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第十五話 レベル上げ

「で、なんでこんなところに連れ出される事になったんですか?」

「この迷宮ほど監視の目から逃れられる場所が他にないからだよ。それが敵の神殿ってところは皮肉な話だがな」


 あれから僕はすぐに師匠に連れられて飛空艇内に未だに設置されたままの入り口を潜って迷宮の中に来ていた。今回はミーティアやメル、それとオルトも連れてだ。


 この人達は既にあの部屋での会話を知っている。というか師匠に頼んで交信石で会話を聞いておくように指示を伝えておいたのだ。


 懐に入れておけば近い距離での会話なら石は聞きとってくれるのを利用した形である。


「今頃は雷の一派と王家で土の魔王についての対策会議がされているはずだ。その結論が伝えられる前にお前達は自分達で結論を出しておけ。まずあり得ないとは思うが、万が一の確率で王家がそこの子供二人を切り捨てた時の事も考えてな」


 その為に誰も盗聴や監視が可能となる魔術が掛けられないこの場所に来たのだと師匠は付け足す。


 確かに僕の魔法が通じなかった事からも分かる通りここの施設に魔術がほとんど効かない。更に効いても短時間でその効果が無効化されてしまうのだ。


 壁が自動的に修復される事から何らかの自浄作用が働いているのだろう。

 だからここでは盗聴などの恐れもないという訳である。だからこそカージの時もここを選んだのだった。


「バスティート王ならそんなバカな決断はしないと思いますけど、仮にそうなったらこんな国には見切りをつけて去るだけですよ。それでここと隣国以外で力を貸してくれそうな場所に身を移します」


 それでいいかと皆に確認して反対する者がいない。


 メルは嬉しさを表すように笑顔で尻尾をブンブン振り回しているおり、オルトも申し訳なさそうだが同時にホッとしたような表情をしていてミーティアも頷いて同意を示していた。


「ついでのその時はカージも連れて行かせて貰いましょうか。僕達を裏切った王家に対する罰って事で。なんなら師匠もどうですか?」

「ははっ! お前にとっては一つの国が敵に回るなんざたいした事ねえってか。その上で俺まで口説こうたあ頼もしい限りだぜ」


 一頻り笑った後に師匠は「その時は俺もこの国には愛想を尽かすだろうから頼むかな」と僕の誘いに乗り気なような発言をしていた。


 これで仮にそうなったら王家は現在の客人の大半を失う事になる。その状況はどちらにとっても良いとは言えない事なので王家の人達が愚か者でない事を祈る限りだ。


「まあ覚悟が出来ているのならなによりだ。俺としてもお前みたいに可愛げのない奴ならともかく孫と齢の近いこいつらが連れて行かれるとこなんて見たかねえしな」


 そう言いながら師匠はメルとオルトの頭を撫でるその目にどこか優しげな光が灯っているからだろうか。


 あまり人に触れられる事が好きではないメルもその手から逃げる事はなかった。オルトも照れくさそうにしながらも逃げてはいない。


「そう言えば師匠の家族はどうしてるんですか?」

「嫁は遥か昔に先立ってるし、二人の倅は故郷でそれぞれの家族を作って暮らしてるよ。だから俺はこうして自由気ままにやってられるって訳さ。もっともその所為で孫に会えるのは一年に一回ってところなのが玉に傷だがな」


