第二十話 水の魔王
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
まず潰すべきは周囲の魔物達だ。あれを排除しない事にはいつまでも回復されてしまうだろうから。
僕は無の神を置いてその場から移動を開始する。一度の跳躍で王都の周りと囲む城壁を超えて、その外へと降り立ちながら止まることなくその敵へと走って迫っていく。
(魔物の方は光点が見られることから考えて触れなくても魔法で始末できるはず)
そんな考えから僕はその百体はいる魔物の群れの全てにロックオンすると、一気に魔法を使って排除しに掛かる。そしてそれが終わり次第魔王に接近して直接魔法を叩き込む。そのつもりだった。
だが魔法が発動する瞬間に突如として虹色の光がその魔物の体に展開されると魔法が効かずに弾かれてしまう。依然としてマップでの光点もステータスも隠されてはいないというのに。
「言い忘れていたけど水の魔王は障壁を展開してありとあらゆる魔力を遮断する能力を持っているわ。物理的には脆いけど魔力が使われた魔術などは一切通らなくなるわよ」
「魔法も魔力を消費するから遮断されるってことですか。だったら直接攻撃で壊すだけですよ」
「遮断しきれない魔力で押し切るって方法もあるけど、それだと尋常じゃない魔力を消費するだろうしそれが賢明ね」
頭の中に直接響いた無の神の言葉に、もはや「早く言え」という文句すら呆れて言う気も無くなった僕は適当な武器をその手に出現させると同時に次々と魔物に向かって投擲していく。
ロックオンはしてあるから狙い過たずにそれらは敵へと飛来することとなる。
そこでようやく魔王の傍まで接近することが出来たが、改めてその巨大さを思い知らされた。それこそ巨大な山が目の前にあるようで魔王が一歩進むだけで地面が大きく揺れている。
(だけどこれだけの大きさならこっちの動きに付いて来られないはず)
向こうからしたら蟻のような存在である僕が素早く攪乱するように動けば捉えられることはないのではないか。その考えは理論的に考えれば正しかったと思う。
もっとも魔王という化物相手に理論や常識が通じる訳がなかったのだけれど。
「ブオオオ!」
魔王は僕が接近した事に気付くとその口からこれまたとんでもない大きさの咆哮を上げる。そしてその衝撃は先程の比ではなく周囲の魔物を巻き込みながら僕の体にも襲いかかって来た。
咄嗟に踏ん張って堪えようとしたが、
「くっ!?」
レベルを制限していない状態だというのに僕の体はその場に留まる事が出来ずに背後に吹き飛ばされることとなる。前にメルが発生させた風の渦が軽く思える威力と圧力だ。
(こんなのが相手じゃ甚大な被害が出て当然だな)
敵わない、または倒せないとは思わないがそれでも強いという印象は拭えない。
しかもこれで一部なのだ。全力の魔王という存在は一体どれほどの強さを誇るのだろうかもはや想像もできない。
衝撃に地面が抉れ、そして砕かれ、周囲は見るも無残に荒れ果てている。だがそれらよりもなによりも目を見張った光景が、
「それはズルいって」
その衝撃波で水の魔王自身もダメージを負っていた事だ。どうやらあの咆哮は自らが耐えられるラインさえ超えた威力を乗せて放たれた物らしい。僕が堪えきれなかったのも納得だ。
本来ならそれは喜ぶべきことだろう。だがこの魔王に限って言えばダメージを与えることは避けなければならないのだ。現にそのダメージに応じて砕けた体の破片やまき散らされた血などから新たな魔物が生み出されてきている。
しかも今の衝撃で周囲にいた魔物が吹き飛ばされたのは良かったのだが、それらもゆっくりと復活していっているのだ。
魔王本体だけでなく回復役の魔物まで復活するとか本当に勘弁してもらいたい。魔物達のステータスにはそれらしきスキルはないというのに。
(剣で倒した魔物も復活してるみたいだし、魔王が何らかの手段を用いていると見るべきか)
自らの分身だから復活させるのも容易いとか本当に勘弁してほしい。これではいつまでたっても敵を掃討することが出来ないではないか。
「でも、だったら敵の頭を狙うだけだ」
僕は上に跳び上がると転移で魔王の甲羅の上に移動する。そしてその甲羅に手を当てて、
(仕留めた!)
