第二十一話 火の魔法
火の魔法、確かに彼女はそう言った。手の甲に紋章などないというのに。
その事に驚きながら僕はすぐにそれでもダメだという事に気付く。
(勇者の力じゃないとしても魔法じゃあの障壁に遮断されるだけだ)
僕の無の魔法でもそうだったことを考えれば火の魔法でも結果は同じだろう。案の定、どこからともなく発生した炎はその障壁によって阻まれて敵の体には届かない。
だけどそんな事は関係ないというように、あるいは百も承知というように彼女はその炎を生み出すのを止めなかった。
「この火の魔法は私が認識し指定した射程内の地点に周囲の全てを燃やし尽くすまで決して消えない炎を発生させる。だから例え自分の身だけ障壁で守ったところで無駄なんだよ!」
その言葉に呼応するように炎は魔物達の間などから湧き出すように現れ、増殖するようにその勢いを増しながら周囲に襲い掛かっていく。
そして何度虹色の障壁に弾かれようとも諦める事を知らないかのように燃え盛り続けた。
あの虹色の障壁は魔物達の体を守るように展開されている。逆に言えばそれ以外の場所には張られてはいない。
だから何もない空間でその炎が生まれることは防げないし、勢いを増すその炎を押し留めることは出来ても消し去る事は出来ないでいる。
しかも、
(あれは……罅?)
いくら消そうとしてもそれこそ魔物達と同じように次々と産み落とされる炎は障壁を圧迫し続け、遂には限界を迎えたのか虹色の障壁に罅が入って来ていたのだ。
それは無の神が言っていた遮断し切れない魔力で押し切るという手段をまさに実践にしていた。
(だとすれば……)
「聞くが射程内から離れてもあの炎が消えることはないか? それと後何発ぐらい魔法は使える?」
「全てを一気に掻き消されでもしない限りあの炎は燃え続けるよ。それこそあの魔物達と同じ様にね。それと残りは三回が限界だね」
そこまで話したところであの亀は大きく息を吸い込んで口を開ける。その動作で次に何をしようとしているのか察した僕は急いでその場から安全圏まで距離を取る。この事態は警戒していたから特に焦ることもなく、だ。
そしてまたしても咆哮と衝撃波が周囲に放たれた結果、
「くそ、なんて威力だよ」
(流石にそれだと消え去るのか)
魔物達が全て吹き飛ばされる衝撃波をくらっては流石の炎も同じ運命を辿るしかなかったようだ。まるで海のように燃え盛っていた炎が完全に掻き消されてしまっている。草木が燃えて剥き出しになった地面だけがその残滓を感じさせた。
(だったら僕の取るべき行動は……)
「これからまた接近するからもう一度魔法を全力で頼む。」
「それは良いけど、何も対策しないと同じ結果になるだけだよ?」
「安心しろ。俺の考えが間違っていなければ次で終わる」
その言葉が終わると同時に僕は転移を使って魔王の背中に降り立つ。フローラが息を呑んで驚いているのが聞こえるがこの場合は仕方がないと思ってペナルティ覚悟の上の行動だ。
そしてそんな思いを抱いたまま全力を持ってその甲羅を踏みつけた。レベル600オーバーという常識外れの全身全霊の力を込めて。
その一撃によって水の魔王の甲羅は虹色の障壁ごと呆気なく砕け散り、地面まで見える大穴がその身体には出来上がる。
(全力だったとは言えここまでになるとは思わなかったな)
ちなみに水の魔王の咆哮以上の威力を持って発生するはずだった周囲への衝撃などの余波については前もって魔法で消し去ったので背中のフローラにも問題ない。
この攻撃は普通なら悪手だ。甲羅を破壊しても無駄に敵の増殖を促すだけだから。
でも、
「今だ!」
その瞬間に僕はフローラに命じる。ここで魔法を使えと。それで今の攻撃の意味が百八十度変わるはずだから。
「も、燃え尽くせ! 全燃全焼!」
そうして驚愕した様子のフローラによってまたしても火の魔法は発動し、先程を超える勢いで周囲の全てを燃やし尽くす炎がそこに生まれる。
しかも今度は魔王の体内にも、だ。
「ブオオオオオオオオ!!」
体の外と内を同時に焼かれては流石の魔王も悲鳴を上げて苦しみ出す。そして生まれた炎は次々と勢いを増して魔物達がいる方へと燃え広がって行った。
