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第十二話 天才の過ごしてきた日々

 どれ程のダメージを負ったのか東吾は仰向けに倒れたまま起き上がれないでいた。そしてそんな東吾を紅葉は悠然と見下ろしている。


「速さの割には力が弱いわね。まあ必殺の能力があるから力なんて必要ないのかもしれないけど、当たらなければどちらにしたって意味がないわよ?」


 そうやって無造作に折角掴んでいた槍を手放してしまう。次の一撃が来ようと当たる訳がないと言うかのように。


「あ、あれはどういうこと?」

「見ての通りあれが能力を使っていない紅葉本来の力だよ。レベルで言うと紅葉単体で711だ」


 無言で集中し続ける守人を余所に大樹が答えてくれる。


「えっと、それはつまり……」

「そうだよ。紅葉は能力を使ってあえて弱くなっていたんだ」


 無の魔法を初めとして神から与えられた力は普通誰もが強くなれるように使う。当り前の話だろう。誰が好き好んで弱くなる為に使うと言うのか。


 だがここにその奇特な人物がいたのだ。

 我が姉、結城紅葉という常識に捉われない天才が。


 しかも単体で僕より100以上も上だとはもはや笑うしかない。大樹と二つに分けているのにそれっていくらなんでも異常過ぎないだろうか。


「勿論最初からああだった訳じゃない。元々のレベルは330ずつで計660とまだ常識的な数値だったしな。だけど神からの依頼を達成したり鍛え続けたりした結果、今ではあそこまで強くなってしまったってわけだ。ちなみに紅葉の能力は自分よりレベルの低い相手にしか効果を発揮しないぞ」


 それはつまり本当に弱くなる為にしか能力を使えないということではないか。制限があるとは言っていたが本当に制限だらけの能力である。


「言っておくけど別にハンデの為だけにこんな能力にした訳じゃないわ。同じ土俵に立てさえすれば私は誰が相手でも負けないっていう自信があったからこそ、この能力を選んだのよ」

「それってハンデのつもりもあるってことだよね」

「だってそうしないとワンサイドゲームになって全然面白くないじゃない。勿論いざという時は大樹に貸している力を元に戻す事も出来るからその点に関しては安心なさいな」


 戦闘中だと言うのにこちらの方に歩いて近寄ってきて会話している紅葉。完全に相手に背を向けているのだが、相対する必要すらないというのか。


「ま、まだだ!」


 そこでようやく東吾は口元の血を拭いながら立ち上がる。


「そうだ、例えお前がどれほどの力を持っていようと!」

「ここで戦う限り俺の有利は揺るがない、かしら? でも残念ね。いくら体力と魔力を無尽蔵に回復できたとしても、その程度じゃ私には敵わないわよ」

「な、何故そんな事まで……」

「私がどれだけここに居たと思っているのよ。そんなのとっくの昔に調査済みよ。まあ実際に調査したのは大樹なんだけど」


 ここまで来ると東吾が可哀想になってくる。HPとMPを無尽蔵に回復するという反則級の切り札を持ってしても紅葉を相手にするのには足りないと言われてしまったのだから。


 呆然と立ち竦む東吾を見て紅葉は大きな溜息を吐く。まるで何も分かっていないと言うかのように。


「あんただけじゃなく守人や木葉にしても勘違いしているわ。私達勇者がこの世界でまず初めにやるべき事は力を鍛える事でも神からの指令をこなす事でもない。何よりも早く与えられた力を自らのものとすることよ。実際私は最初の一月を一睡もせず、強制的な指令とか以外の自由な時間はその為だけに時間を費やしたわ」


 そこで紅葉の姿が消える。影すら残さず一瞬で。そして気付いた時には東吾の背後を取っていた。


「そうして寝不足で少し肌が荒れるという代償を払うことで完全に力をコントロール出来るようになってから私と大樹は本格的に活動を開始した。そうしてそれからすぐに与えられた力で万能感に浸ったのか、調子に乗っている守人と出会ったのよね?」

「うぐ!」


 それまで黙っていた守人が紅葉に視線を向けられて呻き声を上げる。そう言えば前に恩に関しての事は言いたくないとか言ってたっけ。


「でまあ、そこで私は売られた喧嘩を買って守人をボコボコにしてあげたのよ。最初は劣ったスペックで徹底的に駄目なところを矯正させて、その後はこんな感じで」


 背後に現れた紅葉に対して東吾がもはや一切の手加減など感じさせない一撃をくらわせようとする。だけどまたしてもその槍の一撃は目標を捉える事は出来なかった。


 それどころか今度は指二本で刃先を掴まれていたのだ。


「動きが単調。これならいくら速くても相手に読まれるわよ」


 そして先程の光景を繰り返すようにまたしても東吾は地面に叩き付けられて苦しそうに呻いている。


 もはやこれは戦闘と呼べるものではない。いじめ、あるいは虐殺の方がまだ言葉の意味としては近いだろう。


「懐かしいな。確か守人はそれで自信喪失して暫く人のいない洞窟に引き籠ったんだったか?」

「……頼むから言わないでくれ。プライドをボッキボキに圧し折られたあのトラウマが蘇る」

「な、何と言ったらいいのか……その、ご愁傷様です」


 本気で泣きそうになっている守人に僕はそういう事しか出来なかった。そして自分がそうならなかった事に心の底からホッとする。


「それから一仕事を終えた後に引き籠っていた守人を紅葉が見つけて引き摺り出して、しばらくは共に旅をしたんだ。こうして木葉と会う為にわざと雷の一派に捕えられるまでな」


 それが紅葉達の過ごしてきた日々の大まかな流れらしい。そんなことをもはや体術だけで東吾の槍を躱し続ける紅葉の姿を見ながら僕は聞かされた。


 まるで羽のように紅葉の体は宙を舞い、敵の攻撃が自ら外れていくかのようにその身に届くことがない。まさに暖簾に腕押しといった諺のようだ。


 そして最後には突き込むように振るわれた槍の上に紅葉は着地してみせた。その圧倒的な差を見せつけるかのように。


「そろそろ諦めたらどう?」

「……まだだ。まだ俺は負けてはいない!」


 その圧倒的な差を見せられてもなお東吾は諦めない。その意志の強さだけは素直に尊敬できた。


「そう……なら少し痛い目をみてもらうしかないようね」


 だけどそれは良い選択だったとは言えないだろう。ある意味でそれは地獄へ行くことに他ならないのだから。


「守人!」

「分かってる!」


 緊迫した二人の声とほぼ同時に東吾は槍を持っていない方の手に新たな槍を瞬時に生み出すと、それを槍の上に居る紅葉に向けて突き刺そうとする。この状況でも奥の手を残しておくという素晴らしい攻撃だった。


 だが次の瞬間、無情にも世界は吹き飛ばされた。


「タービュランス」


 たったそれだけの紅葉の一言によって。

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