表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
121/142

第二十五話 結城木葉という人間の在り方

木葉の選択にイラっと来る人がいるかもしれませんね。

 尋ねておいてなんだがその答えなど聞くまでもないだろう。彼は雷の一派。そして無の神から話を聞いた今、無の勇者である僕は雷の神からすれば消さなければならない邪魔者のようだし。


「……いや、何をと言われても偶然ここを通りかかっただけなのですが」

「わざわざ左右の柱の陰に仲間を潜ませておいてか?」


  見え見えとは言え、そう言われては追及に困る返答をしたコーネリアスの言葉を無の神がバッサリと切り捨てる。僕のマップではその光点は映っていないのだが、彼女には全てが見えているらしい。


 他の神の力など障害にすらないというように。


(本当にふざけているな)


 そんな思いを知ってか知らずか無の神はコンとして話を進める。


「茶番に付き合う気はない。それと俺にもこいつにもお前の心を読む能力は効かないから無駄な事は止めた方が良いぞ」

「な、何故それを……」

「誰が魔王襲撃を知らせたと思っているんだ?」


 そんな風にコンの振りをした無の神は自分の力を誇示して見せた。それは僕に集まるはずだった注目をコンに逸らすという狙いを見事に果たしていることになる。


(演技も完璧だし、そういう意味では最高の影武者だな)


 それにしても前に仕掛けてきたのはそれだったのか。交渉事で相手の心が読めれば事を有利に運べるし、それを狙っていたというところだろう。


 もっともそんな強力な能力も無の神と言う最強の存在の前には隠しておく事すら不可能のようで実に不憫ではあったが。


「それでどうします? 言っておきますけど、僕はともかくメル達に同じような事をするつもりなら隣国の貴族だろうと容赦はしませんよ」

「我々を脅すつもりですか?」

「先に仕掛けて来ておいて随分と勝手な言い草だな」


 恐らく無の神はこの状況だけでなく、ルールを破ったとされる雷の神に向けてそう言っていたのがその口振りから察せられた。かなりの不満があるようだ。


 既に隠れていることが見破られたからかコーネリアスの仲間の二人は柱の陰から出てきており、各々の武器を構えている。


 まさかここで一戦を交える覚悟があるというのか。他国の王城内だというのに。


(それほどまでに雷の神は無の神を消したいってことか)


 無言と緊迫した空気がしばらく流れていたこの場だったが、


「……わかった、ここは退こう」


 コーネリアスのその言葉と武器を降ろすように出した指示によって幾らか空気が緩む事となった。


「こちらとしても我が国の近くに水の魔王が現れた以上は警戒態勢を強めなければならない。こんなところで無駄な争いをしている場合ではないからな」

「その割には盗み聞きなんてするんですね?」

「上からの命令には逆らえないからね。と言っても敵対するのが目的ではなく、あくまでそこの魔王を倒した人物が何者なのかを可能なら調べるようにというだけだよ」


 その言葉を信じると上というのは雷の神や勇者ではなく貴族的な上層部だということだろうか。


「たかが勇者の仲間程度にあなたを倒せる訳がないって事は雷の神も承知の上でしょうし、下手に私の情報を明かすのは向こうとしても避けたいのよ。やる時ならきっと勇者本人が挑んでくるわ」


