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第九話 我慢の限界

 既に辺り一帯に破壊された武器の残骸が敷き詰められていた。


「はあ、はあ」


 あれからどれだけ敵の攻撃を凌ぎ、そしてこちらからも攻めたことか。既にMPの残りは約五万と全体の半分以下になっている。


 だと言うのに僕は一撃も紅葉に攻撃を当てられないでいた。


「そろそろMPの残量も私の方が上回ってきたかしらね。まだこっちは七万ほどあるわよ」


 この二万の差は実質的にはもっと大きな差である。何故なら紅葉は僕よりも一割から二割ほどMPの量についても劣っているはずだからだ。どちらも同じように消費していけばあちらが先に枯渇するのが必然の流れ。


 だが現実にはその逆で僕の方が負けている。その理由は簡単だ。


 僕の攻撃はいくらやって紅葉に届かずダメージを与えることがないのに対して、紅葉の攻撃は着実にこちらの体を破壊していくからだ。それも魔法でないと治せないような重傷を。


 しかも紅葉は極力魔法を使わないようにしていることもあり、こうしていつの間にか僕の方がMP残量でも負けている状況になってしまったわけだ。


 勿論こっちだって無駄にMPを消費したわけではない。可能な限り消費は抑えていたつもりだ。だけどそれを相手が許してくれないのである。


「だからそっちから来ないのならこっちから行くだけよ?」


 その言葉通りこちらが攻めないと見るや否や紅葉はこちらに接近を図る。そしてこれまでのように肉弾戦を仕掛けてくるのだ。


 逃げようにもあちらの方が速いので逃げられない。転移を使って逃げても焼け石に水で一旦は距離をとれてもすぐに迫ってくるからだ。


 そして接近を許すと、


「ぐう!」


 繰り出した拳と拳がぶつかった結果、僕の方だけ手の骨が折れていた。


「何度も言うようだけど体術のスキルが低いにしたって体の使い方が酷い。無駄も多過ぎ」


 そんな言葉と同時に放たれた蹴りを受け止めたもう片方の腕の骨が音を立てて砕かれてしまう。こちらからしたらとても『基礎体術・初級』の動きとは思えない蹴りの速さと鋭さである。


 だが紅葉の言葉を借りればこの程度のことなら初級でも充分に可能なのだとか。俄かには信じ難いが、現にこうして実際にやられている以上は文句の付けどころはない。


 つまり紅葉はこちらが負けているのは単に僕の技量の無さが原因だと言っている訳だ。劣ったスペックでも十全に発揮している紅葉と勝ったスペックでもそれを半分も使いこなせていない僕という風に。


「ほら、隙あり」


 そして両腕に損傷を与えたところで紅葉は本命とばかりにどこからともなく取り出した剣を胴体に向けて突き刺そうとしてきた。それを僕は回避も出来ずに損傷している両腕を使って受け止めることしかできない。


 その奪われた剣は前に紅葉の肌に傷一つつけられなかったドラゴンファングだ。だというのにその剣は罅割れながらも僕の腕には突き刺さってきた。


 流石に腕二本を貫通されることはなかったがそれでも深く刺さっているし、その分のダメージは受けている。


 更に紅葉は腕を剣で縫い止めた隙を逃さず、あるいはそれが狙いだったかのように遅滞なく顔を鷲掴みにすると、


「はっ!」


 そんな声と共に容赦なく地面に後頭部から叩き付けられた。


 とんでもない衝撃が頭に走り視界が歪むがこれでもまだ紅葉は手加減をしていると思われる。腕への攻撃を見るに本気なら頭部が潰れていてもおかしくないはずだからだ。


 そうして一連の攻防の流れが終了すると紅葉は僕の腕に突き刺さっている剣に触れて、引き抜く作業を簡略するかのように自らのアイテムボックスにしまってから距離を取る。


「立ちなさい。まだやれるでしょ」


 そしてこれである。何度これと同じような流れが繰り返されたことだろうか。少なくとも十や二十では済まない。


(どうやったら攻撃を入れられるっていうんだ……)


 ここですぐに立たないと容赦なく攻撃してくるのが分かっているので立ち上がらないわけにはいかない。


 そして腕がこれでは次の攻撃を防げずにもっと大きな損傷を受けてMPをより多く消費することになるので治さないわけにもいかない。


 その結果、僕はまたMPを消費させられる。転移で逃げたりするよりはマシとは言え、全く消費していない紅葉とは対照的に。


(このままじゃジリ貧だ)