 あるいは師匠はメルとオルトにその孫の影を重ねたのかもしれない。だからこそ鍛える事に積極的だったのではと僕は考えた。もっともだからどうするという事はないのだが。


「そんな事よりもだ。折角丁度いい敵が大量に居る場所に来たんだ。その上全員の基礎がしっかりと固まっていい具合になって来てる。となればやる事は一つだろう?」


 奥さんが亡くなっているというものと孫に会えないという発言で湿っぽくなり掛けた空気を振り払うように明るい声で師匠は続いて言葉を紡ぐ。


 その意図を察したのか周りの皆はその発言に頷いたり返事をしたりで了承の意を返していた。僕以外が、という言葉がその前に付くが。


「えーと、何をやるんですかね?」

「……まさかと思うけど本当にわからないの?」


 ミーティアが呆れた様子でこちらを見て来るが分からない以上は素直に頷くしかない。下手に知ったかぶりなどしても後で後悔する事になりかねないし。


「やっぱり兄ちゃんって変わってるよな。物知りなくせに妙なとこだけ抜けてるし」

「そ、そんな事言ったら失礼だよ。オルト」


 メルも精一杯フォローしてくれたようとしたみたいだが、それでも抜けているという点は否定しきれなかったようだ。

 それだけで相当間抜けなことを言っているのがわかる。


「基礎、つまりは大きな力を受け入れる為の土台が出来上がったんだぞ。ここまで言えば判るだろう?」

「……次はその作り上げた土台に物を乗せて行くってことですね」

「その通り」


 それは要するにレベル上げをするということだろう。もちろんそれは僕にしかわからない表現だしこの世界では別の表現をされるだろうが、遂にその時が来たようだ。


 ミーティアの話だと下手に技術を身に着ける前に力を手に入れるのは良くないという話だったからここまではやらなかったがそろそろその時間も終わりが近づいてきたようである。


「お前と俺がいれば多少の怪我は問題ないからな。それに今回の一件のこともあるしメルのお嬢ちゃんはともかく残り二人は少しでも力を付けておいた方が良い。いざという時の為にな」

「わかりました。そういう事なら早速取掛りましょう」


 こうして僕達はレベル上げを開始することとなった。





 基本的にレベル上げを行うのはミーティアとオルトの二人だ。その理由は単に僕とメルはこの迷宮程度の魔物を倒しても大して経験値が手に入らないからである。


 今回は手っ取り早い方法を選択したので第八階層まで突き進んだ後に、そこに居るマーダーゾンビの大群と体力の持つ限り連戦という方法を取ることとなった。


 それはレベル上げをすると同時にスタミナの保ち方や疲労した時にどうやって戦うかを自ら見つけ出す為でもある。


 もっともオルトに関しては魔術が使えないのでそのままでは物理攻撃しかない。それではマーダーゾンビは倒せないためにある武器を渡すことでその点はどうにかした。


「あんな物を持ってるなんてやっぱりお前はとんでもないな。ああいう特殊な装備は一点物だろうに」

「それはどうも、とでも言っておけばいいんですかね」

「誉めてねえよ」

「わかってますよ」


 そんな会話をしながら僕と師匠は必死に戦うオルトとミーティアを近くに座って見守っていた。状態異常になった時にはすぐに回復させながら何かあったらすぐに助ける為に。


 ちなみにメルには一気にミーティア達に魔物が襲い掛からないように足止めをしてもらっている。

 最初の内は近付く魔物をある程度まで弱らせることもしてもらいながら。


(オルト達も最初は手古摺ってたみたいだけど、今は慣れたのか良い感じだな)


 初めの内は敵の方のレベルが高いこともあって何度か攻撃も受けていたが今ではかすりもしなくなっている。それだけ二人も強くなったということだろう。


 オルトが振るっている剣は火のクリスタルソードという武器だ。文字通り火属性が付加されており倒された魔物は燃え死ぬし、斬りつけられた部分は斬れると同時に焼ける。


 これが出来上がる工程は以下の通り。


 まずはロングソード作成時の素材をクリスタルに変えてクリスタルソードというロングソードの亜種を作成する事に成功。


 それと同時にレシピも入手できたのでクリスタルゴーレムを倒しまくって手に入れた素材を使ってそれを量産。


 そしてエディット機能を使えるようになった時に属性付加が選択可能だったのでやってみた結果があれだ。


 もっとも属性付加と言っても僕が使える魔術に限るので今のところは風か火の二種類しかできないし、ロングソードではそもそも属性付加のコマンドがなかったことから元から不可能な装備もあるのだろう。


 その上装備によって込められる属性効果にも上限があるようだった。


(単純な攻撃力自体はクリスタルソードの方がロングソードよりも圧倒的に劣るし、あれは元から属性を付加させるようになってたんだろうな)


 ミーティアが水魔術で動きを止めた相手にオルトがその剣で斬りつけると見事に真っ二つになるが、あそこまで上手く行くのは相手が体の崩壊しかかっているゾンビ相手だからに違いない。


