幕間 彼氏としての立場
背後から聞こえてくる音で二人の争いが始まったことを俺は察した。となれば邪魔者の自分はさっさと退散して任された頼みを果たすとしよう。
(始まってしまった以上はなるべく早めに決着がつくことを願うしかないな。周囲に巻き込まれた被害者が出る前に)
この場所なら滅多なことで周囲を巻き込むようなことが起きるとは思えないが、紅葉と木葉という色々とおかしな姉弟の事を考えると俺としては不安が残る。あの二人ならあるいはという気がしてしまうのだ。
「さてと、それじゃあこっちはこっちでお話しでもしようか。雷の勇者こと五十嵐東吾」
「……お前達は何者だ? 何を考えている?」
実にごもっともな質問なので俺は分かり易く端的に答えてあげることにした。
「俺の名前は九重大樹。そしてあっちで暴れているお転婆娘が結城紅葉だ。見ての通りどちらも風の紋章を持つ勇者だよ。と言っても本来の勇者は紅葉で俺はあくまでその力を半分くらい分け与えられているだけという少々特殊な事例だがな」
本来は一人しか呼べない異世界人を二人にする為に風の神はある苦肉の策を練った。それは即ち俺と紅葉の二人で一つの勇者として扱うということである。
基本的にベースとなっているのは紅葉で力の最大値は紅葉のみの適性などによって決定するようになっており、そこから半分程の力を俺は分け与えられているというのが現状なのだった。
だから紅葉は本来の半分以下の力しか今は有していないということでもある。それであの強さを有しているだからその規格外さが嫌でも判るというものだろう。
「本来神々は他の勇者の情報を自分の勇者に教えることは原則として禁止されている。本人もしくはその神の許可が有ったりするとまた別だけどな。だからこうして変装すれば意外に周囲を騙すことも出来るんだよ」
「なるほど、俺は餌となるお前達を捕まえたと思っていたがまんまと利用されたというわけか」
その通りなので訂正はしない。実際に雷の一派が無の勇者である木葉を狙っているという話を聞いてそこに忍び込めば会えるだろうと考えたのだし。
「ああ、念の為に言っておくが俺達はそっちと違ってルール違反はしていないぞ。許可も無く勝手に木葉の情報を流して無の神の怒りを買った雷の神と違ってな」
「……」
事実だからか向こうは何も反論して来ない。あるいはそんなことはどうでもいいと思っているのか。
ちなみに俺達が何故木葉の動向を風の神から聞けたのかと言うと、それは木葉の中に僅かながら風の神の力が存在するからだ。
かなり強引だが見方に依っては木葉もまた風の神に力を与えられた代行者、つまりは風の勇者だと言えなくもない。だから他の勇者という先程の条件には引っ掛からないという寸法だ。
勿論あまりに僅かな力だったしルール的には違反ではなくてもグレーゾーンなので無の神に拒否されたのならそれは実行出来なかっただろう。
だがこの面白い提案を無の神はむしろ積極的に承諾。こうして木葉は自分でも知らない内に俺と紅葉に情報を逐次流されるという実に不憫な状況になっていたという訳だ。
(それなのに木葉にその事実も俺達が既にこっちに居る事も教えない辺り風の神は良い性格をしているよな)
もっともそう思いながらもその与えられる情報を十分に活用させてもらっている俺達も他人の事を言えた立場ではないだろうが。唯一文句を言えるとしたら全ての被害を一身に背負わされることになった木葉だけだろう。
「……確かに雷の神はルールを破った。だから俺も雷の神もそれなりの罰をいずれ受けることになるだろう。だがそれでも俺は退く気はない」
そう言いながら戦闘態勢を取ろうとする東吾。俺に半分の力しかないとは言え、守人と合わせて二人の勇者相手に単身で挑もうというのだ。
その行動にしても、そしてその目を見るだけでも絶対に退かないという強い意志を感じさせる。
だけどだからこそ今この瞬間、この場所においては戦う必要は全くないのだった。少なくとも俺や守人とは。
「止めておけ。こちらの……と言うか本来の風の勇者である紅葉の目的は実に単純なものだ。そしてそれは雷側にとっても割と良い話だぞ。それを薄々は察しているからこそお前もさっきから攻撃してこないんだろ?」
「……」
返答はないので肯定と取る。仮に戦力差を考えて力の温存や作戦を考えていたとしても問題はないからだ。
「あれを見れば判る通り今の紅葉は木葉を本気で倒す気でいる。それはそちらにとっても望むところだろう? 例え木葉が勝っても勇者を相手にすれば疲弊するのは目に見えているしな」
「……どうして風の勇者である彼女が無の神を倒そうとする? どちらかと言えば風や水の神は無の神側の立場だろう。それに何故姉の彼女が弟である彼を倒そうとする? そこに何の意味がある?」
「意味なんてないだろうさ。少なくとも当事者以外のその他大勢にとっては」
そうだ、あれは規模こそふざけた大きさとなってしまったが何てことはない。
元の世界にでも簡単に起こり得るものなのだから。そこに深刻な意味など有りはしないだろう。
あるとすればそれは本人達だけ。何故なら、
「姉弟喧嘩に意味を求めるだけ無駄だろう?」
そこに赤の他人が割り込むなんて無粋以外の何物でもない。それは恋人である俺であろうとだ。
「今の俺と守人の役目はその喧嘩に割り込もうとする野暮な輩を排除するだけ。だからお前が喧嘩の邪魔をしないのであればお互い特に何もせずにのんびりとしていられるってわけだ」
そしてそれが誰にとっても一番の結論である。仮にも勇者に選ばれた人物なのだからそれが分からない相手ではないだろう。
「……あの戦いに余計な手出しをすれば四対一になるわけだ。そうなればこちらの敗北は決定的となる。どう考えても動ける状況じゃないな」
「分かってくれたようでなによりだ。だからほら、守人もそういうことだからこっちから仕掛けるんじゃないぞ」
その言葉に守人は肩を竦めて警戒を解く。
「はいはい、分かったよ。でもあの喧嘩終わった後はどうするんだ?」
「さてな。まあそれも紅葉次第だろう」
「まあそうなるよな」
あの喧嘩の決着がどうであれまずはあそこの争いが終わらない事にはこちらは動きようがない。
そう、その後で紅葉と木葉が和解するのかしないのかによっても今後の行く末は左右される訳だ。
「それじゃあ男三人で仲良く姉弟喧嘩を観戦するとしますかね」
既に喧嘩のレベルを遥かに超越してぶつかり合おうとしている二人を俺は呆れながら眺めているのだった。