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プロローグ

第六章のタイトルは後で載せます。

 姉と、紅葉と喧嘩をした数はそう多くない。一般的な事は知らないが、恐らく比較的年齢が近い割には少なかったのではないだろうか。


 幼少期からその天才性を遺憾なく発揮していた姉。それに比べて普通だった僕。

性別が違っていた事もあってか割と早い時期から張り合うことはなかった。


 幸いだったのは出来の良い姉に対して醜い嫉妬をすることがほとんどなかったことだろうか。皆無とは言わないが、それ以上に凄いと思ったし憧れたものだ。自分も姉のように成れたらいいな、と。


 もっともそれが分不相応な望みであることに気付くのにもそうたいした時間は掛からなかったが。でもそれでも僕は落胆したものの絶望までは行かなかった。


 幼いながらにして自分が姉のようには成れないと心のどこかで分かっていたのかもしれない。


 姉は特別だと。


 それこそ天に愛された存在で、僕と違って二物も三物も与えられているのだと。


 そしてそれは小学生の頃に秀才である大樹と出会った事でより一層理解した。僕よりもずっと頭が良くて運動が出来て、全てを持っているように思えた彼でさえ姉には敵わないと言っていた事で。


 それらの事が僕という人間の人格形成に影響が有った事は否めだろう。気付けば僕は天才の姉に振り回されるのが当然の事になり、いつしか受け身な性格になっていった。


 全ての事がという訳ではないが、少なくとも何事も積極的に物事を引っ張っていくような性質ではなかったし。


 更に性質の悪い事に僕自身もその性格を嫌いではなかった事もそうなることを加速させた一因だろう。まあ親の話だと幼い頃から大人しくその気質はあったらしいから、なるべくしてなったと言うべきだろうが。


 そうして天才で活発的な姉と凡人で大人しい性格の弟が出来上がっていった。まるで正反対になるかのように。


 だから僕は紅葉と喧嘩なんて滅多にしなかった。しても幼い頃だけで紅葉が小学校高学年に上がる頃には皆無となっていた。


 だって勝敗なんて判り切っていたから。それに紅葉は自分勝手ではあったけど僕が本気で嫌な事は決して無理矢理やらせようとはしなかったから。


 いつだったか、そんな風な話をした僕達の幼馴染にして紅葉の彼氏である九重大樹は笑いながら言ったものだ。


「お前らが姉弟喧嘩している姿なんて想像できないし、したくもないな」

「まあその時は僕が紅葉に一方的にボコボコにされているのが目に見えているしね。いつも大樹がやられているように」

「言っておくけどいつもじゃねえよ。三割は勝ってる」


 それでも残り七割は負けているって事じゃないかと思いながら、それでも姉に三割も勝てるのだから大したものなのだろうと思い直した僕に大樹は笑顔を浮かべたままで言う。


「まあそれはともかくだ、木葉。この先で万が一お前達姉弟が本気で喧嘩する時が来た時は周りにその被害が行かないように頼むぞ。割と本気で」

「万が一って言うけど、まずあり得ないよ。まあ確かに紅葉の発散し切れなかった怒りの矛先が真っ先に向かうのは僕か大樹だしね。無いとは思うけど、その時はとばっちりはいかないようにするよ」

「いや、俺が言いたい事はそうじゃない」


 急に真剣な声音になる大樹。


「お前は自覚がないようだけど今の紅葉と本気でやり合えるのはきっとお前だけだよ、木葉」

「僕が? ははっ、絶対ありえないって。紅葉と僕じゃ勝負にもならないよ、きっと」

「仮にそうだとしても今の紅葉が心の底から本気で我儘な怒りを向けられる相手はお前だけだよ」


 冗談だとしか思えない内容だったのにその口調は何処か真剣だった。


「俺だってお前達の幼馴染だし長い付き合いだ。それに加えてこれでも俺は紅葉の彼氏でもある。だからこそ分かるんだよ。あいつはお前に対してだけは無意識の内でも遠慮の欠片もないってな」

