第一話 首都 ノルフシュトラフト
目が覚めるとそこは相変わらずの異世界だった。
「……今日で三日か」
王都を出発してからの日数である。
コーネリアスの乗った場所を追ったはいいものの一日や二日で隣国の中心地まで行ける訳がなく、こうして何日も野宿を強いられているのだ。
向こうは近隣の村の宿などに泊まっているようだが、後を付けている手前僕はそういう訳にもいかないから。
もっともコーネリアス達も急いでいるらしく馬車の速度は明らかに普通ではなかった。と言うか引いている馬も足が六本ある明らかに普通じゃない奴だし、特別な手段を取っていると思っていいだろう。
それにしても飛空艇で送ってあげればもっと早く済むはずなのだが、それをやらないところ見ると二つの国の険悪さというか相容れない感じが窺える。
バスティート王達の方は隣国の使者なら送ってあげても良いだろうにあえて送らないみたいだったし。
(飛空艇なら適当に忍び込むって選択肢もあったんだけどな)
もしくは飛ぶ時間が短いのなら船の外壁にへばり付くという方法もあった事だろう。
ボックス内に食糧や水は大量に完備してあるのでこのまま一週間だろうが一月だろうが野宿をしても問題はない。と言うか今の体なら下手をすれば寝ないでもずっと行動し続けることが出来るかもしれないくらいだ。
だけどだからと言ってそれが快適と言われれば答えは否なわけで僕としては早めに目的地に着いて欲しいと願うばかりである。
(地図からしてもうそろそろのはずなんだけどなあ)
背後から忍び寄って来ていたジャイアントバットという魔物を振り返ることなく一刀両断して、すぐさまその死体をボックスにしまった僕は地図を広げて残る距離を考えていた。
(これまでの道中からしてどう考えても隣国の首都であるノルフシュトラフトに向かってる。やっぱりそこが雷の一派の本拠地ってことなんだろうな)
問題はそこに風の紋章を持った二人の人物もいるのか。そして敵がどれくらいいるのかといったところだろう。
紋章持ちや『隠蔽』系のスキルやら道具を持っている相手はマップで表示されないし、マップからでは敵の数を推測する事も困難だ。
どうせなら無の神が教えてくれないかとも思ったが、それらの質問に対する返答を寄越す様子は欠片も無く無視され続けている。それぐらいは自分でどうにかしろという意思表示という訳だ。
「動いたか」
マップと強化された視力の両方でその馬車が動き出したことを察知する。このペースなら今日中には首都に着けそうである。
もっともどうやって首都に入り込むかやら、捕まっているとされる二人の情報収集をどうするかなどの問題は山積みだが。
そうして尾行をして数日、僕はその首都と呼ばれる王都と比べても遜色ないほどの大きさを誇るその場所の前に辿り着いた。
コーネリアス達は貴族であるからかあっさりと門を潜りその中へと入っていく。
「さてと……どうするかな」
何重にも張り巡らされた結界があるから転移で中に忍び込むことは不可能。かと言って中にはいる為の入り口にはどこも検問らしきものがあるようだ。
結城木葉としてあそこを通ってもそれが向こうに知られるのは目に見えているが、だからと言ってコンでも同じようなものだ。仮にまだ情報が行っていないとしても目立つし目を付けられることになるだろう。
あれだけ大きな都市の入り口全てで検問をするとなるとそれだけでもかなりの人が必要になりそうだが、そこはゴーレムなどを上手く使って補っているらしい。
見張り用以外にも番兵らしき明らかに戦闘に特化していると思われるタイプのゴーレムもいるようだ。
そうして目視に加えてマップなども併用して首都の全体図や地形などを確認している時だった。
「待っていたぞ」
突如としてそんな声と共に近くにあった小さな池から何者かの気配が現れたのは。
しかもその現れ方は異常とも言うべきもので、なんと池の水がひとりでに動きだしたと思ったら人の形を成していったのである。
そう、まるでカージや水の魔王が復活する時のように。
(魔族か?)
またしても無の勇者である僕を狙った奴が現れたのかと警戒を強めた僕だったが、やがて一人の人間になったその相手を見てそれが違う事を自然と理解する。
もっとも魔族ではなかった代わりにそれ以上に厄介そうな相手であることには変わりはなかったが。
「まずは自己紹介といこう。俺の名前は日比谷 守人、見ての通りお前と同じ異世界人であり水の勇者だ」
そうやって手の甲にある青色の紋章を見せてくるその人物は僕と同じぐらいの齢で確かに黒髪黒目という日本人の容姿をしていた。