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幕間 水の勇者の役目とは

 木葉が派手に暴れてくれたおかげなのか俺はあっさりと誰にも見つからずに潜入することに成功していた。


「……通信はまだ繋がらないか」


 やはりと言うべきか、この中でも妨害電波のようなものが出ているらしい。そうでなければ捕まっている二人とも交信石で連絡をとるはずだったのだが、そんな都合よくはいかないようだ。


 もしくは向こうがこちらの連絡を無視している可能性もなくはない。そう思ってしまうようなお転婆な相手なのだった。


 となれば自分がやるべきことはただ一つ。この混乱に乗じてその二人の元まで辿り着くこと。そして伝えるのだ、彼がすぐそこに来ていることを。


 今は休んでいるのかそれ以外の理由なのか捕らわれている彼女もそれを聞いたらすぐにでも動き出すことだろう。何故なら彼女がここに囚われている主な理由は彼を、結城木葉という人物をここに誘き寄せる為なのだから。


(俺は木葉に恨まれても仕方がないな)


 真実を知りながら俺は意図的にそれを隠した。なるべく嘘は言わないようにしたしそれなりにヒントも出したつもりだが、それでも彼を騙したという結果には変わりはない。


 本音を言えば彼と敵対したくないので正直に言って後が怖くて仕方がない。


「まあ、なるようになるか」


 そんな諦観の思いからの言葉を呟きながら人のいない通路の曲がり角に差し掛かった時、突如として衝撃が胸を貫く。


「……がは!」


 遅れて口から血が出てきた。所謂吐血という奴である。

 その赤い液体は口からだけでなく胸からも滴り落ちていた。


 そう、貫かれた左胸の槍を伝うようにして。


「何者かは知らないが侵入者は排除する」


 曲がり角の先に潜んでいたのか完全な奇襲を成功させたその金髪の女性の手には槍が握られている。


 このことからも分かるとおり彼女が俺の心臓に槍を突き立てた人物を言うわけだ。問答無用というか実に素晴らしい決断力である。


 紋章の力を発揮したのか槍が肉体に突き刺さるまで目視することが出来なかった。流石は雷と言うべきか、まさに目にも留まらぬ速さという奴だろう。


 よく見れば槍を伝わった血で汚れた彼女の手の甲には紫色の紋章があるし耳も普通よりも明らかに長い。


「……お前は、雷の勇者の仲間か? それにエルフとは珍しいな」

「黙れ。そして死ね」


 この世界でも長寿の種族で知られる彼女はその乱暴な返答と同時に容赦なく突き刺した槍を通じて電撃を体内に流してくる。流石にこれは痛い。


 もっとも心臓を貫かれた状態で痛い程度の感想で会話をしている時点で異常なのだが。普通ならとっくの昔にお陀仏だろうし。


 それが分かっているのか電撃を流す彼女の額にも僅かだが汗が拭かんでいる。心臓を一突きにしても死なない正体不明の敵に脅威を感じているのだろう。


「念の為に言っておくが俺は水の勇者だ。勝手に侵入したのは悪かったがこれも勇者としての使命なんだ。だから今は何も言わずにそこを通してもらいたい」


 しっかりと手の甲に浮かぶ青色の紋章を見せながら俺はそう言った。手荒なことはしたくないという意味を込めて。だけどそれで退いてくれるほど世の中は甘くはない。


 その紋章を見て最低でもこちらが勇者かその仲間だと理解しても彼女の態度に迷いはなかった。


「貴様が勇者だろうと関係ない。私の使命はこの先に侵入しようとする者を排除すること。それが雷の勇者様に与えられた役目だ!」

「そうか、それは残念だ」


 こちらの動きを封じるように更に流す電撃の威力を上げてくる所為で動くのは少々困難だ。だけど残念なことに動く必要もないのだった。


 既に仕掛けは済んでいるのだから。


「……紋章を持つ者に勇者の能力を掛ける為には相手に触れる必要がある」


 急に訳のわからないことを言い出した俺に彼女は怪訝そうな表情を向けてきた。それでも出力を緩めるどころか更に上げてくる当たりは正しい判断と言えるだろう。情や状況に流されない非常に冷静な判断力である。


 悔やむべくはその相手が冷静な判断力程度では埋まらぬ力の差の持ち主だったことだろう。


「それは何も手で触れなければならないということではないんだよ」

「な!?」


 彼女がそれに気付いた時には既に手遅れだ。何故なら既に彼女の全身は拘束し終えているからだ。俺が流した血によって。


「これは一体!?」

「地面に滴り落ちた、そして槍を伝わってそっちに届いた血は俺の肉体の一部とも言えなくもない。だからある意味で直接触れるという条件は満たしているんだよ。もっとも流石にこちらの肉体のどこかと繋がっている必要はあるがな」