 頭の中に響いた声がその説明をしてくれたので納得しながら僕としても争い事は御免なのでここは退くことにする。


「我々は今回の魔王の件もあるので急だが明日の朝には国に帰るつもりだ。だから次に会う時こそは交渉をまとめられると願うよ」


 それはメルとオルトの事はまだ諦めた訳ではないという宣戦布告だろうか。


「そうですね、そうなることを僕としても望みますよ」

「では、さらばだ」


 ニッコリ笑ってこちらも譲る気はないという事を改めて手を差し伸べながら示すと、コーネリアスの方もニヤリと笑いながらその手を握った後に去って行った。


 ちなみにその額に冷や汗らしきものが有った事は見ないふりをしてあげるとしよう。


 そうして彼らの姿が見えなくなったところで僕は壊した扉を魔法で元に戻す。そしてまた他に誰もいない書庫の中に居座った。


「まだ何か聞きたい事があるの?」

「ええまあ。確かに大体の事情はこれまでの話で理解することが出来ました。それであなたは今後の僕にどうして欲しいんですか?」


 何か目的は有るのかというこの問いに対して、


「それは前にも言ったでしょう? 私は基本的にはあなたが何をするのを見ていたいだけだって」

「少なくとも今は重要クエストとかを出す気もない。そういう事で良いですね?」

「ええそうよ。欲を言えば目障りな雷の奴を一泡吹かせてやりたい気もするけど、それをクエストで強制して従うあなたではないでしょう?」


 それに僕は勿論と頷いた。とは言え雷の一派から狙われ続けるこの状況を放置する気にもなれない。


 だから僕はとある一つの決断を下した。


「……本気かしら、それ?」


 例によって心を読める無の神はその内容を知って驚きの声を上げる。それもこれまでにない、信じられないというような動揺が籠った声色で。


「ええ、僕は別に望んでこの世界に来た訳ではありませんからね。それにそろそろ充分な役割は果たしたと思いますし」


 だから僕はこう言った。これが自明の理であるという思いを込めて。


「無の勇者である僕が騒動の原因となるのなら僕は退場する事を選びます。そしてその後の事は紅葉にでも託しますよ」

「……」


 それを聞いた無の神は暫くの間、無言だった。


 だが、


「……ふふ、うふふ」


 やがて堪えきれないといった様子で大笑いをし始める。


「あははは! やっぱりあなたは面白いわ! まさかここでそんな選択をするなんて、やっぱりあの姉の弟なだけあるわ!」


 散々な言われようだが、こちらとしては何故そこまで驚くのか理解できなかった。


 そもそも神々の考えや目的はともかく僕自身は姉の代わりとして勇者の役割をこなすつもりだったし、実際にそうしてきた。


 頼まれる内容も大まかに言えば人類を守る為だからと特に罪悪感を覚える類のものではなかったし、神から与えられた借り物の力だったとは言え人助けをするのは悪い気分ではなかった。


 でも今回の話で無の勇者という存在自体が騒動を引き起こす可能性を秘めている事が分かった上に、敵にもその存在を知られてしまった。だとすればここで死んでも元の世界で問題ないのなら騒動の種になり得るものは無くすに限る。


 悪いが僕の所為で人類や神々の側が揉めるのもその責任を請け負うのも御免だ。一介の高校生、しかも自他ともに認める凡人であるこの僕に世界の行く末なんて任されてもどうしようもないのだし、なにより迷惑である。


(それに紅葉さえ居れば後の事はどうにかなるでしょ)

「それはどうも。それでどうなんです? それを聞いてあなたは僕の行動を制限しますか?」


 僕が消えると何をするか見てみたいという彼女の目的に反するから何かするかと思ったが、意外な事に無の神はそれを否定してくる。


「そんなことしないわ。欲を言うならもう少しあなたの行く末を見届けたい気もするけれど、でもあなたがそうするというのなら止める気はないもの。ああ、それとここまで楽しませてもらったお礼って事で、特別に向こうで目覚めた時に記憶を継承できるようにしてあげる。それとお姉さんの事については風の神がどうにかすると思うわ。だから安心して退場してもいいわよ。痛いのや死ぬのが怖いのなら私が死なないやり方でこの場で向こうまで送ってあげても良いし」


 それどころかそんな事まで言い出して来た。


 この無の神は色々と巻き込まれたり振り回されたりと厄介な存在ではあったが、それでもこういった自らが決めた事だけは決して破ることはなかった。そしてそれは今回も同じらしい。


「ああでも、あの子達の事はいいの? そこそこ気に入ってたみたいだし、あなたが居なくなると雷の一派が手を出しやすくなると思うのだけど?」

「そういう後の事は紅葉に頼むって形でどうにか出来ませんか?」


 痛いところを突くと言うべきか、確かにそれは気がかりだった。


 もっとも無の神のこの様子だとそんなのどうでもいいと言えばそのままスル―しそうだし、引き留める為に入った訳ではなさそうだが。


「そうねえ、お姉さんの事は風の神の管轄だから聞いてみるわ」


 現にその頼みを聞いてくれるらしく、無の神は何もない宙を見ながらしばらく無言で何かと交信しているようだ。そしてそれも終わったのか、やがてはこちらに顔を向けてきた。


「そうしても良いけど、その為には一つだけ頼みを聞いて欲しいって」

「簡単なものなら良いんですけどね。で、その内容は?」


 その問いに答えるようにクエストが更新される。その内容は『雷の一派に捕えられた風の紋章を持つ二人を救出せよ』というものだった。


「あなたのお姉さんにそれを頼むのはいいけど、すぐにあの双子と合流させられるか分からないから念の為に保険を掛けておいてだって。風の神としてもメルって子を雷の一派に捕えられるのは嫌みたいだしね」

