第十三話 真の狙い
その正体は風だった。紅葉を中心にして発生した強烈な風が全てを吹き飛ばしていく。
目を開けていられないどころではない。守人の張った水の殻の中だというのに必死にこらえなければ体が吹き飛ばされそうな威力だった。
だがそれもほんの一瞬の出来事で、すぐにその風は止む。まるで今までの暴風が幻であったかのように。
そうして戻った視界に映ったのはボロ雑巾のようにズタボロになって倒れ伏す東吾と無傷の紅葉である。
「可哀想に。相手が悪過ぎたな」
守人はそんな東吾と過去の自分を重ねているのか同情心を覗かせる表情でそんな事を呟いていた。
「い、今のは?」
「単なる風属性の魔術だよ。しかもそれなりの人物なら使える中級の。もっとも見ての通り威力に関しては上級どころか最上級クラスだが。そしていくら速かろうとこの部屋全てという範囲攻撃からは逃れられないってわけさ」
そこで話を切って大樹が紅葉に声を掛けようとしたところでふと気付く。なんと倒れていた東吾がまだ起き上がろうと動いていることに。あの一撃を受けてなお意識があるというのだろうか。
「防御力とか耐久力と言うよりは精神力と言うべきでしょうね。体の限界はとっくの昔に超えてるでしょうし」
それを見ても紅葉は動じず、相手が起き上がるのを待ってあげている。
「っはあ、はあ……」
だが東吾は立ち上がることは敵わずにその場に膝を付いて蹲ってしまう。ダメージが深刻過ぎて回復が全然追い付いていないのだ。
「……何故だ? どうしたらそこまでの力を得られる?」
その至極当然の疑問に対して紅葉はとんでもない解答を返す。ただ、それならこの出鱈目な力を身につけていても納得するしかなかったが。
「何故って、ここまで早くレベルが上がったのはやっぱり風の魔王を倒したからでしょうね。流石に死に掛けたこともあって倒した時は神からの報酬と共に大分レベルが上がったもの」
「「……」」
僕と東吾は言葉を失って紅葉を見つめる。
いや、見つめる事しか出来なかったと言うべきか。
何故なら今も紅葉の発言は今までの中でもぶっちぎりでふざけていたからだ。
いや、紅葉の表情からして言った張本人にふざけているつもりがないのは分かっているし、だからこそ驚くべきことなのだ。
「た、大樹……」
「嘘じゃないさ。さっき言った守人と合流する前の一仕事が風の魔王を倒したってことだしな。そもそも疑問に思わなったか? いくらなんでも紅葉は勝手な行動を取り過ぎていると。そして俺達がわざと捕まって休息しているのを風の神が何故認めているのかと」
その答えがまさにこれだというのか。
「理由は既に紅葉は風の勇者としての最低限のノルマをクリアしているからだ。それどころか風の神曰く、充分過ぎるほど働いてくれたとのことだしな」
風の神が求めたいたのは魔王退治の影響で出る周囲への被害を減らすことだった。だが紅葉はそれどころか担当の魔王退治まで既に終わらせてしまったらしい。
だから紅葉が好き勝手なことをやっても止めはしない。それが魔王討伐の邪魔にならない限りは。
「私が他の勇者を圧倒できるのもある意味で当たり前の話なのよ。だって未だに自分の担当の魔王すら倒せていない木葉以外の勇者なんか、私に言わせれば周回遅れに近い存在だもの」
「ば、馬鹿げてる。我が姉ながら常識外れにも程があるって」
「あら心外ね。それを言うのなら木葉だって同じようなことしてるじゃない」
「いやいや、どこが?」
「水の魔王の一部を倒したどころか、水と風の勇者の仲間を配下にしているところとか。ほら、こうして見ると私と木葉がやった事は似たようなことじゃない」
「仲間じゃなくて水の勇者本人を、一部じゃなくて魔王本体を倒す事とは天と地の差があるわ!」
そう叫んだ後に頭が痛くなってきた。なんだかこの目の前の人物だけ全く別の難易度で人生というゲームをプレイしているようにしか思えない。それほどまでにふざけていた。
「ついでに言っておくと、私は風の神からしばらくの間は魔王退治に手を貸さないように頼まれてたのよ。下手に私が動くと周りがそれだけを頼りにしかねないからって。強いってのも考えものよね」
だから休息をしていたという面もあったらしい。自分勝手な理由ばかりではなく、ちゃんとした理由もあったのか。正直驚きである。
「ちなみにどうしてその力を僕との喧嘩では出さなかったのさ?」
もし使っていたらそれこそ圧勝だったろうに。
「差が有り過ぎたら喧嘩にならないじゃない。それにそっちだって向こうの世界の喧嘩で殴り合いくらいはしても凶器を使うまではいかないでしょう? そもそもそこまで行ったら喧嘩じゃないし、それと同じようなものね。なにより血の繋がった弟をボコボコにするぐらいならともかく殺すのは流石の私でも簡単じゃないわ」
喧嘩なのだし罵り合ったり殴り合ったりするのは構わない。時には感情のままに相手に苛立ちをぶつける時もあるだろう。姉弟であればなおさらのこと。
だけどそれにも一線と言うべきルールや限度がある。その一線が紅葉にとって本来の力を使わないことだったらしい。
「なんだかんだいってもお前達二人は似ているってことだよ。その根本的なところがな。それとどうやらお話はそこまでのようだぞ」
その大樹の言葉通り倒れていた東吾が傷だらけのままの状態だったがどうにか立ち上がる。明らかにまだ戦えるような状態ではないというのにだ。
それを見て僕はずっと感じていた疑問を口にした。
「あなたはどうしてそこまでして僕やメルを狙うんですか?」
もはや焦っていると言っていいほどに東吾は僕をすぐに始末しようとしていた。
他の水や風の神はそんな事はないというのに。
だからこそ雷の神は一体何を考えて何が目的だったのか。そう思って問うたその言葉に、
「……ふ、ふふふ、はははははは!」
傷だらけの東吾は堪えきれないといったように笑い出す。その目は笑いながらも僕の事を蔑んでいるのが見て判った。
「この期に及んでまだそんなことを言っているとはな。見当外れもいいところだ」
「見当外れ、ですか?」
彼が僕やメルを必要に狙っていたことは紛れもない事実だ。だというのにそれを彼は違うという。
「止めなさい、木葉。それ以上考えても今のあんたにとって碌な事にならないわよ」
「紅葉?」
その思考を止めたのは苦々しげな顔をしている紅葉だった。怒っているのもそうだが、こんな表情を見るのもまた実に珍しい。
気付けば大樹もまた同じような表情をしている。一体何が二人にそんな顔をさせているのか。
その答えを持ってきたのは守人でも東吾でもなかった。
「あなたを狙っているのは正解だけど、もう片方が間違っているのよ」
全員の視線がその声の主に集まる。そう、突如として皆の中心辺りに現れた白髪の女性に対して。
「初めまして、木葉以外の勇者達。私が今回の騒動の原因を作った張本人である無の神よ」
優雅に一礼し、そして誰もが声を発するその前に無の神はその一言を告げた。
「それでさっきの話だけど、実は雷の神の真の目的は無の勇者である結城木葉及び無の勇者の仲間であるオルトという少年の方だったのよ」