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第十話 姉弟喧嘩は犬も食わない

 またしてもお互いの拳がぶつかり合う。その勝敗は、


「くそ!」


 またしても僕の敗北だった。

 流石に骨が砕かれるような事はなかったが、威力で押し負けたらしく背後に飛ばされる。もっとも体勢を崩すほどではなかったのですぐに着地して事なきを得たが。


「本気になった分、発揮する力も上昇したし肉体もそれに合わせて強化された。だけどそれでもその力を扱う術で勝っている私の方に軍配が上がるようね」


 非常に分かり易い紅葉の解説だったが、


「別に誰も説明してくれなんて頼んでないけど」


 何となく苛ついたので僕はそうやって否定してやった。


「はあ!? じゃあ言うけど、何にも分かってない癖に一丁前な口を聞くんじゃないわよ!」

「そっちが何でもかんでも知っている、みたいに偉そうな態度をするからだろうが!」

「何にも知らないあんただからそう見えるだけのことでしょうが!」

「いいや、向こうの世界でも同じような態度だよ。そんな我儘だと、いずれ大樹にも捨てられるかもね」


 ブチっという音がどこからか聞こえてきた気がするが、何の音か言う間でもない事だろう。


「……今、何て言ったのかしら? 聞こえなかったからもう一度言って貰える?」

「幼馴染で、彼氏で、紅葉がベタ惚れで、結婚も考えているであろう、九重大樹に、このままだと無残にも捨てられるって言ったんだよ。まだ聞こえないのなら向こうの本人にも聞こえるくらい大きな声で言ってあげるけど?」

「ふふ、うふふ」


 その笑いに合わせて紅葉の方が震えているがあれは笑いのせいではない。怒りの為だ。


「そんな口を叩くなんて本当に嬉しいわ。嬉し過ぎて少しばかり加減を間違えてしまいそうよ」

「それだけ暴力的だと例え結婚できても離婚だね。DVで」

「そんな事ある訳ないでしょうが! 私と大樹はいつだってラブラブよ!」

「どうだか。それだけ独占欲が強いとウザがられそうだし、浮気されるのがオチじゃない」

「……私の可愛い弟の木葉君。言って良い事と悪い事があると思わないのかしら?」

「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」


 先に相手の逆鱗に触れたのは紅葉の方だ。そこまでやられてやり返さないほど僕だって無気力でもなければ枯れてもいない。


「一発思いっきり顔面を殴らせなさい。一発でいいから」

「そんな事に許可を出す訳ないだろ。なに言ってるんだか」

「大丈夫よ。許可なんて取るつもりないから」


 その言葉通り紅葉はこちらの返答を聞く前に動いていた。そして容赦なく顔面を殴りに来る。


 急所への攻撃は注意するとか言っていた割には加減しているは思えない勢いの拳で。


 当たり前だがそれを黙って受けることなく僕は両腕を使ってそれを受け止める。


「だったら言わせてもらうけど、あんただってその温厚そうな外見の割に中身は陰険なところは女に嫌われるわよ! 今に見てなさい!」

「いやだな、僕は紅葉と違って慎重で奥ゆかしい性格なだけだよ! 我が儘で、すぐ怒る紅葉と違って!」

「そういう発言が陰険だって言ってるのよ!」

「それでも弟を奴隷のように扱き使う姉よりはマシだと自負しているよ! ああでも二人が結婚してくれれば大樹が奴隷になってくれる分、僕が楽になるからそれもありかもしれないね!」


 ちなみにどの発言も語尾が強調されているのは殴り合いをしながらこの会話が為されているからである。そんな風に手も足も高速で飛び交う空間で口喧嘩は続く。


「私に扱き使われてるって言ってるけど、それはあんたが受け身で他人に流されてばっかりなのがそもそもの原因でしょうが!」

「はあ!? 散々やっておいて今更こっちに責任を擦り付けるなよな!」

「現にこっち来てからだってそうじゃない! クエストだか何だか知らないけど、結局あんたは他人や状況に流されているだけなのよ! だから今回だって自分が死ねばいいって結論を出したんじゃない!」

「だとしたら何が間違っているっていうのだよ!」

「間違ってるなんて一言も言ってないわ! 私はただ単に気に食わないって言ってるのよ!」


 その辺りで紅葉の拳がこちらの防御をすり抜け始める。それに対してこちらはまだ一撃も通っていない。やはりまだ明確な差が存在するようだ。


「ええ、そうよ! 私にだって責任の一端がある事ぐらい判ってるわよ! 散々木葉の事を扱き使って甘えてきた! そんな事はとっくの昔に認めてるわよ! そしてその所為であんたが滅多に自分の意思を言わなくなってしまったことも重々承知してるわ!」


 言い返したいが押されてきて反論を言う暇がない。


「私に無理矢理勇者の代理をやらされて、その後は神から出されたクエストの為に奔走して、そして最後は助けた人達に本当の事も告げず自分の存在が迷惑になるかもしれないから元の世界に戻って終わりにする? 何よそれ、そのどこにあんたの意思があるの? あんたは何処の聖人様なのよ! もはや気味が悪いわ!」


