第十九話 亡霊
そうして到着したのはとある部屋だった。ちなみに入り口には見張りの騎士がいたので入室方法は窓からこっそり侵入である。
それも無の神の指示の元に張り巡らされた罠や監視の目を魔法で消去して。その甲斐もありまだ誰も僕達の事には気付いてはいないようだ。
(それにしてもここは第三王子部屋だよな?)
まさか彼が内通者だというのだろうか。いや、これまでの無の神の口ぶりからすると彼に何かが取り憑いていると見るべきか。
「その通り。ちなみに前にあなたがそれに気付かずに手を出したことが今回の騒動のそもそもの原因よ」
「僕の所為だって言うんですか?」
そもそもの話、今回の騒動の全容が掴めていないので原因と言われても実感が全く湧かない。一体何が問題だったというのだろうか。
「まあ、あのまま放置していれば取り憑いた魔族ごと王子は死んでいたことを考えれば別に悪い事だけではなかったと思うわよ。でも不用意に魔法を使って助けた事で魔王や魔族側にあなたという無の神から力を授かった存在がいることが間違いなく伝わったわ。今回の騒動はそれの確認をする為に向こうが仕掛けてきたのよ」
そう言いながら無の神は寝室に続くと思われる扉を開け放つ。こちらが質問をする間も中々与えてくれない。
そうして寝室の中に入るとベッドの上で本を読んでいた王子が何事かとこちらに視線を向けてきた。そして僕を見て一瞬だけ身を強張らせたが無の神の方を見るとその強張りも消える。
「あなたは風の勇者の弟のコノハ殿、ですよね。これは一体どういう事でしょうか?」
「申し訳ないですがのんびりと話している余裕はないんです。それと出来れば静かにしていてください。あなたの体に魔族が取り憑いていることが分かったのですぐにでも排除しなければならないので」
これは僕ではなく無の神のセリフだ。流石に人前だとちゃんと演技をしてくれるらしい。
「私に魔族が? ……それは本当ですか?」
「はい。と言っても死に掛けの魔族が残滓を取り憑かせた程度なので放っておいても問題はないですけどね。でも残っていると何があるか分からないのでこうして急いで消しに来たという訳です。ただ騒ぎになると面倒ですのでこうしてこっそりと、その除去ができる彼を連れて」
僕を置き去りにして勝手に話が進んでいく。とりあえず分かったのはカージが仕留めたと思っていた魔族が実は何かしていたということくらいか。
(よし、後であいつをその事で責めよう。八つ当たりも兼ねて)
そんな決定を心の中で下していると、無の神はすぐに終わるからと戸惑う王子を半ば強引に説得してこちらに向き直る。
「それで僕にどうしろと?」
「彼の体に触れて適当に魔法を発動させればいいわ。それで出てくるはずだから後はあなたがどうにかしなさい」
小声で交わされた会話はそれで終わり僕は王子に歩み寄るとその体に手を当ててみる。そして言われた通りHPもほんの少しだけ減らすようにして魔法を発動しようとした瞬間、黒い靄が王子の体から湧き出ると空中の一ヶ所で集まっていく。
もっとも前の時違ってその靄の量は少なく、それが集まっても魔族の形を成すことはなかったが。
どうやら本当に消えかけらしく形を成すこともできないらしい。
実体があるかわからなかったので試しに風属性の付いたクリスタルソードで一閃すると、小さな断末魔の悲鳴を発しながらその靄は掻き消えていく。なんとも拍子抜けする終わりだった。
「……ほ、本当に魔族が体内に潜んでいたのですね。全く気付けませんでした」
第三王子は今の光景を見てこちらの言っていることが嘘ではないとわかってくれたようだ。先程までの懐疑的な表情が打って変わって驚きの色で染められている。
「恐らくは死にかけた魔族が最後の力を振り絞って自らの欠片を傷ついて取り憑き易かったあなたに残そうとしたのでしょうね。ですがこれでもう内通者はいなくなったから安心して体を休めますよ。敵は僕達でどうにかしますし、王様達には僕達の方から報告しておきますから」
「お心遣い感謝します。それと先程は疑ってしまい申し訳ありませんでした」
「気にしないでください。それでは先を急ぎますので失礼しますね」
そうして演技を続ける無の神に付いて行く形で僕達はその部屋を去って行った。
