第二話 交錯するそれぞれの思惑
「俺はお前と敵対する為に現れた訳じゃない。むしろどちらかと言えば味方だ。だからそう警戒しないでくれ」
そう言って両手を上げて敵意が無い事を示してくる水の勇者改め日比谷守人。
確かに奇襲をしようと思えば出来た訳だし、こうしてわざわざ目の前に現れたという事は少なくとも話し合いをする意思があると見るべきだろう。
「どうやら分かってくれたようだな。それとその妙な仮面は取ったらどうだ? なあ、結城木葉。ああ、俺の事は守人でいいぞ。俺も木葉と呼ばせてもらうから」
「……ばれているなら仕方ないですね。それで僕がここに来る事も知っているみたいですけどそれも神から聞いたんですか?」
こちらの様子を観察して一先ず警戒を緩めた僕の態度からそんな事を言い出す守人。もっとも一番衝撃的だったのは僕の名前を呼んだことだったが。
神々を除けばメル以外に僕がコンだという事は知られていないはずだし、自ずと犯人は特定できるというものだろう。
問題はこれまで特に関わりの無かった水の神にまでそれが知られていて、なおかつ勝手にその情報をそれぞれの勇者に伝えられているかもしれないという事だ。これでは僕が幾らコンとして正体を隠しても勇者達には無意味である。
そう思ったのだが、
「生憎とそれを教えてくれた人物については話せない。だけどルールを破ってお前の詳細な情報を自らの勇者に教えたのは今のところ雷だけだそうだ、とだけ言っておこう。だからこそ無の神の怒りを雷の神が買った訳だしな」
「無の神についても知っているんですね」
「一応はな。ただあくまでそういった存在がいるって程度だし、それを吹聴するのは禁止されているよ」
つまりこの守人という男は神々以外のルートから僕の情報を掴んだという事か。むしろその方が恐ろしい気がする。一体どんな手段を用いたというのだろうか。
(あるいはそれがこいつの勇者としての能力なのか?)
神以外に僕の正体を知っている情報提供者なんているとは思えない。だから僕はその発言は嘘ではないかと考えていた。
そして僕のゲームメニューのように各勇者にもそれぞれ特殊能力が与えられているという事は無の神に確認済み。
そう、例えばこいつの能力が未来視とかだったら僕の正体を知っている事やこの場で待ち伏せ出来たことにも一応の説明が出来なくはない。
「だからそう警戒するなって。少なくとも現状のお前と俺の目的は同じと言っていいはずだからな」
そこで守人は腰の辺りに下げてあった袋に手を入れると綺麗に丸められた一枚の紙を取り出してくる。明らかに普通なら入る大きさではないのであの袋は特殊な魔道具とかだろう。
「雷の一派の本拠地、その大まかな見取り図だ。今のお前にとっては必要な物だろう? 言っとくが手に入れるのに結構苦労したんだぜ?」
「確かにこれがあれば非常に助かります。それでそれを知っているだけでなく、こうして準備しているあなたは一体何なんですか?」
「簡単な話だよ。俺も理由があってあそこに捕らわれている風の紋章を持つ二人を助けたいのさ。念の為に確認しておくがお前もそうだろう?」
少し迷ったその言葉に僕は正直に頷いて答える。知られているのだから隠したって仕方がないと。
「それなら話は早い。こちらの事情を簡単に説明すると雷の神がルールを破ってまで無の神を排除したいのに対して、こっちにもその二人を助けたい思惑やら事情があるって事だよ。そして予め言っておくが風の神と同様に水の神も無の神に敵対する意思はない。むしろどちらかと言えば好きにすればいいって感じだな。少なくとも今のところは」
その言葉を証明するように風の神の声がそれは本当だと教えてくれる。それに対して無の神は何も言わない。本当に神々によって当たり外れが激しいみたいだ。
そして僕が引いたのが何かは言うまでもないだろう。そんな時だけ神に対して失礼だと文句を言ってくる無の神の態度からも明らかだし。
「つまりあなたは自分の都合で捕まっている風の紋章を持つ二人を助けたい。その為に僕と協力したいと?」
「いきなりこんな事を信じろと言われても嘘くさいだろうがその通りだ。それにそれが水の神にとって容認できない行為なら俺はこうしてはいないよ。こちらには色々と制限あるし、恐らくはそっちも同じようなものだろう?」
制限とは恐らくペナルティのようなものだろう。こちらが勇者の殺害許可は出ても依然として無の勇者であることを一般人には知られてはいけないというものが残っているように、彼にも話せない何かがあるという事か。
(水の神が風の勇者の仲間を助けることを容認している? それも雷の神と敵対するかもしれない可能性があるのに?)
