第十一話 リベンジ
本日二度目の投稿です。
こちらの全力の一撃を受けた紅葉は後ろに一歩だけ下がる。目立った変化はそれだけだった。
「……私の負けね」
そして特にダメージ受けた様子もなくそうやって普通の様子で呟く。一体どんな体をしているのやら。
「確かに当たった攻撃が無かったことになった……ああ、なるほど。ログに対して魔法を使ったのね」
しかもそんな風にしてすぐにこちらのやったことを見抜いてしまう。流石は天才なだけはあるというものだろう。
「ご明察。もっとも一回で一万もMPを消費するし、その割には変えられることも自分のことに限定されるから使いどころが難しい切り札だけどね」
ログを使った過去改変ができるのはあくまで自分が関係することのみ。今ので言えばこちらが攻撃をくらったという事実を無くしたことによって僕が攻撃を受けなかったことになったのだ。
本来は起こった事実を記すログだが、逆に言えばログに書かれていないことは起こっていないとも言える。そうやって僕は自分が攻撃を受けた事実を消滅させたのである。
だからダメージもないし態勢を崩されることもなくなったというわけだ。
もっとも単にダメージや傷を無くすだけならログによる過去改変なんて無駄にMPを消費するだけ。
だから今みたいにギリギリのところでなど使うところは考えないといけないのだった。でないと無駄打ちになるし。
「切り札は最後まで取っておく。流石は私の弟。そういうところは私とそっくりね」
「誉め言葉として受け取っておくよ。それで約束は守ってくれるんだろうね?」
「ええ、勿論よ。というか元々そのつもりだったし、責任を持って木葉の仲間達は守るわ。そして帰るというのなら邪魔はしない」
約束を違えるとは思っていなかったが改めて言葉にして貰えたので安心した。これで大体の心配事は片付いたわけだ。
「それにしても久々に木葉と本気で喧嘩したわね。その所為か随分とスッキリとした良い気分よ」
「不本意ながら僕も似たような気持ちだよ」
先ほどまであれだけ怒ったり罵り合っていたりしたというのに不思議なものだ。あるいはお互いに言いたいことを言えたのが大きいのかもしれない。
あるいは結果はどうであれ姉弟喧嘩なんてそんなものなんだろう。事実や結末よりお互いの気持ちの整理がつくのが第一なのだ。それさえどうにかなれば後は意外とあっさり解決したりするものである。
「ところで紅葉のその肉体の強さは一体なんだったのさ? 改めて考えてもその強さは異常なんだけど」
「別に実は元々あった力を加算してる、とかズルは一切してないわよ。今の私は本当に劣化したステータスでそれ以上の力は出せないわ。それにそもそも私の能力って実は」
そこで説明しようとした紅葉の言葉を遮るかのように突如として現れた何者かが、手に持った剣を紅葉に向かって振り下ろしてくる。否、この場においてそれだけの速度と襲い掛かる理由がある人物など一人しかいない。
「紅葉!」
「安心しろ、木葉」
「そうそう、俺も大樹もここで出し抜かれるほど間抜けじゃないって」
咄嗟に叫んだ僕の声に二人の男が応える。その言葉通りその男と紅葉の間に突如として巨大な盾が現れ、そして動きを封じるかのように地面から突如として湧き上がった水がその男の周りを取り囲もうとする。
「ちっ!」
もっともその男は舌打ち一つで簡単にその水の檻が完成する前にその場から逃げてしまったが。
「逃げられたか。予想通りとは言え、あの速度は厄介極まりないな。止めるのも一苦労だ」
そう言いながら守人が前にでて東吾を牽制する。東吾の方も守人が相手ではそう簡単には攻められないのかその場から動かず睨み合う。
「悪いな、二人とも。あれだけ速い相手だと止めるのもギリギリになってしまった」
「別に構わないわ。どうせあの男が私と木葉が疲労して隙を見せるのを狙っているのは分かってたし、今の一撃も殺すつもりではなかったもの。それにもうこっちの用事は終わったしね」
