第十一話 襲撃者?
何かが体に触れている。その所為で僕は眠りの世界から現実へと引き戻されつつあった。
(何だ……?)
初めの内は気のせいかと思ったが、すぐにそうではないことは明らかになった。何故なら冴えていく頭と感覚が間違いなくそれを捉えていたから。
誰が僕に、正確には僕の服に手を掛けて引っ張っている。それはどう控えめに見ても服を脱がそうとしていた。
(何で? というか誰が?)
この家には僕の他にミーティアしかいないはず。だとしたらその人物は明らかなはずなのだが、僕はそれを信じることが出来なかった。だって彼女が何てこんな真似するというのだ。
(実は今までの態度はツンデレで僕に好意があった? そんなバカな)
そんなのはバカバカしい妄想と断言できる。
でも、だとしたら一体何者が僕の服を脱がそうとしているのだろうか。
そもそも危害を加えるではなく、何故服を脱がそうとしているのかという話だ。訳がわからないにも程がある。
考えてもわからないなら本人に聞く以外にないだろう。それにいつまでも無抵抗では本当に脱がされてしまうし。
明かりはないので気付かれないだろうが、念のためにそっと目を開ける。案の定、光源はなく周囲は真っ暗だった。その所為で服を脱がそうとしている人物の顔もわからない。
だがこちらにはマップ機能がある。それを使えば例え視界が聞かなくてもこれが誰かなんてすぐにわかるのだ。
「……え?」
「え?」
信じられない物を見て思わず呟いてしまったその言葉に相手も反応する。たぶんこちらが起きたのに気付かれたと見るべきだろう。
「……何やってるの?」
「な、何で起きてるの!?」
同時に発したその言葉は互いの驚愕を表していた。もっとも驚きの度合いは向こうの方が大きいようだけれど。
「いや、そりゃあこれだけ体をまさぐられたら誰だって起きるでしょ」
「あの眠り薬が効かなかったっていうの?」
聞き捨てならない単語が出てきた。向こうもそれに気付いたのかハッと息を呑む。
「眠り薬だって?」
すぐさまメニューを開いてログを確認する。するとある一文を見つけた。
そこにはこう書かれている。『コノハは状態異常・睡魔になった』と。もっとも、その後すぐに状態異常が解除されたと書かれているところかするとほとんど効いていなかったようだが。恐らくは高レベルの恩恵だろう。
「なるほど、食事に薬を盛ったって訳だ」
図らずもログの有用性を確認できたのはよしとして、問題は何故ミーティアがそんなことをしたのかだ。流石にこれを聞かないなんて選択肢はあり得ない。
「理由を聞かせて貰えるよね?」
レベルのおかげなのか、思った以上の速さで暗闇に適合した目はミーティアの表情を既に捉えていた。心なしか若干青ざめているように見える。
「まあ、大体の予想は付くけどね。眠らせている間に色々と調べて僕の正体を知ろうとしたんだろう?」
返事はなかったけどその表情で肯定と見なした。と言うかそれ以外にないだろうし。
でも、だからと言って何故服を脱がそうとしたのかと言う疑問は消えない。普通に眠っていたから、そんなことさえしなければ僕はこの一件は気付かなかっただろうに。
「とりあえず明かりを点けようか」
「……わかったわ」
ミーティアは立ち上がってランプのような物の明かりを点ける。これでお互いの表情がわかるようになった訳だ。
「それで、話してもらえるかな?」
「……」
返答は無言。もっともそれは想定の範囲内だ。
「……だんまりでもいいけど、その時はどうなるかわかってるよね?」
脅すようなことはしたくなかったがそうも言っていられない。
これから先、同じような事を繰り返されても困るのでここでしっかりと釘をさしておかなければならないからだ。
「……何をするつもりなの?」
「さあ? でもそう聞くって事は、ただで済むとは君も思ってないってことだろう?」
我ながら迫力のない言い方だと思うのだが、相手にとってはそうではないらしい。非常に効いているのが丸わかりの表情だった。
「……はあ」
だが僕はそれを見て大きな溜め息を吐くと、
「やめた。性に合ってないや、このキャラ」
あっさりとそれを放棄した。
「は?」
「嘘だよ、嘘。別に何もしないから安心しなよ」
「え? ええ?」
急に態度を翻したこちらの意図が読めないのかミーティアはそんな変な単語しか言えていなかった。
その戸惑う表情は今までの中で一番年相応のもので、不覚にも僕は吹き出してしまった。
「あはは!」
わけがわからないと言った表情でキョトンとしているミーティアは僕の笑いが止まっても固まったままだ。なので、僕から話しかける。
眠ったおかげか笑ったおかげかは分からないが、思い付いたとある方法を試すべく。
(要するに僕が勇者だってことを話さなければいいはず)
そう、それと無の神関連のこと以外では特に制限はされていないのだ。だからいけるはず。
色々と強引な神に少々反感を覚えていた僕はこちらもお返しとばかりに、勝手にそう判断させてもらった。
「僕には一人の姉がいるんだけど……」
警告音は、鳴らなかった。
「実はその姉は勇者なんだ」
自らの勇者という身分はちゃんと隠している。屁理屈に近い言い方だったがペナルティはないので、どうやらセーフという事らしい。
「信じられないかもしれないけど、僕はその代理と言うか、手伝いをしているんだ。この村に来たのもそう言った事情からさ。そして、これがその証拠」
そう言って僕はあれからずっとアイテムボックス内にしまってあった水瓶を取り出してみせた。急に僕の隣に現れたそれを見てミーティアは大きく目を見開く。
それが間違いなく自分が投げつけた例の水瓶だとわかったのだろう。
薬草を取りに行く時にごく普通の袋を持っていったことからこの世界の人はアイテムボックス的なものは見たことないか、少なくとも滅多にない物だと思っていると予想したのだが、どうやら当たりのようだ。
「とまあ、これで信じて貰えたかな?」
「……じょ、冗談、でしょ?」
「いやいや、嘘は吐いてないよ」
(誤解されるように誘導はしているけどね)
そんなこちらの内心の言葉をミーティアが聞き取れる訳もなく、
「……」
今度こそ完全に思考停止の状態でフリーズしてしまうその姿を見て、僕はまた笑うのだった。