魔法を発動した。全身を消されれば復活できないかもしれないし、仮に可能でもその時間は少なくともかなりのものとなるだろう。
それに例え最初の時のように分身体が集まって瞬時に復活しても問題ない。逆に言えばそれを繰り返せば周囲の魔物の数を一気に減らせるということでもあるのだから。
だから自傷する間も与えず魔法で本体だけを消し続けてやる、と考えていた僕だったけれど、
「くっ!?」
すぐに自分が失敗した事に気付いた。魔法自体は確かに発動していたし、触れた物体は消し去っている。だが消し去れたのは甲羅の一部分だけだったのだ。
確実に魔法は発動したし不発はあり得ない。そしてタイミング的にも敵には躱す暇も体の一部を分離する時間もなかったはずだ。
(どうして? ……まさか!)
そこで僕は魔物達が集まって形を成した時の事を思い出す。そしてすぐに残った甲羅に手を当てて魔法を発動するが、またしても一部だけしか消えなかった。
「まさかこいつは集合体なのか!」
その事実を悟った瞬間に魔王はまたしても咆える。またしても威力は強まっており、今度は魔王の体がバラバラに砕け散る程だ。当然その背中に乗っていた僕もその直撃を受けて遠くへと吹き飛ばされる。
「この状態で僅かだけど痛みがあるって事は相当な威力なんだろうな」
着地した僕はその威力の強さに内心で冷や汗を掻いていた。微々たるダメージが与えられたこと自体は問題ではない。
魔王がその衝撃波によってまたしても分身体を増やしている事が問題なのだ。
(くそ、これは不味いぞ)
魔法で魔物を一掃する事は出来ない。かと言って本体も体のそれぞれが別の独立した生命体なのか一気に消し去る事も不可能。
どちらも普通に倒しても意味がない以上は魔法で仕留める以外にないが、触れないと効かないとなると一気には無理だ。
(でも一気にやれないと分身体が増えて倒せない)
負けはしない。この魔王の自爆のような攻撃でさえ僕にはほとんどダメージが通らないのだ。それを思えば僕が負ける事は万に一つもない。
だけどだからと言って勝つ事も出来ないのもまた事実。いや、このままではこいつらが王都に辿り着いて被害が出ることを考えれば戦略的な意味では僕の敗けに等しいだろう。
「いや、まだ手はある」
僕は次に敵の頭部近くに転移するとその口を喉辺りに触れて魔法を発動。これであの咆哮を上げることはできないはず。
「何!?」
その隙にと思ったのだが、無残にも僕はまたしても咆哮による衝撃波によって吹き飛ばされてしまった。一体何が起こったのかと衝撃が来た亀の尻尾の方に回ってみると、
「そんなのありかよ……」
尻尾が出るべき場所にも何故か頭部があったのだ。ただの巨大な亀ではなく双頭の亀、それがこの水の魔王の正体だったらしい。
(同時に消すのは無理か。仮に転移を使っても二つの頭を潰すのは厳しいだろうな)
敵だってそれを警戒していない訳がない。あるいは亀のように片方だけ甲羅のようにしまわれたらそれまでだ。
そうして手間取っている内に周囲の分身体の数はドンドン増えていく。
ゴーレム達はいつの間にか引いてくれたから火に油を注ぐ事態にはなっていないが、これでは王都が対処できる数を超えるのも時間の問題だろう。
(これだと魔力の消費は度外視して押し切るしかないか?)
