第十四話 人質交換
部屋に入ってきたその人物は王女までいることに驚いたのか少し目を見開いたが、すぐに平静を取り戻すと挨拶をしてくる。
それもこちらの礼儀作用に詳しくない僕から見ても綺麗だと思えるしっかりとした礼をしながら。
「お初にお目にかかりますユーティリア王女。私の名はコーネリアス・マーズブルク。マーズブルグ公爵家の三男であり、同時に雷の勇者の一派に所属する者です」
それに対してこれまた僕には出来ないような綺麗な礼をしながら返事と自己紹介をするユーティリアを見ながら僕は確かに相手のその手の甲には紫色の例の紋章があることを確認する。
(隣国の公爵家の息子にして紋章持ちか。これまた凄い相手が来たな)
しかもその背後にいる二人の内の男性の方にも紫色の紋章があった。どうやら雷の勇者は紋章持ちを二人も差し向けてきたらしい。それだけでも向こうの本気度がわかるというものだろう。
「紹介が遅れましたが後ろの二人も私と同じ雷の一派に所属する者達です。紋章持ちの男の方がヒューリで、もう片方がイザベラと言います」
その紹介に合わせて背後の二人も一礼する中で改めて確認してみたが、三人ともステータスが把握できない。
大方紋章が体にないイザベラという女性も例の紋章を象ったネックレスを付けているといったところだろうか。
「それでそちらの方が風の勇者の弟というコノハ殿に間違いないでしょうか?」
「ええ、よろしくお願いします」
そう言いながら手を差し伸べてまずはコーネリアスと握手をしてみる。
だけどそれでもステータスは見えないところからして装備かスキルに『隠蔽』系の何かがあるのは間違いないだろう。
(……どうやらこれまた食えない相手みたいだな)
そこで僕はログに『正体不明の攻撃を抵抗した』という一文が現れている事に気が付いて気を引き締めた。
どんな攻撃なのか、それを仕掛けてき人物もログには書かれてはいないがこの状況から考えれば答えは一つしかない。人の事を言えた立場ではないが彼も握手に乗じて何か仕掛けて来ていたようだ。
念の為にレベルを高めにしておいて正解だったと言うべきだろう。
(ここは油断させる為にもあえて気付いていない振りをするか)
相手に悟らせない為にも僕はその後に何の警戒もしていない振りをして背後の二人とも握手をしながら挨拶をしてみた。
そしてそこでもステータスが見えないところから察するにステータスを見えなくしているのはスキルではなく装備だと僕は推測する。
その理由は単純に同じ紋章持ちのメルやカージが『隠蔽』系のスキルを神から与えられてはいない事などから、目の前の三人全員がそれ系統のスキルを偶然持っているとは考え辛いからだ。
(だとするといざという時は装備を剥せばいいのかな?)
もっとも記憶を消せない相手だとそれを実行するのはかなり危ない橋を渡るということでもある。だから今の段階ではそんな強硬手段に出る気は更々ないのだった。
そうして挨拶を終えた僕達はテーブルを挟んで席に着いてレイナさんに用意してもらった紅茶を嗜む。
その紅茶の味自体とてもおいしかったのだが、お互いに探り合いの会話をしながらのお茶会となったので心を休める事は出来なかったのは残念でならない。
「それでは風の勇者である姉君の指示でコノハ殿は動いていると?」
「常にそうだという訳ではありませんが、重要な事ではそうなる場合が多いですね。もっとも姉がどうしてそんな指示を出して来るのかの理由は教えて貰えないので、僕は何もわからずに良いように使われているようなものですけど」
「なるほど。つまり例の件でこちら側と対立したのはその姉君の指示に従ったから。そしてその理由については知らないと考えてもよろしいですね?」
「ええ、その通りです。ちなみに僕が知っているそちらの理由は神託が下ったからだと聞いています。あの二人が世界に災いを為すとか何とか」
前置きから徐々にその本題と言うべき話題に移っていくにつれて空気が冷えていくのがわかる。
そして向こうも譲る気がないのがその表情だけでわかるというものだ。