また窓を使ってだ。
「これで内通者はいなくなったと思っていいんですね?」
「ええ、そうよ。もっとも新たな奴が送り込まれるまではって条件は付くけどね」
次はどこに向かっているのかを告げることなく王城内を堂々と進んでいく無の神の後を追いながら僕は質問を投げかける。
「それで今回の一件に僕の責任があるっていうのはどういう事なんですか?」
「さっき言った通りよ。水の従者が仕留め損なった所為で魔族の欠片が王子の体に残っていた。そしてあなたが魔法を使って王子を治療したことで向こうに気付かれたのよ。私の、無の神に力を与えられた存在が遂に現れたって事がね」
確かにそれで気付かれたのならばそれは僕の責任としか言いようがない。仕方がなかったとは言え注意不足だったようだ。
「それでどうして魔王達は僕を狙うんです?」
「それは簡単な話よ。私は厳密にはどちらの陣営にも属していないの。いいえ、属せないと言うべきでしょうね。そしてそれが意味するところは場合によっては魔王側に付くこともできるってこと。仮にもしそうなれば魔王達が勝つ可能性はグンと高まるでしょうね。それを向こうが放置しておく訳がないでしょう?」
無の神の話では神と魔王は表裏とのこと。そしてこれまで口振りから察するに神と魔王にもそこまで大きな力の差があるとは思えないし、八対八では拮抗しているのではないだろうか。
でもそこに無の神という存在が加わることによって状況は一変する。加わった側が大きくリードする形で。
(そう考えればこれまで勇者側が勝利し続けてきたことにも説明がつくな)
常に無の神というたった一つのプラス要素が神側にあったと考えれば勝利し続けた理由になる。と言うかそうでなければ常に勝利することなどまず不可能だろう。
少なくとも拮抗していればどちらに転んでもおかしくないはずだし。
「その考えは正解よ。ちなみに私が実際に手を出すことはなかったけど、それでもいざという時に私がいるという点で神側はこれまで有利だったわけ」
神側は最悪引き分けでもいいのだからそれはそうだろう。
「まあ詳しい話は後でまとめてしてあげる。それより今は敵について集中した方がいいわよ。言っておくけど私は援護とか一切する気はないから」
無責任ここに極まれだが何を言っても無駄なのは分かり切っているのでどうしようもない。だからここは自分の力だけでどうにかするしかないだろう。
そうして次に到着したのはなんと王城の中で最も高い場所。それも本当の物理的な意味で。
「それでこんな場所で次は何をするんです?」
最も高い位置にあるのは王の私室だっただろうか。分からないが僕達はその何らかの部屋の屋根の上に立っていた。そう、本来なら立ち入るべきところではないその場所で。
「これだけ見晴らしが良ければ見えるはずよ、あなたにも」
そう言ってある方向を指差す無の神。なので僕はそちらを見て目を凝らしてみる。レベルによって強化された視界は遥か遠くまで見通すことができ、そして僕はそれを見つけた。
「あれは例の魔物の群れですか?」
大群を為して王都へとゆっくりと迫ってくる魔物達。言葉で聞くのと実際に見るのとでは印象にかなりの違いはあるものの、それでもやはり王都を落とせるとは思えなかった。
(あの中に上級魔族でもいるのか?)
これまでで一番強い敵だと中級魔族以上のはず。そう思って肉眼でも探してみたがどこにもそれらしき奴は見当たらないし、ステータスが読み取れない奴も存在しない。
と、その時だった。急に魔物達がその足を止めたのは。
「うふふ、私達が見ていることに気付いたみたいよ。だとしたらそろそろ出てくるかしら」
嬉しそうに笑う無の神は僕の外見や声をしていることもあって不気味だった。もっとも恐らくは外見が別の人物であっても不気味さに陰りはなかっただろうが。
そんな風に突然静止した魔物の群れを眺めている時だった。
「な、何だ?」
急に魔物達の肉体が膨張したと思ったら破裂し始める。まるで水風船が圧力に耐え切れなくなった時のように、周囲に大量の血と肉片を撒き散らしながら。
慌てて確認してみたがマップでも光点が無くなっていることから幻覚ではない。あれは間違いなく死んでいる。
(何が目的なんだ?)