魔王がこれだけで終わる保証がない以上魔力は出来る限り温存しておきたかったがそうは言ってられないかもしれない。
「ちょっといいかしら?」
そこでまたしても頭の中で無の神の声が響く。
「何ですか? 今忙しんですけど」
「実はあなたの振りをして手出しをしないことは約束出来たんだけど、一人だけそっちに向かった人がいるの。まあ今回の場合は役に立つ人だから私も特に止めることなく見逃して上げたんだけど。何より面白そうだったし」
「最後の本音はともかくとしてその人は誰なんです?」
一旦魔王から距離を取って背後の王城を振り返る。すると確かに王城へと続く道の上に何者かの影があった。
目を凝らして見てみるとその人物は馬に乗ってこちらに走って来ているようだ。そして風にたなびくその白髪には見覚えがあった。
「念の為に聞いておきますけどあなたではないんですよね?」
「言われた通り今の私はあなたの姿をしているわよ」
だとしたら間違いない。僕は早く避難するように言う為に彼女の元へと向かった。
「お前はフローラだな。何をしに来た。早く王城に戻れ」
「あんたがコノハの言っていたコンって奴だね。手伝いに来たよ」
これまたこちらの発言を聞かない人の登場のようだ。
どうして僕はこうもこう言った人ばかりと関わることになるのだろう。ここまで来ると呪われているとしか思えない。
「相手が水の魔王で復活の能力があるなら私の力が役に立つ。ただ私はあんたと違って動きは速くない。だからあんたは私を抱えて敵から守るんだ。いいね?」
「……言っても聞かないか。わかった」
抵抗しても無駄に時間を消費するのは判り切っていたので僕はその提案を受け入れる。無の神の話でも彼女は何かこの状況を打破する手段を持っているようだったから。
すると彼女は馬を止めてその場に降り立つ。
「話が早いね。私の命をあんたに預けるんだから頼むよ」
そして馬の尻を叩いて王城の方へと逃がす。その速度が行きよりも数段早かったのはやはりあの馬もあれに向かうのは恐かったに違いない。
むしろよくここまで走って来られたというものだろう。
「背中に乗れ」
「なんだい、お姫様抱っこはしてくれないのかい?」
無言でさっさとしろという意思を示すとフローラはその後は何も言わずに背中に載って来た。最近人を抱える機会が増えていた所為かもはやこの感覚に慣れてきている自分が何となく嫌だ。
ちなみに何故この体勢を選んだかというと、これなら仮面が何らかの形で取れても顔がすぐに見られる事は防げるし、なにより敵の攻撃を僕の体で遮ることが出来る。
もっとも下手に衝撃波を受けた時点で彼女だけ粉々になりそうだからそんな危ない真似をする気は今のところはないが。
「言っとくけど私の本職は研究者。だから体の強度は一般人並だからそこのところはよろしく頼むよ」
「わかってる。それで何をするつもりだ?」
「私の唯一にして絶対の力を使うのさ。ただその為にはもう少し距離を詰める必要がある」
だからもっと近付けと。あの魔物の群れと巨大な魔王がいるあの場所へ。
「命知らずにも程があるな」
「単身で突っ込んでったあんたがそれを言うのかい?」
「俺は研究者と違って頑丈だからな」
そんな軽口を叩き合った後、僕は背中の彼女を抱えて魔王に向かって走り出す。
「言い忘れたがしっかり捕まってないと振り落とされるぞ」
そこでふと思い出した大事な忠告に対する返答はなかった。無視しているのではなく必死にこちらを掴んでくる力加減や息の呑み方からしてそれに答える余裕もないのだろう。それでも中断するように言わないのだから止まりはしない。
そしてある一定の距離まで来た時だった。彼女の魔力が背後で急速に高まったのは。そしてその感覚にはどこか覚えがある。そう、それは僕が魔法を使う時に感じるそれに似通っていたのだ。
「行くよ」
そしてそれは解き放たれた。
「火の魔法、全燃全焼!」