 俺の魔法をもってすれば滴り落ちる血の流れを操るなど造作もない。だから話をしながら気付かれないように血を相手の手まで届かせたのだ。そして血の糸でこちらとあちらの肉体を繋げてしまえば準備完了というわけだ。


 言うなればあちらが槍で電撃を流したことをこっちは血の糸でやったのである。そしてその血の糸をもって彼女の体を拘束したのだ。


「だったら!」


 それに気付いた彼女は必死に電撃を流してこちらにダメージを与えようとしてくるが、流れを操れる俺の魔法の前ではそんなもの意味はない。そもそもその気になれば槍の一撃はともかくとして電撃が流れてくるのなんて簡単に防げたのだし。


 逆にその流れてくる電撃を魔法で操り相手に向かって返してあげると自爆する形で相手は感電。更にそこから壁に向かって放り投げると後頭部をかなりの勢いで打ちつけた彼女は気絶したのかピクリとも動かずに静かになった。


「無駄だから止めとけ……っていう前に終わっちまったな」


 死なないようにかなり手加減したつもりだったが相手にとっては相当な一撃になってしまったらしい。今のやり取りの中でこれが一番の誤算である。


 少し焦って生きてはいる事と完全に意識を失っていることを確認した後は彼女の体を適当なところに寄り掛からせると先に向かう。


「それにしても門番が居たってことは間違いないみたいだな」


 そうして目的の部屋の前まで着いた俺はゆっくりと息を吐いて覚悟を決めるとその扉を開ける。結界らしきものがあったがそんなものは適当に魔法で無視した。


 そうして扉を開けたその先で見た光景とは、


「……お前達は何をやってるんだ?」


 件のブレイブとビッグウッド改め結城紅葉と九重大樹の二人が何故かトランプに興じているというものだった。





 そもそも捕えられているという割には部屋もかなり豪華だし、どう見てもホテルの一室で休むお客様である。少なくとも囚われの身ではない。


「何をしているかって見ればわかるでしょ。暇だから二人で大樹に作らせたトランプで遊んでるのよ。ちなみに今やってるのはスピードよ」

「どこの休日の暇なカップルだよ。いや、カップルなのか」


 こちらを見たまだまともな大樹はその言葉に申し訳なさそうにしていた。その態度で彼が紅葉に振り回されていたのだと言わなくても分かる。


 だが突っ込みを入れながら俺は振り返ることなく返答してくる紅葉を見て呆れると同時に安堵してしまった。


 やはり彼女は変わらないと。自分のように簡単に揺らぎはしないのだと。


 集中を切らした事で秀才が天才に怒られるなどの些事はあったが、それから少しして天才の勝利で幕を閉じたところでようやくその二人は立ち上がってこちらに向き直る。


「今日の通算は五勝二敗で私の勝ちだから後で約束通り何でも言う事を一つ聞いて貰うわよ。まあでもそれは置いておくにして今は木葉に会いに行きましょうか。向こうも面白い事になってるみたいだし」

「休息は一先ず終わりか。俺としては叶うならずっとこうしていたかったんだがな」


 そんな呑気な事を言っている二人に俺は聞く。



「指示された通り彼をここに連れてきたのはいいがあれから何をやっていたんだ? いきなり姿を消したかと思えば雷の一派に囚われているし、そもそもその妙な髪の色は何なんだ?」


 二人とも俺と同じ日本人で黒髪のはずなのに現在は二人とも鮮やかな緑色の髪をしている。よく見れば目の色も前とは変わっていた。それこそまるでファンタジー世界の住人のようである。