「それが分かっているのなら話は早い……と言いたいところですが、その本題に移る前に魔族や魔王についての情報交換だけは行っておきませんか? ある一点において我々は対立していますが、それでも共通の敵について互いの理解を深めておくのはどちらにとっても損はないでしょう」
「それは構いませんけど、僕が知っていることはそう多くはないですよ」
「こちらも似たようなものですよ。とは言えそちらは最近魔族が襲撃してきたと言う話を聞いていますし、そいつがどんな能力を持っていたのかなどを教えて貰えると助かるのですが」
念の為にユーティリアに許可を取った後に僕は飛空艇で起こった大まかな説明をする。そこで現れた魔族が『憑依』する能力を持っていた事なども含めて。
その代わりという訳ではないがコーネリアスの方でも不穏な影が動いている気配があるなどの情報を教えてもらった。
その中で特に興味深いというか重要だったのは土の魔王と思われる存在が復活した兆候がつい先日に発見されたというものだ。
極秘にするように念押しされたその内容はなんでもここから遠い北の辺境の地で巨大な魔力の反応が生まれると同時にその地域の魔物がこれまでにないほどに凶暴化をしているのだとか。そしてそれこそが魔王が復活した兆候という事らしい
「伝承に依れば多くの魔王は復活を果たしても万全の状態である事は滅多になく、その為にすぐに姿を現さずに神殿の一つを己の居城として、その奥深くに留まり力を蓄えるとされています。そして凶暴化した魔物はその為に贄を手に入れる為に働くのだとか。ですから完全に力を取り戻す前に叩くのが最善の方法なのですが、その為にはまず居城の位置を特定する必要があるのです」
だからその神殿もとい居城について何か知っていることはないかと尋ねられたが本当に知らないで首を横に振ることしかできなかった。
そもそも土の魔王が復活した事も初耳なのだから知っている訳がないのだから。
「完全に力を取り戻した魔王はやっぱり外に出て来るんですかね?」
「それは個体によってまちまちのようです。中には最後まで引き籠っていた魔王もいたようですし。ですがそして出てきた時の魔王の強さは凄まじいらしく、伝承では複数の勇者が対処に当たらざるを得なかったこともあるのだか。しかもそれでも多くの戦死者が出て周囲諸国の被害も途轍もないものだったようです」
つまり魔王が復活してしまったのならば完全に力を取り戻す前に叩いておかなければならないという事に他ならない。
そんな規格外なのがポンポン出現するとは思えないが、それでも一体ならともかく複数体が同時に現れでもしたら世界が本当に終わりかねないだろう。
僕にしてみたってそんな勇者という化物すら超えた化物なんかと戦いたくはないし。
そう言った意味では僕が闇の神殿を一つ確保したことは大変大きな意味があるのだとか。これで少なくとも闇の魔王の復活はかなり遅れるはずだからとのこと。
「今回のように複数の魔王に復活の兆しがある場合は復活の為の神殿を封じることも非常に重要になってきます。それらを放置しておくと魔王達が同時に表に出てくる可能性が高まりますからね」
それは人類側にとって何としてでも避けなければならない事態だからこそ、対立していると言える僕と雷の一派でもこうして協力するしかないという訳だ。
「ところで仮に魔王がいる居城が発見できたとして、その時はどの勇者が魔王討伐に向かうとかあるんですか?」
「今回の場合で言えば土の魔王なので土の勇者の陣営が指揮を執ることになるのでは? もちろん我々や他の勇者の陣営であっても協力の必要があれば手を貸すことになるでしょうが。ただ魔王の居城には多数の魔物の魔族が居て魔王を守っており、攻略するのには短くない期間が必要になる事が多いようです。そうなると出せる戦力は限られて来るでしょう」
魔王がその一体だけなら全ての戦力を集中させればいいが、現在の状況では他に七体もいるのだ。そこにばかり気を掛けて他を手薄にすることもできない。
かと言って放置は出来ないが生半可な戦力では時間も掛かる上に下手をすれば返り討ちに会うことだってあり得なくはない。