「戦力の増強ってことですか。確かにそうしておけば例え雷の一派が強硬な手段に出ても時間稼ぎくらいは出来ますね」


 僕を抜くとメルとカージに加えてフローラという特殊な戦力もこの国にはある事だし、そこに更に二人も紋章持ちが加われば余程の事がない限り心配は要らないだろう。


 そしてその余程の事が起きた時には紅葉がどうにかしてくれるはずだ。そういう事態にあの姉が間に合わない姿なんて想像もできないし。


「分かりました。最後ですしそれぐらいはやりますよ」

「そう。それじゃあ向こうも殺す気で来るでしょうし、これからは勇者とその仲間を殺してもペナルティが発生しないようにしてあげる。あっちから仕掛けてきた訳で自業自得だし」

「別に誰も殺すつもりはないですけど、それでもレベルが下がるペナルティがないのは有り難いですね。でも殺しそうな時は警告音が鳴るままにして置いてもらえますか? 加減をミスってって事態にはならないように」


 この話のつまるところは雷の一派の所に乗り込むという事を示している訳だが、今回の場合は仕方がない。

 それに戦闘になると決まった訳でもない。上手くやれば捕まっている人質を救出するだけで済むかもしれないし。


「それにしても私があなたを気に入った理由が改めてよく分かったわ」

「何です、急に?」

「あなたは確かにお姉さんと違って天賦の才はないけれど、それでも神に代行者として選ばれても問題ないだけの精神的と強さ、強靭な意志と言うべきものを最低限は備え持っている。だけどそれなのにあなたはその強い意志をほとんど自主的に発揮しようとしないわ」


 またしても無の神の雰囲気が変わっている。そのプレッシャーに呑まれた僕はその場から動けないでいた。それこそ蛇に睨まれた蛙のように。


「何でも出来る天才の姉を持っている所為もあるのでしょうけど、あなたはその強い意志に反して自分だけで何かを決めたことがほとんど無いわ。神の指示であるクエストや周りの環境や状況などに不思議なほどに流されてここまで来ている。クエストだからとか、仕方がないって風に」


 確かについさっきもそう考えたばかりだ。


 それに僕はこの世界でやって来た事の大半はクエストの指示が影響しているし、それ以外の事も自分がというよりは仲間や周りの人の為、あるいはただそういったものに流された結果であることが多いのは事実だろう。


 でもそれでも最後にどうするかを決めたのは僕自身だ。それは間違いないはず。


「そうね、確かに最後にどうするかの決定をしたのはあなたよ。例えば今回の最後になるかもしれないクエストを受ける事をあなたが決めたように。でもその結論に至るまでに他者や周りという存在があるわ。それは今回の事だけではなく、ね」


 ゆっくりと近付いてきた無の神が僕の頬に手を伸ばしてくる。


「言っておくけどそれが悪い事だなんて言うつもりは更々ないわよ。今のあなたが考えている通りそういう性分なんだから仕方がないって意見もあると思う。でもその在り方は私から見た興味深いわ。まるで周りに流される必要もないのにあえてその流れに乗っているようで」


 そして狐面越しにこちらの目を見つめてきた無の神は最後に、


「……お姉さんがあなたをここに送り込もうとした理由も分かる気がするわ」


 ポツリとそう呟いたのを最後にその手を僕の顔から外す。

 それと同時にプレッシャーも消えて体も動くようになる。


「……最後のはどういう意味ですか?」

「ふふ、何だと思う? ちなみに答えは内緒よ」


 聞いてもはぐらかすその態度からして答えるつもりはないのだろう。だとすればこの話題を続ける意味はない。


 それにどうせこの異常な事態もクエスト一つで終わりになるのだ。そんな事を気にするよりもさっさと済ませて元の世界に帰るに限る。


「それじゃあこれから最後のクエストに取り掛かりますので、その為に協力してもらっても良いですか?」

「影武者とかあの子達を見守る程度なら別にいいわよ」

「充分ですよ」


 彼女にはコンとして王都を出発した振りをして貰い、その後は隠れてメル達を見守って貰うように頼む。何かあればすぐに僕に連絡する事と共に。


 これから向かう先は雷の勇者の本拠地なのだ。そこに狙われている二人など勿論の事、他のメンバーも危険だから連れてなど行けない。


 カージみたいに殺しても死なない奴ならいいかもしれないが奴には皆の護衛として残って貰いたいし、必然的に僕一人だけでとなる訳だ。


 そうして今後の方針などを決めた後、僕は皆が待っている部屋へ戻ることにした。バスティート王達との会議は無の神に任せることにして。


 このクエストを最後に僕はこの世界を去ることになるだろうし、仲間には自分の口からその事を伝えるべきだと思ったからだ。僅かに感じる未練のようなものを断ち切る意味も込めて。


 そこで丁度書庫にコンを呼びに来た侍女の案内で去って行く無の神の後ろ姿を見ながら僕も歩を進めていった。


 皆に別れを告げることになるその一歩を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