そうしてまたしても周囲も含めた全てで炎が燃え盛ったところで、フローラの為に安全な場所まで距離を取った僕は改めて全ての魔物に向けて弾かれるのを承知の上で魔法を放つ。
それも連続で何度も。
すると今度も虹色の障壁によって防がれる事となったが、四回目にしてその障壁の全てがまるでガラスが割れるような音を立てて砕け散っていた。
僕とフローラという二つの魔法の連続攻撃によって遂にその限界を迎えたのだ。
「ブオオオ!?」
その瞬間にまたしても水の魔王が咆える。どうやら幸運な事に障壁を砕かれたことによって何らかの反動が奴を襲っているらしい。
そして障壁が消え去った事で魔物達は燃え盛る炎から逃れる術はなくなった為にそれによって焼かれていく。
しかも焼け死んだ魔物達がカージと同じように血液から元に戻ろうとする状態の時でさえ炎は容赦なくそれらに襲い掛かりその全てを燃え散らしていった。
そして完全に燃え尽きたそれらが復活する様子はない。どうやら無の魔法でなくとも跡形もなく消滅させられれば復活は阻止できるらしい。
(やっぱりか)
前にカージで試した時と同じような結果になった事を確認しながら僕は自分の考えが間違っていなかった事を確信できた。
性格矯正の為の拷問のついでに僕のような魔法なしでもこういった相手にダメージを与えられないかと色々と試しておいて正解だったようだ。
(あの時はうっかり殺しかけてやり過ぎだったかと思ったけど、人生何が役に立つか分からないものだね)
それにこの炎が敵に効かないのならば無の神が役に立つとは言わないだろうという計算の元での行動だったが、その効果は思った以上のものだったらしい。
既に魔物の大半は焼け死に、魔王も苦しそうにしている姿を見て僕はそう思った。
と、そこで僕は背負っていたフローラを降ろす。
「ここなら大丈夫だとは思うが危ないと思ったらすぐに距離を取れ」
「って、あんたはどうするつもりなんだい?」
「俺は止めを刺しに行く。魔王があのまま素直にやられてくれるとは思えないからな」
普通に考えれば体の中から焼かれて咆哮も出来ずにいる状態で何かできるとは思えない。だけど相手は魔王なのだ。勇者と同じく普通であるはずがない。
だから敵が何かする前に仕留める。それはつまりこの燃え盛る炎の中に突っ込む事と同義なのだが、今の僕ならその程度の障害は問題ない。例え炎が燃え移っても魔法で消せばいいだけだし。
「それと念の為に討ち漏らしがないかそこで見ておいてくれ。もっともないとは思うがな」
「……燃え盛る炎なんて障害ですらないってか。わかった、後は頼んだよ」
その呆れの混じった言葉を背中に投げかけられながら僕は魔王の元へと向かう。すると、
「……どんな再生力だよ」
思っていた通りと言うべきなのか、魔王の体は炎で全身を内外から焼かれているというのに回復していっていたのだ。
恐らくは炎が与えるダメージなどよりも魔王の回復力が上回っているのだろう。流石は魔王、とんでもない生命力と回復力である。
「この感じだといずれは咆哮できるぐらいになりそうだな」
目の前に現れた僕を見て魔王は憎しみの籠った目で睨み付けて来たものの、かと言って何かを仕掛けてこようとはしなかった。
いや、その様子からしてまだそこまで回復出来ていないのだろう。でなければ目前に現れた僕を排除しない理由はない。
「これが魔王の一部ではなく本体だったのなら結果は違っていたのかもしれないね。それに少なくとも僕だけだったのならもっと苦戦していただろうし。でも」
そう語り掛けながら僕はボックス内からドラゴンファングを取り出す。それも可能な限り長くした身の丈以上の大きさのそれを両手で構え、
「今回はこちらの勝ちだ」
僕は全力を持ってその剣を振り降ろした。
その剣が地面に接触するかしないかのところで静止して数秒。魔王の体は縦に真っ二つにされて割れていく。その光景は山が崩れていくようにさえ見えた。
そうして一刀両断された水の魔王の体はカージと同じように崩壊して血となっていく。もっともその量は比較にならないほど大量だったが、それでも燃え盛る炎から逃れる事は出来ず、
「お疲れ様」
無の神の言葉と体に入ってくる力を感じて僕は燃え盛る炎の中、勝利を確信するのだった。