そうやってたった今攻撃されかけたことなどどうでもいいという態度で紅葉は言う。
それどころか退屈そうに欠伸までして東吾に背中を向ける。まるで東吾など敵にすらならないと言うかのように。
「それじゃあ行きましょうか。木葉は元の世界に帰るにしても一旦あの子達の元に戻るんでしょう?」
そうして東吾を完全に無視して行こうとする。
「ふざけるな!」
その態度に流石の東吾も怒りを感じたのか顔が僅かに赤くなっている。その怒声を聞いた紅葉は鬱陶しそうに振り返った。
「うるさいわね。何の用よ?」
「な、何の用だと?」
まさかそんなことを言われると思っていなかったのか東吾は戸惑っている。それはそうだろう、まさか攻撃を仕掛けてこんな返しが来るとは誰も思わないに違いないし。
「今の私はとても良い気分なの。だからこそその良い気分を害されるのは我慢ならないわけ。だから今すぐ黙ってこの場から消えてもらえるかしら?」
「こ、ここは俺のアジトだというのに、お前は一体何様のつもりだ! それに捕虜になったのが目的のためだったとしても俺はお前と同じ勇者だぞ! どうしてそんな偉そうな口を利かれなくちゃならない!」
実にごもっともな意見である。だけどそんな意見が通じないのが紅葉という天才だった。
「木葉のようにそうするだけの価値がある相手ならともかく、あんたみたいな雑魚相手に敬意を払う理由がない。それだけの話よ」
「なん、だと……?」
「そもそももうそっちも私達を止める必要はないでしょう。木葉は元の世界に戻るって言ってるんだから。むしろここで余計なことをしない方が賢明なのも分からないのかしら?」
確かに個々で黙って見逃せば僕は遠からずに元の世界に戻る。それは雷の勇者にとっても望むところだろう。
「それとも余計な情報を明かして折角のこの状況を変えるつもりかしら? 別に私はそれでも構わないけど本当にそうしたら随分と間抜けよね」
「……いや、それでもダメだ。お前が本当に元の世界に帰る保証などどこにもない。帰ると言うのならここで行ってもらう」
紅葉は身内だし庇う可能性もあると思われているのだろう。紅葉の性格を知っているのならともかく、初対面ならそう思っても致し方のないことだった。
だからこそ紅葉と東吾は相容れることが出来ない。
「それじゃあまさかと思うけど、たった一人で私達を相手にするつもり? 私と木葉が疲労していると仮定しても無謀な選択と言わざるを得ないわね」
「だとしても俺の決意に変わりはない。結城木葉もそして例の双子の片割れも確実に始末する。しなければならないんだ」
そう言うと東吾はその手を宙に掲げる。するとそこから電撃が迸り槍の形を成していった。
「本当は確実に仕留められると思った時に使うつもりだったのだが、こうなっては致し方ない。切り札を使わせてもらう」
そうして雷が集まって出来た槍を構えながら東吾は言う。
「これが俺の魔法にして切り札の『断罪宣告』だ。その能力は必殺でこの槍で急所を貫いた相手の息の根を確実に止めることが出来る」
雷のように誰にも触れられない速度に必殺の一撃とはなんというチートだろうか。並大抵の相手なら瞬殺も簡単な訳だ。
「ただし必殺の能力を発動する為には大量の魔力を必要とし、また一日に三度までという回数制限もあるがな」
「あら、こっちにそんな弱点を教えて良いの?」
「ああ、これは警告だからな。こちらも余裕がある訳ではないから邪魔立てをするのなら例え水や風の勇者であろうと容赦はしないという、な」
あの槍の必殺の効果がどれほどの者なのか分からない以上、例え復活出来るはずの守人だろうと迂闊には動けないだろう。
万が一その復活すら阻止するような能力だった場合、取り返しがつかなくなるからだ。
(僕もログを使えばどうにかなると思うけど、それだって確実とは言えない。……仕方ないか)
ここで無駄な争いで紅葉や守人といった勇者側の戦力を失うなんて事になったら目も当てられない。ミーティア達には申し訳ないが、僕は大人しくここで退場するとしよう。