 ガードしても衝撃が貫いてくる。一撃一撃が信じられないくらいに重い。


「その取り繕った仮面を取りなさい、木葉! そしていい加減に自分の本音を、本心を口にしてみなさいよ! この腰抜けが!」


 自分の本心。周りの状況なんて考慮に入れない自分の本音。


 そんなのは決まっている。決まり切っている。


「だけどそれを紅葉が言うことか!」


 渾身の拳もあえなく防がれるが問題ない。これで紅葉の連撃を終わらせることができたからだ。


「僕が本当はどうしたいかだって? そんなのまだこの世界に残っていたいに決まっているじゃないか!」


 姉の代理で強制的に代理勇者にされて、クエストで扱き使われて、無や風といった神々の思惑に振り回され、散々な目にあってきた。それは間違いない。


 だけど全てがそうだったわけじゃない。楽しくなかったわけがない。


 魔法や魔物、神や魔王なんてゲームや漫画の中にしかないようなものが無数に存在する世界にやって来られたのだ。そんな奇跡のような体験をして嬉しくないわけがない。


 そしてなによりミーティアにメルやオルトといった仲間が居るのだ。まだ魔王という脅威が残っている中に皆を残して戻ることに躊躇する気持ちがないわけがないだろうが!


「だけど無の勇者の存在はこの世界に混乱を齎すことになりかねない! だから僕は戻るんだ! それがこの世界の、ひいてはミーティア達の安全に繋がるはずだから! それと自惚れるのも大概にしろよ、紅葉! 僕がこんな性格なのは誰の所為でもない! 例え紅葉の影響が大きかったとしてもだ!」


 ここで初めて紅葉が僕の攻撃に後ろに下がることを余儀なくされる。


「僕は僕がこういう性格であることを後悔なんてしてないし、するつもりもない。それに元々僕はこういう性分なんだ。そして僕がどうあるかは僕が決める。例え相手が神だろうと紅葉だろうとそこに口を出される義理はない!」


 そこまで言い合ったところでお互いに距離を取ってその場に留まっていた。


「……本当に頑固ね。でも、それでこそ私の弟なんでしょうね」


 そう言った紅葉の表情はこれまでと違って真剣そのものだった。


「木葉の本心はよく理解したわ。それじゃあその覚悟を見せてみなさい」


 そして紅葉は恐らくこの喧嘩が始まって以来、初めて本気の構えを取った。これまでとはこちらを圧迫する気配が段違いだ。


「確かにこれは私の勝手で口を出す権利なんて本来はない。だからこの一撃で終わりにするわ」

「……分かった。受けて立つよ」


 断ったところで意味はないのなら受けるしかない。その上で相手を上回るしかないのだから。ミーティアやメル達を紅葉に守って貰う為にも。


「行くわよ」


 その言葉から一拍、紅葉は動いた。


 その速度はこれまでのどの動きよりも速い。流石に雷の勇者ほどではないが、その近くまで届くのではないかと思わせるほどに。


 それでも僕は全神経を集中させて動きを見切ろうとする。そして真正面から一切の小細工を労せず一直線に突進してくる紅葉の姿をその目で捉えると、


「「っつ!」」


 間合いに入るとほぼ同時に互いに拳を放つ。そしてその拳はそれぞれの顔に向かってまるで吸い込まれるように向かっていった。


 そう、この勝負はどちらの攻撃が先に相手に届くかという争いになったのだ。


 そしてその結果はやはり紅葉の勝ちだった。


「ぐぅ!?」


 僅差だった。あとほんの少しで届くはずだった僕の拳は紅葉の攻撃を受けたことで静止を余儀なくされる。


 そして後は僕が吹っ飛ばされて終わり。そう、紅葉も思ったことだろう。


 確かに僕は速度の勝負で負けた。現に一撃をもらっている。


(だけどこの喧嘩には勝たせてもらう!)


 そして僕は魔法を発動した。触れている紅葉相手に……ではない。


 その目標はメニュー画面。もっというのならログの中に存在しているある一文だ。


 そう、それは僕が紅葉から攻撃を受けたことを表示する一文。それを魔法によって()()()()ことにする。


「え?」


 次の瞬間、紅葉の口から疑問の声が漏れた。それもそうだろう、確かにあったはずの攻撃の手応えが突如として消えたばかりか、


「僕の……」


 殴られて吹っ飛ばされるはずだった僕が態勢を立て直していたのだから。


 まるで殴られたという事実そのものが存在しなかったように紅葉の攻撃を躱した状態で。そしてこちらの拳は勢いを失うこともなく紅葉に当たる直前にある。


 ログの一文を消すことで自分に起こったことを無かったことにする過去改変。


 流石の紅葉でもこれは想像していなかったようだ。


「勝ちだ!」


 そして本来なら当たることはなかった一撃が遂に紅葉の頬を捉えるのだった。

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