第二十二話 勇者の子孫
隠しクエストとやらをクリアしたことで僕のステータスに新たなスキルが加わっていた。
(一部とは言え水の魔王を倒したから『水属性魔術』を得た、か。やっぱり倒した敵によって手に入る力が決まるって予想は間違いないみたいだな)
もっとも今のところはまともな魔術は使えないので合成で属性付加ぐらいにしか使い道がないのが現状だったが。まあ新たなスキルが手に入って悪いことはないからいいのだけれど。
そうして水の魔王を完全に燃やし尽くした後も燃え盛る炎から抜け出すと、まだ近くで待っていたフローラの元まで辿り着く。
「魔王の一部を難なく倒す。あんた本当に風の勇者の仲間なのかい? 勇者本人じゃなくて?」
「残念ながら俺は風の勇者ではないさ。それよりもこの炎はいつになったら消えるんだ?」
魔王を燃やし尽くした後も物足りないというように燃え盛る炎はこのままでは周囲の木々など燃え移って被害が拡大しかねない勢いだ。
いつまでもこんな炎の海を出しておくのも環境によくないだろうし、僕は早く消すようにフローラに仄めかした。
だが、
「いや、私の魔法はあくまでこの全てを燃え盛る炎を生み出すことしか出来ないよ?」
「……つまり?」
「だから消すことは私には無理だってこと。だから普通は消しやすいように小規模でしか使えないんだよね」
敵味方問わず燃やし尽くし、なおかつ発動した後は術者の意思に関わらず燃え続けるとは強力な分、随分と扱い憎い魔法だ。
「全力でやるように指示した俺が言えたことではないかもしれんが、よくそんな危ない力を使おうと思ったな」
「あんたのお仲間のコノハとか言うのがあんたならどうにかできるって太鼓判を押してくれたんだよ。聞いてないのかい?」
(全く聞いてないんですけど)
相変わらず肝心なことを言わない無の神に対して文句を言いたい気持ちもあったが、言っても無駄な気がするのでそれは後回しにする。
少なくとも今は燃え盛る炎をどうにかするほうが最優先にしなければならないのだし。
(僕ならどうにか出来るってことは無の魔法を使えってことだよな)
急いで大変な勢いで燃え盛っている炎をロックオンして無の魔法を発動する。
そして何の問題もなく燃え盛っていた炎が一瞬で消え去ったことでその推測が当たっていたことは証明された。
残されたのは雑草さえ生えていない焼け野原。その中心には僕の斬撃によるものか、大地に一筋の切れ目という裂け目が出来ている。それも結構深く。
もっともこの程度で済んで幸いだったと思えるのだから魔王という脅威の凄さというものがわかるというものだろう。僕とカーラがいなければこの程度で済まなかったのは間違いない。
そしてそれと同時にフローラの魔法が勇者の力によるものではないことも確認できた。仮にそうなら僕の魔法を通すためにはメルの風のように直接触れなければならないはずだからだ。
それにしても無の魔法を使うところを他人に見られたというのにペナルティが発生する様子もない。
(無の勇者であることは隠さなきゃいけないけど、無の魔法は見せてもいいのか?)
いまいちその基準が分からない。これも帰ったら無の神に尋ねてみることにしよう。
「ところで火の魔法を扱うお前は一体何者なんだ? 紋章がないところを見ると勇者の仲間ではないようだが」
「その魔法から生み出された炎をいとも容易く消し去ったあんたこそ一体何者なのかこっちが聞きたいっての。まあいいさ、今更隠したってどうしようもないだろうしね」
そう言ったフローラは一呼吸を挟んでその口を改めて開く。
「私は先々代の火の勇者の一族の子。要するに勇者の子孫なのさ。それでこの魔法も代々一族で継承されているってわけ。もっとも家の一族みたいに勇者の子孫でも力の継承が上手くいっているのはごくごく僅からしいけどね。あの王家が風の勇者の子孫でもその力を受け継いだ奴がいないことからも分かる通りに」
勇者の子孫。だとすればその与えられた神の力が遺伝しているということだろうか。そしてそれは勇者の力ではないと。
(なるほど、この力は確かに貴重だし王家が囲っているのもわかるな)
元はどうあれ今の彼女が扱う魔法は勇者の力ではない。だから他の勇者や魔王などに対してもそういった意味で弾かれることがないということは先程の戦闘でも証明されている。
あの魔法で生み出された炎が勇者の力に依るものなら、僕の魔法がそうであるように魔王の体を焼くなどできなかったはずだからだ。
それはつまるところ魔王だけでなく勇者側の陣営に対しても切り札になり得る可能性を秘めていることに他ならない。
相性的に僕はいくら燃やされても大丈夫だから問題ないが、回復手段などを持っていないと奇襲でやられることもあり得なくはないのだし。カージなど水の魔王が燃やし尽くされたとこから察するにあの炎で燃やされたら終わりだろう。
あるいはいつでも始末できるからこそ王家は犯罪者で制御出来ていなかった時のカージでも使うという決断が出来たのかもしれない。
邪魔になったのならフローラに影から魔法を使わせて始末が可能だからこそ。
(やっぱりバスティート王は油断ならないな)
今のところは友好的な関係を結べているし、お互いに利益のある関係でもあるから始末されることはないだろうが、それが崩れた時を考えると若干背筋が寒くなる。
まあ逆に言えば、それだけ賢い人なら流石に僕だけではなくメルやカージ、そしてコンという魔王に対抗できる存在がいると分かった上で向こうが何か悪意を持って仕掛けてくるような事は滅多にないだろうということでもあるが。
(だけど念には念を入れて戦力を増強しておいた方がいいな)
今回の魔王が襲ってくるような事態に加えて雷の一派がこの後でどう動くか分からない以上は戦力の充実は急務だ。
(だとすると……)
「ん? どうやら迎えが来たみたいだよ」
その言葉で僕は王都から馬に乗った騎士達がこちらに向かって駆けてきているのを視界に捉える。大方僕に化けた無の神から無事に魔王を討伐したと聞いたのだろう。
「それで、あんたはどうするんだい?」
「そうだな……」
このまま姿を消して後でこっそりと無の神に合流してもいいのだが、今回はコンという人物が僕と別人であるということを周囲に知らしめる為にもそれは止めておこう。
「とりあえず招待にあずかるとしよう。今後のことも考えればバスティート王と会っておいた方が何かと好都合だろうしな」
「それは良かった。あんたが一体何者なのかまだ教えてもらってないし、その体や能力についても色々と調べたいからね」
「言っておくが俺はお前の研究の為の素材になるつもりはないし、なにより素性を教える気もないぞ」
純粋な好奇心に満ち溢れた目をこちらに向けてくるフローラはまさに研究者という言うべき存在なのだろう。もっともその浮かべた笑みなどが若干マッドサイエンティスト的な感じがしないでもないが。
そんな事を話している内に騎士達が到着して、事後処理を彼らに任せた僕とフローラは用意された馬に乗って王都へと向かっていくのだった。