第二十三話 創世の神話から現在に至るまで その1
その後、僕はコンとしてバスティート王との謁見を果たした。と言っても大したことは話してはおらず、コンが風の勇者の仲間であることなどを確認しただけで終わる事となったが。
その要因として僕が何を言われてようと決して狐面などを外さず素性についても黙秘すると言い張ったからでもあるだろう。
中にはその態度を無礼だと感じたのか明らかに憤っている人達も居たが、バスティート王の構わないという鶴の一声でそれも弱まった。
そして魔王討伐の礼などを言われた後、僕は一先ず退室することとなったのである。
恐らく僕の態度の所為で雰囲気が悪くなったのと、周りの目があるあの場では話をするには不向きだったからだろう。きっと後でこっそりと呼び出しがあるはずだ。
ただその前に僕はミーティア達が待っている部屋へと足を運ぶ。そこにいる奴に会う為にも。扉をノックすると開けてと返事が来たので、
「失礼する」
コンが木葉だと悟られないように細心の注意を払いながら僕はその扉を開けて部屋の中に足を踏み入れていく。
そしてそれに対する反応は各自様々だった。ミーティアはコンとしての僕と会っているからか特に緊張や警戒をしている様子はなく、少なくとも表向きは自然体でこちらに目を向けている。
対して初対面のオルトは背筋を伸ばして明らかにその表情も強張っていた。魔王を倒したという話を聞いて緊張でもしているのだろうか。
メルについては僕の正体を無の神から聞いているらしいのでこちらの姿を視界に捉えた瞬間に明らかに喜びの表情を浮かべて尻尾も左右に振れる。
だけどそれも一瞬のことですぐにそれを誤魔化すように表情を引き締めていたので幸い誰にも気付かれてはいないようだった。
そして最後の結城木葉の姿をした無の神は、
「やあ、コン。色々とお疲れ様」
まるで鏡でも見ているのではないかと思うほどに完璧に僕を演じきっていた。少なくとも本人である僕から見ても違和感など湧かないくらいによく出来ている。だからこそ奇妙で若干気持ち悪い感じがしたが。
(自分自身の事を客観的に見るって何とも変な気分だね)
「初対面の奴もいるし改めて自己紹介をしておこう。俺はコン。こいつの仲間だ」
そんなことを思いながら僕は自分自身の姿をした奴を指しながらそう言う。
「ミーティアとメルは会ったことがあると思うけど、基本的には彼は裏方に徹して貰ってるんだ。彼は魔王と渡り合えることからも分かる通り、僕とは違った意味でまた特別だからね」
これまた僕が考えそうな建前を言い放つ無の神は完璧だった。事情を説明されたメル以外が全く疑問を持たずにその話を普段通りに聞いているのが何よりの証拠だろう。
その結城木葉という存在が実は偽物であるなんて疑ってすらいないのが見てわかる。
「木葉、今後の事で話がある」
「わかった。それじゃあ皆はここで待ってて」
そうして木葉とコンが別人であるということをミーティア達に印象付けた後、僕と無の神は例の書庫へと向かう。そこで人目がないことを無の神に確認して貰って、
「ふう、これでよしっと」
僕はコンの装備を全て外して無の神の方にはコンの姿になって貰う。要するに外見を入れ替えたのだ。
「便利な影武者を手に入れたものね」
「そうする必要があるペナルティとかを課しているあなたにはだけは言われたくありませんよ。それで敵は倒したんですから話を聞かせてもらえますよね?」
そう、出された条件とやらはクリアしたのだから。
「ええ、良いわよ。そうね、まずはこっちが一通りのことを説明してからにしましょうか。その方が分かり易いでしょうし」
それでもこの無の神ならそんな約束など忘れたと言い出しかねないと懸念したいたが、一先ずそれは避けられたようだ。そうして彼女は語り出す。
◇
「今はこうして様々な生物や物質、それに神々がいるこの世界だけどその始まりに有ったのは無だけだった。無が有ったという発言はおかしいけど、でも本当にあの時には何もなかった」