 これが鎧などの装備を身に着けた騎士相手だと多分弾かれるのがオチだ。その際に多少熱を与えられるかもしれないが、それだけでは決定打にならないことだろう。


 現に三十体近くのマーダーゾンビを斬ったクリスタルソードは目に見えないものの損傷率がそこそこの値まで高まって来ている。

 強度的にも限界上げても問題があるのでこれは特殊な相手の時の装備にするしかないようだ。


 壊れても同じ物が腐る程作れるので別に構わないが一点物と言われる武器をポンポン出すのはよろしくないと判断して僕はある程度になったら損傷を魔法で無くしてあげる。


 これで新品同然に元通りで問題はない。

 相変わらずな魔法の常識外れの性能以外は。


「それにしてもどうして魔物を倒す前にあれだけの鍛錬を積む必要があるんですか? どうせならある程度力を付けてからでも良いと思うんですけど」


 前にミーティアが言っていたこともわかるが、力を身に付けた後に技術を覚えるという手段もなくはないと思う。


 何故ならそっちの方が安全面では良いと思うからだ。レベルを高めておけばそれだけHPやMPの量も増える訳だし。


「残念ながらそれが出来るのは限られたごく一部のセンスの飛び抜けてる奴、要するに天才達だけなんだよ。その他大勢の凡人は一度強い力を身に着けちまうと全てをそれ任せにしちまって必要な技術が身に付かないのさ」


 例えばミーティアがよく僕を投げていたがあれも強い力があれば技術なんて特に必要ない。何故なら力任せに投げればいいだけだからだ。


 それ以外の体術でも同じことが言える。そして一度素人が強い力を身に着けるとそれだけに頼った動きをしてしまい、次第にそれが体に染みついて行く。


 そうなった後に矯正するのはかなり難しいことなのだとか。それこそ師匠の言うところのセンスのある天才でもなければ。


(言われてみれば確かに僕みたいにレベルを好きに調整できる人は稀だろうしなあ)


 というか皆無に違いにない。これは神の力を授かったからこそできる恩恵なのだから他の人が同じことが可能だとは思えない。


「なまじ力が強いと大抵の事が力任せに出来ちまう。ただそうなるとある一定以上から上には決して行けなくなっちまうのさ。だから長期的事を考えるのならばまずは基礎的な技術をしっかりさせるのさ。無論の事ある程度の力は必要だからそこはバランスを見る必要もあるがな」


 ミーティアは当然の事ながらオルトも親兄弟に鍛えられていたこともあって基礎は中々のものだったらしい。


 その上で旅の道中にはミーティアに、ここでは師匠や騎士達に鍛えられてみるみる伸びていったらしい。薄くても獣人の血が入っている所為かそういった点での筋はかなり良いみたいだし。


 むしろ筋という面では僕が一番ないと言われているのである。

 流石は凡人というべきか、勇者としての力を抜くと実力どころか才能という意味でもの中でも一番下のようだ。


「さてと、そろそろ休憩にするかな」


 ミーティアが自らの水魔術で属性を付加したナイフでの一撃で敵の首を刈り取ったところで師匠は手を二人とゾンビの間の方に翳す。


 すると突如として床から水があふれるように発生してゾンビ側だけに向かって流れていった。殺さないように手加減しまま敵を押し流しているらしい。


「メル、お願い」

「わかりました!」


 その言葉に反応したメルは押し流されて一ヶ所に固まったゾンビの群れに向かって風の魔術を使うと目に見えない風の檻がゾンビの周りに出来上がる。


 そしてメルは中にいるゾンビごと檻を空中に浮かび上がらせるとそのまま階下へ続く扉を通過して下の階層へと移動させていった。前のカージの時と同じやり方で。


 殺さない限りは新たに魔物が現れることはないのでこれで出入口さえ魔術で塞げば安全地帯の出来上がりという訳だ。


「二人ともお疲れ様」


 僕はヘトヘトで声も出せない様子の二人に声をかけながら疲労回復効果を高めた回復薬を手渡す。


「ふう、ありがと」

「あー生き返るー」


 それを呷るように飲んで体力と疲労が回復したオルトがオヤジのような声を上げながら床に寝転がる。


 生き返ったという割にはなんともだらしない格好だった。もっともミーティアもそんな恰好はしていないものの疲れが抜け切らないようだし、ステータス的にはほぼ万全の状態なのだがそれでもまだ怠いのだろうか。


(まあこれだけ急激にレベルが上がればそうなっても仕方ないのかな)