そんな風に戸惑っている内に魔物達はどんどん破裂していき、そして遂には最後の一体も自らの血を撒き散らして死に至る。その光景は血の海とも言うべきもので、血の臭いがまだ距離のあるここまで届いてくる程だった。
その血の海だったが、それが震えたと思った瞬間に宙へと浮き上がり一つに集まっていく。その光景に似ているものとして挙げるならばカージが復活する時だろうか。
「まさか……」
その予想通りに大量の血と肉片は空中の一点に集まるとやがては形を成していく。徐々に大きくなっていくそれの形は甲羅があることもありまるで亀のようだった。
もっともそのサイズはデカいとかいうレベルではなかったが。明らかに肉片の量の数倍、数十倍の大きさはある。それこそ小さな山が突如として目の前に現れたかのようにその亀の肉体はその場に立ちはだかっているのだ。
そのステータスの見えない亀はこちらを見つめながらゆっくりと咆える。その低い咆哮だけで空気が震えるビリビリとした衝撃が届くのだから馬鹿げていた。
(周囲の木々も吹っ飛ぶってどんだけだよ)
ただの咆哮でこれである。しかも一歩前にゆっくりと足を踏み出すだけで地震のように地面が震動して、更にはその踏み出した足付近の地面には亀裂が走っていた。
戦隊物の怪獣かよ、と言いたくなる規格外のサイズだ。こっちにはそれに対抗する合体ロボットなどないというのに。
「あれは何です?」
あれが上級魔族だとは思えない。発するオーラから考えてもっと格上の存在である気がする。と言うかあれで上級魔族だと魔王はどんな化物だというのか。
「あれは水の魔王よ。もっとも完全に復活はしていないし、あれもあくまでその一部のようだけど」
上級魔族ではなかったことを喜ぶべきなのか、それともあれでまた一部であることを嘆くべきなのか微妙なところだ。
いや、前者だとそれより格上の奴がまだゴロゴロいることになるし、後者でも本体はもっと強くて大きいということになるのか。
(何にせよ僕がやるしかないんだよな)
幸い魔王改め亀の移動スピードは遅い。一歩一歩は体のサイズもあって大きいものの、それでも途轍もなくゆっくり足を出しているのでそこまでペースは速くないのだ。
と、その時だった。王都の周りを飛んでいたゴーレムが急に魔王に向かって飛ぶのと同時に火や水の塊を放出したのは。あれらのゴーレムは簡単な魔術を放てるのだろうか。
そしてそれらの弾幕は一斉に魔王に襲い掛かり、何の抵抗もなく魔王の体に着弾した。爆発や衝撃波によって魔王の体はドンドンと削られていく。
ステータスを見えないので所為か正確には分からないが苦悶の声を上げてもいるし、かなり効いてはいるみたいだ。
これなら僕が手を出す必要はないのではないか。そう思ったがそれは間違いだったという事はすぐに判明する。
「あれは……」
何故なら砕けた甲羅の破片や噴きだした血などが地面に落ちると同時に形を変えてまた魔物に姿となったからだ。そして魔王自身の傷もあっという間に塞がっていく。
「生半可な攻撃は数を増やすだけなのにね。それに分身体がいると重症の時にはそれを取り込んで回復するから下手な攻撃は逆効果なのに」
「出来ればそういう事はもっと早く言ってくれませんかね?」
つまり今の攻撃は敵にとっての回復薬を作り出したに過ぎないという事ではないか。しかも出現の仕方から考えるに欠片でも残すと分身体を使って復活しかねない。
やるなら圧倒的な火力などを持って欠片も残さずに仕留めるしかない訳だ。
(あるいは僕の魔法みたいな特殊な力を持って、か)
でもその前にやらなければならないことがある。
「僕はこのままあいつを倒しに向かいますから、後の事は任せていいですか?」
「いいけど、何をして欲しいの?」
そこで僕は王に頼んで誰も手出ししないようにすることなどを伝えるように頼む。
「ゴーレムでも他の勇者の仲間でも下手に手出しをされると邪魔になるだけだからですよ。何より一部とは言え魔王相手に足手まといを連れて戦うなんてしたくありませんからね」
だからこうして彼らにも手出しをしないようにお願いをするという訳だ。
それにこの機会を使って僕とコンが別人であるという事を王達にも見せておこう。後々疑われるのを防ぐためにも。
「それとメルのフォローもお願いします。僕とコンが同時に存在しているのを知ったら動揺するかもしれませんし」
「わかったわ。ああそうだ。魔王相手にも直接触れないと勇者の力は通じないからそのつもりで頑張ってね」
「だからそういう事はもっと早くに言ってくれませんか?」
もはや姉に近いこの人のこういう性格にも慣れて来たので動揺はしなかったが、それでも呆れる事だけは止められない僕だった。
今年最後の更新となると思います。
来年もよろしくお願いします。