宇宙の始まりは何もないところから始まった、みたいなものだろうか。実に壮大な話だ。しかもそれを語るのが世界を作った神なのだからより一層に。
「そこにある時変化が生まれたの。どうしてそうなったのかは私にも分からないわ。あるいは私が気付いていないだけで、私という存在を生み出した創造主のような存在がいたのかもしれないわね。まあそうやって原因のよく分からないその変化の結果、無を司る私という存在が生まれた。でも私という存在は生まれながらにして重大な矛盾を孕んでいたの」
無とは何もないことを指す。
それなのに無を司る存在が有るというのは確かに明らかな矛盾だった。
「だから私はその矛盾を許容する為に生まれた瞬間にもう一つの要素をその身に宿すことになった。それは矛盾。無いのに有るという理論的にはあり得ない事象を認めるその概念を。そうして私は無と矛盾という概念を司る存在となったわ」
それが全ての始まり、そう無の神は続ける。
「そうして無と矛盾という概念を司るようになった私は無でありながら自我さえ持つに至った。でもその所為で気が付いてしまったの。ここには私しかいない。そう、自分という存在は孤独であると。そう思った私は……」
自分以外が何もない孤独。その寂しさは僕では想像することすらできない。
でもそれが物凄く辛いことであることぐらいは何となく察することぐらいはできた。
だから、
「すぐに退屈して一人でいることに飽きてしまったの」
「そっちかよ!」
その発言に思わず突っ込みを入れてしまった。今さっき感じた同情心のようなものを返して欲しい。
「別にどっちだって結果は変わらないんだからいいじゃない。そうやってなんだかんだで一人でいることが嫌になった私は適当に自分の力を使ってみたの。何か面白いことでも起きないかなって期待して」
創世の神話のような話でなんだかんだとか適当とか本当に止めてほしい。とんでもない話をしているのにその荘厳さが欠片も発揮されなくなってしまう。
そんなこちらの心情を知ってか知らずか相変わらずの調子で無の神は話を続ける。
「その結果、幾ばくか力を失った代わりに八つの私に似た、けれど無である私とは相反する存在が生まれたわ。それが今でいう私以外の神々の事よ」
「……それはつまり、あなたは神々の生みの親ってことですか?」
「間柄的にはそうなるのかしらね。でも向こうにも私にも親子である認識はないわよ。だって適当に力を使ったら面白そうなのが現れたってのが私の正直な感想だったし、向こうも生まれた瞬間からそれぞれがある程度独立した存在だったもの」
人間や生物でいう子供の期間がないということだろうか。あるいは向こうの感覚的にはアメーバなどの分裂に近いのかもしれない。
人間である僕にはよく分からない感覚だが、彼女がそうだというのだからそういう事にしておこう。
「そうしてまたしばらく過ごしていた私達だったけど、それもやっぱり飽きが来てね。また新しいものを生み出そうって話し合った結果、今のこの世界を作ることにしたの」
「これまた随分と急な話ですね」
「実は話し合いの過程はよく知らないのよ。だってそういう細かい事は面倒で全部他の奴らに任せっきりにしてたし。まあその分って事で世界を作る時に一番力を使わされたんだけどね」
なんだろう、この文化祭とかで準備は全く手伝わない癖に本番で好いとこ取りをするズルい奴みたいな感じは。
やっていることのスケールは途方もなく大きいくせに、その中身が子供すぎるだろう。
「こうしてこの世界が生まれて、私達はそれぞれが神となった。それが創世九柱と呼ばれる存在よ」
この世界の成り立ちとやらは理解できた。でも本題はそこではない。
そこから魔王やら勇者といった存在はどうして生まれたのか、どういう役目を担っているのかという方が僕にとっては重要なのだから。
「さて、ここまでが前提でここからが本番ね」