 既に万全の状態へと戻ってはいるがそれが何になるというのだろうか。


 このままでは僕の方が先にMPが底をついて魔法を使えなくなる。そうなればどんな重傷を負っても治せなくなって敗北は必至だ。


 かと言ってこちらから攻めても簡単に捌かれて逆に反撃を食らう始末。攻めても守ってもダメとなれば一体何をすればいいというのだ。


「はあ、この期に及んでまだ本気にならない……いいえ、なれないなんて相変わらず木葉は甘いわね。まあそれでこその木葉でもあるんだけど」


 本気でどうすればいいのか判っていないこちらに対して紅葉はそんなことを言ってくる。溜息まで吐いて心底呆れたと言わんばかりの態度で。


「期待してくれてるのに申し訳ないけど、こっちは本気でやってるんよ」

「どこがよ。意識的にも無意識的にもまだまだ力を抑えてるくせに。それなら聞くけど、どうして私が攻撃で触れている時に魔法を一度も発動しないのかしら?  今みたいな顔を掴んだ時なんて絶好の好機でしょうに」

「それは……」

「分かってるわよ。私と違って良くも悪くも慈悲深い木葉のことだから、どうせ私を傷つけないように気を使っているんでしょう? まあ女を殴る男は最低だって教育した私や両親も原因の一端ではあるだろうけど」


 こちらの思惑なんて判っているという紅葉。だが悔しいがその通りだった。


 無の魔法は強力な反面、原則的には一度消してしまったものを元に戻すことが出来ない。そして今の相手は『隠蔽』のスキルを保有している為、攻撃されている時に消せるものが限られてくるのだ。


 敵のステータスは分からないからHPやMPなどを削るのは無理だし、精々やれて触れている部分に対して魔法を使うぐらい。


 そう、紅葉の腕や足を消し去るぐらいだ。


 でももしそれで紅葉の腕や足を消してしまったらそれは二度と元に戻らないかもしれない。それは前にカージでも試してあるのだ。


 実験として爪の先のほんの一部を消してみたところ、その部分は復活しても決して元に戻ることはなかった。それを考えれば他の勇者の力を持ってしても回復出来ない可能性だって十分にあり得る。


 それを考えれば肉体を消滅させることは出来ない。それはその他の能力などでも同じだ。ここで紅葉の力を削ぐことはメル達を守って貰うこともだが、後々の魔王討伐の面から考えても絶対に避けなければならないから。


 なにより一部だろうと姉である紅葉の体を奪うなんて僕には出来ない。


「まあでも折角のお気遣いのところ悪いけど、それ、有り難迷惑よ。私はそんな手加減望んでないわ。それにそもそも今の私に無の魔法なんて効かないからその気遣い自体も的外れだし」

「え?」

「『無と矛盾の神の寵児』って称号があるでしょう。私に風の神で似たようなものがあるけど実はこれ、その属性による他者からの攻撃の一切を無力化することができるのよ。私の場合本来は風属性なんだけど、今は模倣中だから無属性ってなってるわけ。それにそもそもその属性を司る神から力を得ている代行者がその属性に耐性があるのが当然でしょうに」


 まあそっちの場合は無属性を使えるのが今のところ木葉だけだから普通なら何の役に立たない称号だけど、と紅葉は言葉を続ける。


 わざわざ称号として表示されているから何らかの意味はあるのだろうと思っていたが、まさかこんな効果があったとは。


(と言うかこの称号の存在自体を完全に失念してたな)


 本来なら無の神に会った時に尋ねておくべき事だったのに我ながら詰めが甘いと言うべきか。


「まあでも逆に言えば、他の勇者とか魔王を相手にする時は素手で攻撃するのは止めておいた方が賢明って事よ。普通なら無効化出来ずに相手の能力をくらう場合が多いんだし。だから大抵の勇者はそれぞれの武器を持つのよ。もっとも勇者の力に耐え得る武器は中々ないから困る場合が多いらしいけど」


 そこで大分話が逸れていることに気付いたのか紅葉はその話をそこで止めた。


「とにかく、今この場で問題なのはそれが分かっていないのに木葉は一度たりともそれを実行しようとしなかった。劣勢だっていうのに敵である私の事を気遣っていうこの点よ」


 とにかく、のところを一文字ずつ強調するように発言する紅葉。


「あんたは本気のつもりでもまだまだ自分に制限を課している。そうでなければもっと善戦できているわ。追い込まれればあるいはと思ってたけど、それでも変わらないようだから私があんたの制限を解けるようにしてあげる」