「……改めて確認しますけどあなたの目的は捕えられている二人の救出。そしてそれと同時に水の神は無の神の行動に口を出すつもりはない。そういう事でいいんですね?」
「ああそうだ。なんでも神々によっても意見が違うらしくて、水や風は最低限のルールさえ守るなら無の神が何をしようと下手に干渉するべきではないって考えらしい。その逆の雷みたいに危険過ぎるから排除するべきって神もいるがな」
「現在僕はカージという水の勇者の仲間を下僕にしているわけですけど、それについても特に言う事はないと?」
「好きにしたらいいんじゃないか。少なくとも俺も水の神も問題視はしていない」
まあ考えてみれば水の神が僕を倒したいのなら水の紋章を持つカージが僕の下僕になることを阻止するべく動いていたはずだろう。危険だから戦うなとかカージに教えるとかして。
でもそういった事はカージから聞かなかったし、何もせずに放置したということは少なくともそれを容認した。つまりは無の勇者である僕の行動をある程度容認していると推測できる。
「その理由は? どうしてあなたはその二人を助けたいと思うんですか?」
当然の疑問だろうにこれを聞かれた守人は顔を顰めて答えに窮する。まるで言いにくい、あるいは言いたくないという風に。
「……詳しくは言えないし、悪いが言いたくない。だが確実に言えることはその二人は俺にとって恩人に等しいってこと。彼女達と出会えたことで俺は救われたんだ。お前にだってそういう相手はいるだろう?」
その言葉で僕はミーティアやメル達のことを思い出す。確かにこちらの世界で彼らに会えたからこそ救われた面があることは否定できない。
そして彼にとってその二人がそういう存在だという事か。
「風とか水とか関係なく俺はあの二人に恩返しがしたい。いや、しなきゃいけないんだ。だから俺は勇者として失格だったとしてもあの二人の為に動く。そう決めている」
真剣な表情でそう断言する守人。それが演技で嘘を言っている可能性は十分にあり得る。
「……分かりました。二人を助ける為に協力しましょう」
だけど僕はその提案を受け入れることにした。
仮に別の思惑があるとか、それともここでのことが全て嘘で彼が僕の敵だったとしても特に問題はないからだ。
(仮に二人の勇者相手に敗れても僕は元の世界に戻るだけだし)
メル達には申し訳ないが後のことは姉の紅葉に全て託すことになるだけだ。
それに僕が失敗するとメルだけでなく捕えられた二人の解放も出来ないという状況においても風の神が注意を促してくることはない。
それどころか無の神に敵対する意思がないと断定しているのだから危険性はほとんどないと思っていいだろう。何も注意してこないのは風の神にとってもこの相手との協力は悪くないということのはずだし。
その考えに「概ね正解」という回答をこちらが聞く前に送ってきてくれる風の神。本当に無と違って親切な人ならぬ神だ。
正直に言ってあちらの方にはこれを少しでもいいから見習ってほしいくらいである。
「本当に失礼ね。言っとくけどそいつだって十分に性格悪いわよ。後でそれを思い知るといいわ」
最後にあっかんベーという声が響いて無の神は何も言ってこなくなった。子供かと言いたくなる態度である。
「それじゃあ早速動くとするか」
「どうするつもりです?」
「まずは首都の中に侵入しないと始まらないからな。付いて来てくれ」
そんなこちらの事情など知るわけがない守人は協力関係を結んだことに喜びなら移動していく。一度の跳躍でとんでもない距離を移動しているのは流石は勇者と言うべきだろうか。
「どうした? 置いていくぞ」
「すぐ行きます」
転移を使うまでもないので僕も普通に跳んで彼の横に追いつくと、
「あ、そうだ。齢も近いって話だし敬語じゃなくていいぞ。俺もタメ口だしな」
「……まったく、本当にどこからそんな情報まで得たのか聞きたくなるよ」
「そりゃ秘密だ。少なくとも今回の騒動が終わるまではな」
これが終わったら僕はこの世界を去ることになるからそれでは意味がない。
そう思いながらもどうせ去るのだから知らなくても問題無いと半ば強引に思い込んで僕は彼の後について行った。