「何って見れば分かるでしょ。変装よ、変装。こうしてこっちの世界の人間に化けることで私が風の勇者だってことを誤魔化してたのよ」

「変装ってその程度の事で騙し切れるものなのか?」

「意外に気付かないものよ。偽名も使ってたし」


 あの実に適当な名前の事か。ビッグウッドとか関係ないその他大勢ならともかく木葉に対して隠す気があるのかと思ったほどだ。


「話すのはそこまでにして先に進もう。どうせ木葉にもこれまでの経緯について説明しなきゃならないんだし、ここで話しても二度手間だからな」

「確かに大樹の言う通りね。それじゃあ行きましょう」

「行くって場所は判ってるのか?」

「どうせ木葉が囮になってるんでしょ? だったら今頃は一番奥の部屋で雷の勇者と戦い始める頃よ。だから観戦がてらそこに行けばいい。何か問題は?」

「……強いて言うのならどうして何も言っていないのにそれだけ判るのかが問題だな」

「諦めろ。紅葉に常識は通じないし、当て嵌めようとしても不可能だからな」


 そんな大樹の言葉で一連の会話を締めくくった俺達は部屋を出て来た道を戻ることになったのだが、


「と、止まれ!」


 そこに立ち塞がる人物が現れた。と言うかその人物は先程のエルフの女性だ。どうやらこの短時間で目が覚めたらしい。賞賛に値するタフネスである。


「あら、エルーシャじゃない。どうしたの?」

「どうしたの、じゃない! お前達二人は部屋に戻れ! そしてそこの男はもう一度勝負だ!」

「何だ? 知り合いなのか?」

「囚われている間に紅葉が仲良くなったんだ。最初の内は敵視して頑なだったが徐々に紅葉の人柄に解きほぐされて、最近では仕事の合間や終わりにこっそりと部屋に来て色々と遊ぶ仲。つまりは友人だ」

「うん、囚われているって言葉の意味が俺の理解とはかけ離れているみたいだ」

「最初の内はチェスとか将棋だから二人でもよかったんだが、トランプの辺りで人が欲しくなったらしくてな。気付いた時にはああして何人かと仲良くなって部屋に連れ込んできたんだ」

「敵の幹部級の相手と親しくなる理由がそれかよ」


 もっとも紅葉ことだから別に敵を籠絡しようとか回りくどいことを考えてはいないのは判りきっているし、この方がらしいと言えるかもしれないが。


 そんなこちらの呆れ具合など知ったことではないというように紅葉は会話を続ける。


「そうだ、どうせならエルーシャも一緒に来ればいいじゃない。そうすれば何も問題ないでしょ?」


 なんだろう、この軽い感じの提案の仕方は。まるで友人と放課後どこに遊びに行くか決めているようである。その軽いニュアンスを感じ取ったのか相手も顔を真っ赤にして怒っていた。


「大有りだ! むしろどこをどう見れば問題ないように思える!」

「んーだってエルーシャじゃ私達は止められないし、ここで意地を張って惨敗するよりはその方がマシじゃない」


 この言葉に感情のままに激高していたエルーシャという人物の表情は一気に冷める。

 それもそうだろう。今の発言は自分が雑魚扱いされたも同然なのだから。


「……確かに私はお前と親しくしていた。そして個人的にも好ましい人物だと思う。だがそれはあくまでお前が危害を加える対象ではない勇者の仲間であったことと捕虜として逆らわずにここにいたからだ。それを破るというのなら例えお前でも……紅葉であろうと容赦はしない」


 基本的には排他的とされるエルフ、しかも敵側の陣営とここまで友好関係を結べるのは流石というべきものだったが、それでもそれだけで全ての事がどうにかなる訳がない。


 彼女はあくまで雷の一派であり、その為に動くのが当たり前なのだから。


(当たり前だが交渉は決裂か)


 こちらは三人であちらは一人。この時点で彼女だって勝てないことは判っているだろうに頑なに命令を果たそうとするその姿勢は素直に尊敬できた。


 構えをとる彼女に対して紅葉もこの場での説得は諦めたのか残念そうに溜息を吐く。


「それじゃあ仕方ないわね。ちょっと眠っててもらうわ」


 そしてその後の一言を合図にしたかのようにエルーシャが突如として動く。大きく前に一歩踏み込むと同時にその手にあった槍を放ってきたのだ。


 槍を放つところまでの動きは目で追えたのだが、そこから先がまるで早送りにしたかのように加速して為に何があったのかは分からなかった。その速度からして先ほどの一撃が奇襲でなくとも躱せなかったことだろう。


 そう思えるほどに彼女の一撃は見えないながらも見事と言えるものだった。


 だけど今回も相手が悪かった。悪過ぎたと言っていい。


「容赦はしないって言ったのに急所は外してくれるあたりやっぱりエルーシャは優しいわね」

「そ、そんなバカな……」


 唖然としたエルーシャの気持ちは非常に理解もできるし共感する。


 あれだけの一撃をまさか人差し指と親指で防ぐとか勇者の力を持ってしても並大抵のことではないのだから。


「でもまだ動きに無駄があるわね。そこを直せばもっと速い一撃を放てるわよ。そうね、折角の機会だし手本(・・)を見せてあげるわ」


 大樹からエルーシャの物と瓜二つの槍を受け取りながら言ったその言葉を聞いて俺は彼女に同情した。それをやられた俺は本気で心が折れかけたのだから。


 いや、嘘はやめよう。心は折れた。それもポッキリと完全に。


(可哀想に。泣かされるな、彼女)


 幸いだったのは急いでいるから今回は手早く済ませると紅葉が宣言したことだろうか。


 そうしてきっかり二分後に一切の傷もダメージもないのに膝から崩れ落ちて座り込んでしまったエルーシャを置いて俺達は先に進んでいったのだった。

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