まずは居城を見つけない事にはどうしようもないのだが、例えそれが達成できても問題は山積みという訳だ。
だからどの勇者の陣営でも戦力の強化はかなり優先に行われているらしい。その中でも特に紋章を持つ者を見つけ出す、あるいは覚醒させる事は急務なのだとか。
「その上でこちらから提案があります。あなた方にはメルとオルトという両名をこちらに引き渡してもらいたい」
それだけなら即座に拒否しただろうが、その続きの言葉を聞いて僕は考えさせられる事となる。
「その条件を呑んでいただけるのならば我々が客人として招いている風の紋章を持つ二人の人物をそちらに引き渡しましょう」
「……それはつまり人質ということですか?」
「いえいえ。あなた方がカージという水の勇者の仲間と交友を深めているのと同じように我々も彼らと親しくさせてもらっているだけですよ」
その言葉はどう考えても嘘だ。交換を持ちかけてきている時点でその二人の人物に自由意志があるとは思えない。
恐らくは客人という名目の元に捕えられているのだろう。
(僕達に接触してくるのがやけに遅いと思ってたけど、この為だったのか)
この条件を呑めば僕はメルという紋章持ちを失うが、その代わりに別の二人の紋章持ちを仲間に加えられる。
単純な戦力だけで考えればこちらにとってプラスしかない。こう言っては申し訳ないが、今のオルトは戦力としては当てにならないのだから。
(でもこれだけの事をする意味が必ず雷の一派にはあるはず。それは一体何なんだ?)
そこまでして二人を手中に収めたい理由が彼らにはあるのだ。わざわざ人質交換を、それもこちらにとって有利とさえ思えるような条件で言い出してきたのだから間違いない。
「どうでしょうか? そちらにとっても悪い話ではないと思うのですが。ついでにあの二人に問題がないと判断された時はあなた方に送り返すことも私の名に懸けて約束しましょう。この事は既に雷の勇者にもこの条件は認めて貰ってあります」
ここまで好条件なら呑まない手はない。通常ならば。
「お断りします」
だけど僕は迷わずそう決めた。損得だけで考えるならば了承するべきなのだろうが、生憎僕はそれだけに拘っている訳ではない。
それにあそこまで慕ってくれているメルやオルトの事を売るような真似をするのは嫌なのだ。他でもない僕自身が。
それにあの二人は僕が責任を持って面倒を見ると親御さんとも約束したのだ。それを破るような屑にはなりたくないのである。
「あなた方が何の目的を持っているのかも知りませんし、もしかしたらそちらが正しいのかもしれません。ですが僕はそれでも二人を渡すつもりは全くありません。そしてそれはこれからも変わらないでしょう」
「そうですか、残念です」
これは判り切っていた結末だ。向こうもそれがわかっているからそう言いながらも残念そうではなかった。
メルとオルトの件では僕と雷の一派は決して相容れる事はない。となれば後は向こうが諦めるか、それともばれないように実力行使に出るかなどだろう。
もっともそう簡単に諦めるとは全く思えないが。
「ああ、こちらで預かっている二人の客人に関しての身の安全は保障するので安心してください。相容れない点はあるとは言え彼らも貴重な対魔王の戦力ですからね。丁重におもてなしをさせてもらっていますので」
「それはどうも。いずれはその二人に会いにいってみたいですね」
勿論その時は無理矢理にでも連れ去る気だが。
一先ず結論が出たのでそこでお茶会はお開きとなり、三人が去っていたのを見届けて僕は大きく溜め息を吐いた。これでまた妙な問題が一つ増えてしまったと。
「大丈夫ですか?」
「それは向こうの出方次第でしょうね」
それまで黙って話を聞いていたユーティリアの心配そうな声に答えて僕は目の前の紅茶を一口頂く。その味はやはりとてもおいしい。そして今はホッと安心できる感じがする。
(とりあえず王やミーティア達と相談しなきゃなー)
ここのところ重要クエストはないというのに常に忙しい僕はもっと気楽に過ごしたいと神様に願うのだった。もっともそんな願いを無の神が聞き入れてくれるとは全く思えなかったのですぐに止めることになったが。