほどいる。そして奴らも決して一枚岩ではないことを肝に銘じておくといい」


 そこで上半身を起こした東吾はこちらに手を差し出してくる。起き上がるのに手を貸せという事だろうか。


 そう思った僕は素直に手を掴んで引っ張り上げる。不意打ちでもしてくるかと半ば疑っていたが、そういう事も無く彼は僕と目線を合わせると、


「完敗した俺から最後に一言だけ言わせてくれ」

「えっと、何ですか?」

「俺はお前みたいに他人に流される奴が大嫌いだ。叶う事なら姉弟揃って二度と俺の前に姿を現さないでくれ」


 そう言って繋いでいた手を乱暴に振りほどく。そして背を向けてこちらから離れていった。


 本来仲間にするはずだったオルトを奪われただけでも怒って当然なのに、姉弟で襲撃を仕掛けて好き勝手暴れたのだ。憎まれ嫌われる要素しかないのでその態度に対して苛つく気持ちなどなく、むしろ申し訳ない気持ちで一杯ですらあった。


 今回の一件で一番の被害者は疑いようも無く彼なのだし。


「ああそれと、念の為そちらに護衛を一人送らせてもらう。あの少年を守る為にもな。何かあればここに直接来ないでそいつに話して連絡させればいい」

(それって何かあっても会いに来るなって遠回しに言ってない?)

「それじゃあその護衛はエルーシャにして貰えるかしら。その方が私としても嬉しいし」


 そこでどこから話を聞いていたのかその場にひょっこり現れた紅葉が東吾に注文を付けている。散々好き放題やっておいてまだ彼に要求を叩き付けるとは我が姉ながら恐れ入るしかない。


 この人には遠慮とかないのだろうか、と。


「好きにしろ。しかしそんな簡単にこちらの言い分を信じていいのか? その護衛を刺客にする気かもしれないぞ?」

「そんな事をすればどうなるかもうあんたは分かっているわよ。木葉だけでなく守人と私まで敵に回ったら雷の一派だけでは勝ち目がないし、かと言って他の勇者と協力して戦力の拮抗を図れば勇者側の戦力を無駄に消耗するだけ。それが分からないほどそっちはバカじゃないでしょ?」

「……ふん! つくづく癪に障る奴らだよ、お前達は」


 その言葉を否定しなかった東吾は帰りの馬車を用意させておくことをこちらに告げるとその場から去って行く。と、そこに守人が寄って行って何か話し掛けていた。


「まったく、これでようやく一件落着だな」

「大樹もお疲れさま。色々と助かったよ。でもなんだかこんなあっさり東吾が認めると思っていなくて正直拍子抜けしたね」

「それはそうさ。意見の違いはあっても俺達は勇者陣営という味方同士なんだ。勝つ為には好むと好まざるに関わらず協力し合って行かないといけない。例え今回のように相容れない事態が起こったとしてもな」


 今回は雷側が折れ、矛を収めてくれたということか。いや、正しい表現は矛を収めざるを得なくしたと言うべきだろう。


 さっきから戦闘では、お前じゃこちらには勝てないと紅葉と僕で知らしめてやったようなものだし。


「はいはい、そんな小難しい話は帰りの馬車の中でも出来るんだし、さっさと行きましょう。私としても木葉の仲間に早く会ってみたいし」

「分かったからそう急かさないでよ。でもその前に」


 そこで僕は微笑んでこちらを眺めていた無の神の方へ向き直る。


「心が読めるんだから僕が言いたいは分かってるよね?」

「そんなに怒らないでよ。分かった、今度からこういう事はなるべくやらないようにするわ」

(どうだか)


 そもそもそれでもなるべくと付く辺りで既に信用ならない。この無の神という存在は自分が楽しければいいと思っている節がある。そしてそれによって迷惑を被る周りのことを気に掛けてすらいないのだ。


 その点ははっきり言って不快だった。勝手であるとは言え、それでも自分なりに周りに最低限の気を配る紅葉の方がまだ比較すればマシな方である。


「……神々には神々の都合があるんだろうけど、少しは考えて貰えるかな」

「了解よ。だからそう睨まないでって。それで元の世界に戻る気を無くしたあなたはこれからどうするのかしら?」


 そんな事は決まっている。魔王が居る限り争いは続く。そして僕も帰るに帰れないとなれば結論は一つだ。


「可及的速やかに全ての魔王を討伐する。そうすれば僕やオルトの存在も問題ではなくなるだろうからね」

「そう……それなら私も影ながら応援してるわ。頑張ってね」


 これからの僕の目的を聞いた無の神はニッコリを微笑んでそれだけ言うと、パッと現れた時のように唐突にその場から消える。


「あの笑顔、一体何を企んでいるのやら。問題が大きくならないと良いんだが。そして俺達が巻き込まれないとなお良いんだが」

「そう? 私は別にどっちでも良いけど。巻き込まれてもその状況を楽しむだけだし。それに無の神は何も企んでなくてもああいう顔しそうじゃない?」

「二人とも他人事だからって楽しんでない?」


 そこで東吾と話していた守人もこちらに戻って来る。これでここでやるべきことは全て済んだ。となれば後は帰るだけだ。


「それじゃあ帰ろうか」


 こうして僕は思わぬ人達を連れてミーティア達が待つ王都へと戻って行くのだった。

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