「守人、大樹。そこのバカを拘束しておいて」
だがそれを言い出す前に紅葉の指示に従った二人によってあっという間に押さえつけられてしまう。
「ちょ、大樹!?」
「頼むから抵抗しないでくれ。こっちも余裕がないんでな」
そう言う大樹は額に冷や汗を掻いていた。そして守人に至っては真剣な表情で魔法を使っているのか自分達の周りを水の殻のような物で覆っていく。無言で笑っていないし明らかに余裕がない。
確かに東吾の必殺の能力は恐ろしい。それを二人も警戒しているということだろうか。
でもだとしたら紅葉だけ外に置いていくのはおかしい。そう思って水の殻の外にいる紅葉と東吾の様子を窺うと、
「勝負をしましょう。さっきの木葉と同じ条件でそっちが一撃でも入れられたら私は一切の邪魔をしない。そっちは私に倒されたらこの場の私達は見逃すって条件で」
またしてもそんな事を言い出していた。
「……そちらの望みはそんなものでいいのか?」
「ここで木葉や双子を狙うのを止めろって言ったところで聞かないでしょ。それに要するにこの条件はあんたをここで叩き潰すって宣言だと思えばいいの。倒せないんだから見逃すしかそっちには選択肢がなくなる訳だし」
「随分と自信満々だな。前に俺に負けて捕えられたというのに」
「それはわざとだってさっきも言ったでしょ。そうじゃなきゃ私があんた程度に負ける訳がないじゃない」
「……いいだろう。その条件、呑んでやる」
そこまでバカにされては東吾も黙っていられなかったのか提案を受け入れる。
「ちょっと大樹! 本当に大丈夫なの?」
紅葉は天才だ。でも決して最強でもなければ無敵でもない。負ける時は負けるし、人間だから読み違えることだってある。
「大丈夫かだって? 全く持って大丈夫じゃないな」
「ああそうだな。これは不味い。本当で不味いぞ」
もはや怖がっていると言えるレベルで焦り始める二人。明らかに尋常な様子ではない。
だがそんな二人の様子など全く気にする素振りすら見せずに紅葉は話し続ける。
「ああ、ちなみに今の私の能力は解除されているわよ。あれって単体相手にしか使えない仕様だし、相手が変わると強制的に解除されちゃうから。だから今の私は誰の模倣もしていない。少なくともそっちの体に触れるまでは、ね」
「バカが、そんな暇など与えると思ったのか?」
徐々に高まっていく東吾の魔力。そしてそれが最高まで高まったであろう瞬間に動いた。
相変わらずその影を目で追うのがやっとな凄まじい速度。
雷の勇者の名に相応しい速さだ。
だが、
「流石に指二本じゃ足りないわね」
それを紅葉は見切っていた。いや、それどころかその槍の一撃を受け止めていたのだ。
片手で槍の刃が無い部分を掴むようにして。それを認識した僕と東吾は驚愕の余り息を呑む。流石に紅葉でもあり得ないだろうと思って。
そこで僕達に遅れて大樹と守人の二人の体にも緊張が走る。
てっきり反応が遅れたのかと思ったがそれは見当外れだった。何故なら二人が警戒していたのは必殺の能力を持っている東吾ではなかったのだから。
「さっきそんな暇を与えないとか言ったわよね? 要らないわよ、そんなもの」
「バ、バカ」
な、という最後の言葉を発する前に東吾は地面に叩き付けられていた。手を放す間もなく槍ごと振り回されるようにして。
「がっは!」
叩き付けられた東吾は衝撃で内臓を痛めたのか、仰向けになったその口から少なくない量の血を吐き出していた。
「何を勘違いしているのか知らないけど、そもそも私は本来誰も模倣する必要なんてないの。これがその証拠」
訂正しよう。紅葉は天才であり、そして最強でもあると。少なくともこの異世界においてそれは間違っていないような気がする。
「まあでも、わざととは言え前に負けたのは事実だし、ここでしっかりとリベンジをしておこうかしらね。二度と逆らう気が起きなくなる程度に」
雷の勇者を軽々とあしらう紅葉のその姿を見ながら僕は開いた口を塞げずにいた。