 現在の二人のレベルはミーティアが57でオルトが46となっている。これだけ一気に上がれば体の方がそれに慣れるまで時間がかかってもおかしくはないのかもしれない。


 その他にもオルトは『剣術・初級』と『基礎体術・中級』のスキルを、ミーティアは『水属性魔術・中級』新たに手に入れている。


 これぐらいのレベルとスキルがあるのなら次はこの迷宮内では最強の相手であるクリスタルゴーレムでも問題ないかもしれない。

 現に少数になるように調整していたとは言えレベル50前後のマーダーゾンビを倒せるだけの実力は二人とも既に手に入れたのだから。


「この調子で普段の鍛錬も続けながら魔物狩りで力も付けていくといい。クリスタルゴーレム相手に楽勝できるようになったらここよりも強い魔物がいる狩場に場所を移してな。もっとも初めはその狩場を見つけるところから始める必要はあるだろうが」


 ここら一帯の魔物の強さはマーダーゾンビなどよりも低い奴しかいないし、そもそも王都の魔物除けが効果を発揮している限り近場に魔物が寄り付くことがない。

 しかも魔王の復活がなければ魔物はかなり弱体化するのだ。


(雑魚しかいないと安全な代わりにレベル上げには苦労するってことかな?)


 従って通常時は騎士などがこうやってレベル上げをするのにも遠征を行う必要があるらしい。

 強過ぎず、かと言って弱過ぎない丁度いい魔物が多数生息している危険が少ない場所という中々に難しい条件の場所へと。


 その面から考えると、この迷宮は騎士にとっても手応えがあると同時に強過ぎない魔物が揃っているからレベル上げには最適だろう。場所も今はかなりの近場にある訳だし。


 僕が提供した装備もあることだし、近い内に少なくとも王都にいる騎士達のレベルは底上げされることだろう。


「ところで今回僕は外された訳ですけど、これに参加しなくていいってことですか?」

「お前は神から妙な力を貰ってるだろうが。それにそうじゃなくても基礎的な面でお前はまだまだだっての」


 つい最近になって『基礎体術・初級』を手に入れた身なのでそれに反論する事はできなかった。


 そこで階下の扉を潜ってカージがやって来る。どうやら向こうで動きがあったらしい。


 それを聞き終えた僕はすぐにカージを帰す。継続して動向を見守り何かあればまた報告するように言いつけて。


「どうだったの?」

「心配していた事態にはなっていないみたいだよ。でも今回の件で王様から話があるってさ」


 カージから聞いた報告の内容を簡潔に伝えるとミーティアはホッと息を吐いていた。


 僕としても厄介な事態にならないのは歓迎なのでその気持ちはよくわかるというものだ。


「それにしてもやっぱりまだ慣れないわね」

「それはカージの事だよね?」


 だからこそすぐに彼を帰したのだった。一応は対面させて上下関係ははっきりさせてあるが、それでもミーティアはまだ苦手意識を消せていないようだったから。


「まあね。私からしたらあの男が私に対して敬語を使うのも、こうして下っ端のように扱き使われているのも信じられないことだもの」


 自分を奴隷紋で支配していた人間がいきなり下の立場になった上に(へりくだ)っているのだ。さぞかし複雑な心境なことだろう。


「なんなら仕返しする? 死なないからやろうと思えば好きなだけ痛めつけられるけど」

「それは止めておくわ。恨みがない訳じゃないけど、今更それを返したところでどうしようもないもの。あ、でもオルトに人体の急所を攻撃させる練習相手には丁度いいかもしれないわね」

「いや姉ちゃん、流石にそれは嫌だぜ。てか修行ってより拷問だし、それ」


 冗談よと言って笑うミーティアを見ながら僕は安堵していた。


 どうやら完全に吹っ切った訳ではないが、それでも前のように絶対的な恐怖の対象ではなくなったのだから。この調子ならきっと時間は掛かるかもしれないが、やがては完全に乗り切れることだろう。


「さてと、それじゃあ王様と話をしなきゃいけないしそろそろ戻るよ。メルは進路を塞ぐ魔物の排除を頼んでいいかな?」

「はい! もちろんです!」

「こりゃ階下の魔物は悲惨だな」

「てか全滅させる気がするのは俺だけ?」

「安心して。私もオルトと同じ意見だから」


 僕に頼まれたからか、それともずっとフォローのしっ放しでストレスが溜まっていたのかはわからないが張り切るメルの前に敵は居らず、僕達は何の苦労もなく迷宮を後にしていった。

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