 何をするつもりか、そう尋ねる為に紅葉はその言葉を口にした。


「この勝負に私が勝った場合の報酬だけどこうするわ。あんたの仲間のミーティアって子を元盗賊の罪で処罰してもらうって」

「……何を、言ってるんだ?」


 意味が分からない突然の話に僕はそう言うのが精一杯だった。何故ここでミーティアの話が出て来るのかと。


「何って別におかしな話じゃないでしょ。風の勇者である私はミーティアを仲間に加えるなんて言ってないわ。そして勇者の仲間じゃないのなら盗賊だった事に対する罪を問う事も出来なくはないわよね」

「紅葉、冗談にしても性質(たち)が悪過ぎる。ミーティアの境遇を考えればそんな事は」

「あんたはこの世界に来てからの付き合いだからそう思うのかもしれないけど、私はそうじゃない。単なる赤の他人に過ぎないわ。そんな言葉も交わした事のない相手に対してどうして私がその境遇を考慮する必要あるのかしら?」


 こちらの言い分を途中で遮りながら言い放たれたその言葉は間違ってはいない。


 確かに理屈で言えばミーティアは僕が勝手に風の勇者の仲間にしただけだ。だから本来の風の勇者である紅葉がそれを取り消すことは出来なくはない。むしろその決定に文句を付けることの方が間違っているのだろう。


 あくまで僕は無の勇者。風の一派について口を出す権利など本来は持ち得ないのだから。


 そう、紅葉の言葉は理屈の上では何も間違っていない。


 僕がいなくなって風の勇者である紅葉がそう望むのならバスティート王もそれをわざわざ止めることはしないだろう。


「……しろ」

「何かしら? 言いたい事があるならはっきり言いなさいよ」

「……分かった。ならはっきりと言わせてもらう」


 次の瞬間、僕はMPが消費するとか余計な事は考えずに紅葉の目の前に転移すると、


「好き勝手なことを言うのもいい加減にしろ! このバカ姉が!」


 感じる怒りに任せて思いっきり顔面を殴りつけた。が、当然の事ながら防御される。


 だがその攻撃はこれまでと違って無意味ではなかった。何故なら攻撃を腕で受け止めた紅葉の表情が僅かに歪んだからだ。


「ようやくやる気が出てきたようね」

「やる気は最初からあったさ。だけどそれと同時に実の姉である紅葉を攻撃することに躊躇いもあった。そして今は姉だからこそ許せない怒りが生まれただけだよ」


 追撃しようとすると紅葉はこれまでと違って警戒した様子で距離を取る。明らかに先程までの余裕の態度とは異なっていた。


「木葉のそんな表情を見るのなんていつ以来かしら。本当に懐かしいと同時に嬉しいわ」

「生憎と僕は本気で怒っているんだよ、紅葉。さっきのは僕を怒らせる為だとしても許容できる発言じゃない。取り消せ」

「それなら私に一撃入れることね!」


 そこで紅葉は反撃を放ってくる。その攻撃を腕で防御すると不思議な事にかなりの衝撃を受けて軋んだものの折れるようなことはなかった。まるで怒りに呼応して力が増したかのように。


「力を与えられて強化された私達の肉体だけど、その性能を発揮する為にはまず何よりも本人の意思が必要不可欠になってくる。怒りでようやくその意思が固まったようね。まったく、これで駄目ならあとどれだけ煽ればいいのかと思ったわよ」

「それならさっきの発言を訂正しろ。僕を怒らせるという目的は果たせたんだし」

「駄目よ、そうしたらまた元に戻るもの。それに一度宣言した事を変えるのは私の主義に反するわ」


 だったらやるべきことは一つだ。


「それなら今回の一件やらこれまでの事で積もり積もった恨みをここで一気に返してやるから覚悟しろよ、紅葉」

「強気なのはいいけど、それでいつもみたいに負けたらみっともないわよ、木葉」


 これから始まるのはこれまで何度も繰り返されてきた、そして今までのような姉による一方的な弟苛めではない。


 実に久しぶりに行われる本気の姉弟喧嘩だ。


「絶対負かす! そして地面に額を付けた状態で誠心誠意謝罪させてやる!」

「やれるもんならやって見なさいよ! この愚弟が!」


 そんな風にお互いを罵り合いながら僕達は相手に向かって殴り掛かっていった。

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