「いやそれ全く良い事じゃないでしょ」

「まあお前にとってはそうかもな。その分だけこっ酷くやられる訳だし。でもそれは逆に言えばそれだけお前という存在が紅葉にとって大きいってことでもあるんだよ。単に弟とか家族ってだけじゃなくて心の拠り所的な意味でな」


 赤の他人ならともかく家族以外では誰よりも長く僕達と付き合ってきた大樹の発言だとそんなバカな、と一蹴するのには躊躇われる。かと言ってそれを全面的に認める気にもなれない。


「……姉弟なんてどこもそんなもんじゃないのかな? 親子とはまた違った関係な訳だし、何だかんだ近い齢で人生のほとんどを一緒に過ごして来た訳だから奇妙な連帯感みたいなのもあるかもしれないし」


 だから僕の口から出てきたのはそんな当たり障りのないものだった。


「俺は一人っ子だから分からんが、もしかしたら割とそうなのかもな。でもあの天才の紅葉がそう思える対象ってのはそれだけで大したものだと思うぞ。少なくとも今の俺じゃあそれは無理だしな」

「そんな事ないよ。紅葉は大樹に何だかんだ言ってベタ惚れだしね」

「まあ確かに自慢じゃないが好かれている自覚はある。それに俺の方もベタ惚れだしな」

「何? 結局惚気たかっただけ?」

「いや、そうじゃないさ。それでも紅葉は俺にはお前ほどの無茶は言わないって話さ。お前が限界のギリギリまで無茶を押し付けられるのに対して、俺はどうしてもその一歩手前までだからな。その差は小さいようで大きいよ」


 そこで話が逸れたなと言って大樹は本題を切り出す。


「要するに滅多にないとは思うが仮にお前と紅葉が本気の姉弟喧嘩をした時、巻き込まれる周りがとんでもない事になる気がするって話だよ。お前相手だと紅葉は下手な加減をしなくなるからな。そして本気になったお前もそれを受け止めそうな気もするし」

「その期待は有り難いけど、残念な事に僕は凡才。天才の紅葉とやり合えるのは秀才である大樹みたいな人だけだって。僕なんて一発でやられるよ、きっと」

「そう思うは本人ばかりだと俺は思うがなぁ。まあ俺が言いたい事は喧嘩するのはいいが、周りに迷惑は掛けるなよってことだ」

「はいはい、その時は気を付けるよ」


 この時は珍しく大樹は間違った意見を言っていると思ったものだ。


 僕と紅葉じゃ勝負になりはしない。そんな事は大樹だってこれまでの事で重々承知のはずだと考えていたから。


(僕と紅葉の喧嘩ねえ……ないない、そんなの有り得ないって)


 そんな風に思っていると、


「あ、いた!」


 背後から例の人物の声が聞こえてくる。噂をすれば何とやら、という奴だろうか。


「二人ともちょっと付き合いなさい」

「拒否権は?」

「あると思うの、大樹?」

「だろうな」


 内容も聞く前に拒否権を言い出す大樹も大樹なら、内容を言わずに拒否も許さない紅葉も紅葉だ。もっとも何も言わずに既に付いて行くしかないと諦めている僕もどうかと思うが。


「それで何をするつもりなのさ? 内容くらいは聞きたいんだけど」

「そんなのは行ってから説明するわよ。ほら、ウダウダ言ってないで付いてくる!」


 肩を竦めた大樹は急かす紅葉の後を追う。となれば僕も追うしかないだろう。拒否権が無いのは先程の会話で明らかになっている訳だし。


(懐かしいな……)


 これは過去の記憶。そんなに時間は経っていない筈なのに何故か懐かしいと思う日常の記憶だった。そう、もうすぐ僕が戻るはずの世界の。


 そんな事を考えている内にゆっくりとその光景は白んで行き、僕の意識は浮上していった。

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