第七話 紅葉の能力
幾度となく鋭い攻撃を仕掛けてくる紅葉だったが今のところは肉弾戦だけ。魔術はおろか魔法などといった能力を使う気配はない。
そして何度も拳を合わせている内に何となく相手の肉体的な力も測れてくる。これが全力という仮定が正しい事が条件だが、紅葉の肉体的な強さは僕よりは弱いと思われた。
「単純な力なら自分の方が上だって顔してるわね」
そんなこちらの心を読んだかのようなタイミングで紅葉は動きを止めると語りかけてくる。
「……そんな顔してたかな? と言うかそれってどんな顔?」
「さっきからこっちを探ってるのがバレバレだったし、この状況で測る事といったらそれぐらいでしょうが。でもその考えは正解よ。今の私はあんたに基本的なスペックでは劣る。それも体力魔力を含めた全ての面でね」
そう言うと紅葉は離れてこちらを見ている大樹の方に目を向けた。隙を見せるとか考えにないかのように。
「さてと、それじゃあ今から私が神から貰った能力について説明してあげる。一度しか言わないからしっかりと聞きなさいよ」
その隙をついて攻めようかとも考えたがこの言葉で止めた。折角紅葉が自分の能力について話してくれるというのならそれを邪魔する必要はないのだから。
ちなみに嘘を言うとか時間稼ぎをするとかは紅葉らしくないのであり得ないと判断した。
「まず前提条件として私は大樹に力の半分を分け与えているわ。だから普通の勇者に比べると半分程度の力しか発揮できない。まあ、これは丁度いいハンデってところね」
「もしかしてその所為で僕よりも力が弱いって事かな?」
「違うわよ。今のは前提条件って言ったでしょ。力を二つに分けたんだけど、それによって私と大樹にはそれぞれ別の能力が与えられたわ。例えば大樹に与えられた能力は『物体作成』で自らが知っているこの世界に存在する物なら魔力を消費して作り出すことが出来るの。言うなればあんたの合成能力の強化版ってところね」
流石は風と創造の神と言うべきか。何かを作るという点に関してはとんでもない能力を秘めているらしい。
「そして私の能力は『劣化模倣者』。他人を模倣することが出来るというものよ。例えそれが勇者の力だろうと。創造は模倣から始まるってところかしらね」
「なにそれ、二人とも半分になっているにしては能力が強過ぎるでしょ」
二つに分けてそれとか卑怯と言えるレベルだ。でもそれだけ元の紅葉の力が強いということでもあるのだろう。流石は神が傑物と評するだけはあると言うべきだろうか。
(我が姉ながら常識外れにも程があるな)
「勿論二つに分けているし制限は掛かっているわよ。私で言えば勇者でも相手に触れれば能力を模倣出来るけど、どんな場合でも模倣した相手より一割から二割ほど性能が劣化するとかね。ちなみに今はあんたを模倣中だから魔法も万能メニューとやらも使用可能よ」
だとすればレベルが約600の僕の模倣なのだから。今の紅葉のレベルは大体480から540の間のどこかとなるはずだ。感じた力の感じからいってもそれは間違っていないように思える。
(でもそれはつまり紅葉も無の魔法が使えるってことなのか?)
勇者の力でも模倣できるのならそうなるだろう。この話だと今の紅葉は言うなれば劣化した僕自身だということなのだから。
「とまあ、細かい説明は抜きにして要するに今の私はあんたと全くHPMPにスキルや称号などを持ちながらもあんたよりスペックで劣ってる状態。つまりはこっちが圧倒的に不利ってことよ」
「そうだね、それが本当ならこっちが圧倒的に有利だ」
「よし、それが分かったところで話は以上よ。それじゃあ構えなさい」
自分の話したい事だけ話してこちらの質問など聞く気もないという実に勝手な態度だったが、それを責める気にはなれなかった。
それは紅葉の気質を重々承知していたから、というだけではない。
「軽いのは終わり。ここからは本気で行くから」
「っつ!?」
一番の理由はそんなことを気に掛ける余裕など欠片も存在しなかったからだ。
これまでと同じようにこちらに接近してこれまでと同じように放ってきた拳。それをこれまた同じように受け止めた僕は何が起こったのかもわからず、これまでに感じた事のない衝撃を受けて吹き飛ばされた。
そして壁に背中から叩き付けられたところでようやくその事態を理解する。即ち攻撃を受け止めた腕の骨が粉々になっているという状況を。
それでもすぐに『激痛』などの状態異常は魔法が自動的に発動して無くしてくれているのですぐに治り発狂するような事態にはならなかったが、それを喜んでいられる余裕などない。
「こ、これのどこかスペックで劣ってるっていうんだよ」
どう考えても元である僕以上の肉体を持っているとしか思えない。と言うかレベルが最低でも60も違う相手にこんなことが出来るとは考えられない。
だけどそんな常識が通じないのがこの天才、結城紅葉という僕の姉だった。
「嘘は言ってないわ。単純なスペックなら確かに劣っているわよ。現に今の私の最高レベルは511だもの」
そう言ってどこからかある一定の距離まで近づいた紅葉はゆっくりとこちらに歩いてくる。その歩みに言い知れぬ恐怖を感じた僕は逃げるようにその背後に転移する。
能力が同じなら紅葉がそれに慣れる前に決着を付けなければならない。そう考えたのだ。
(ダメージを与えて動きを封じれば!)
この時の僕は焦っていたと言っていい。
何故なら今の紅葉は無の魔法が使えるはず。だとすれば生半可な攻撃では意味がないというのに取り出した剣で腕を斬り落として無力化しようと考えたのだから。
でも、もっとも愚かだった点はそこではなかったのかもしれない。
「え?」
振り降ろしたのはドラゴンファング。それもエディット機能を使ってその性能を最大限高めた一品だ。今の僕の武器の中でこれを凌ぐ物は存在しない。
だというのにその剣はまるでガラス細工のように紅葉の体に触れた瞬間に握っていた柄だけを残して砕け散る。
そして目の前にあったのは斬り裂けたのは服だけで、そこから覗く肩の辺りには傷一つないのだった。