第十三話 来客
情報交換のついでに僕達はとあるボードゲームに興じていた。
「そいつは大変だな。同情するよ」
「そんなこと言って師匠も面白がってますよね?」
「当たり前だろうが。他人事なんだから」
ですよねー、と言いながら前代の風の勇者が考案したとされる名称からルールなどに至るまで向こうのそれと全く同じ将棋という名のゲームの駒を進める。
僕だってこれが自分でなければ外野で面白がっていただろうし人のことを言えた立場ではないから。
ちなみに師匠とはジュールさんの事だ。
何故呼び方が師匠に変わったかというと、オルトがまず言い出してそれを周りが真似ていったからと言うほかない。
当の本人もさん付けで呼ばれるよりは他の弟子たちと同じようにそっちで呼ばれる方がいいといっていたのだし特に問題はないだろう。
「それにしても今や王城はお前の話で持ち切りだぞ。ただでさえ飛空艇とカージの件で目立った上にこれだからな。噂の話題には事欠かないって訳だ」
「その噂の内容が非常に怖いのは気のせいではないんでしょうね」
どう考えても事実より誇張されているに違いない。それについては絶対の自信がある。
「ご想像の通り尾ひれは付きまくってるよ。俺が聞いた話だと、お前と王女は実は既に両思いだけど身分違いの恋の為に引き裂かれそうになってる、なんてアホみたいな奴もあったしな」
「そこはかとなく誰かの思惑が関わっている気がしてならないですけど、その噂には」
もちろんその誰かとは王や宰相などの僕を取り込みたい人達のことだ。あの人達なら外堀を埋める為にそれくらいのことは軽くやりそうだし。
「王手です」
「容赦ねえな。てか、いつの間にだよ」
「格上の相手に手加減する訳ないじゃないですか」
と言っても手駒が足りないのでこのままでは詰めることは出来なさそうだったが。つまりまだまだ勝負は分からないという訳である。互いの駒を取り合いながら会話は続く。
「それでお前は誰が怪しいとか考えているのか?」
「強いて言うのなら未だに正体が分からない最後の客人ですね。もっともそれは王達に絶対にあり得ないと否定されましたけど」
あの白髪のフローラという女性は白で間違いないとあの王が言い張るのだから信じてみるとしよう。
彼らがステータスで催眠とか洗脳されているようなこともなかったのだから。
「それじゃあ次点は?」
「残る候補は目の前でボードゲーム興じているどこぞの老人ぐらいですかね。要するに全く分からないって事です」
「随分と遠慮なくはっきり物を言うようになったじゃねえか」
「これまでの鍛錬のおかげで確固たる師弟関係が出来上がったからですよ」
決して鍛錬の時にやられっぱなしだからとか、これで負ける度に与えられてきた数々の罰ゲームのせめてもの仕返しとかではない。
そう、決してだ。
「それで師匠にはこの話についての心当たりはなんですか?」
「残念ながら今のところは手掛かりすら掴めてないのが現状だ。これでも城の騎士や魔術師とは結構関わりがあるし、俺も王から頼まれて調べてはいるんだがな」
この人が王家に招かれた主な理由は騎士達を訓練してもらう為だったのだとか。
実際に僕達だけではなく他の人達にも色々とスパルタ指導をしているところも多く見る。
だからこそ何か知っていないかと思ったのだが、それでも内通者の存在はないという結果に終わってしまった。
「本当に内通者なんているんですかね?」
「個人的には疑わしいと思うが、いないと断定できない以上は調べるしかないだろうよ。それと言っとくが内通者と言ってもそれが魔族相手だとは限らないから注意しておけよ」
「どういう事です?」
「この機を狙って敵国の機密情報を探ろうとする国だってあるかもしれないってことだよ。最悪の場合は敵国の戦力を削る工作を働く、なんてことも可能性としてはあり得なくはないな」
「バスティート王からも同じようなことを聞きましたけど、もっと優先するべきことがあると思うんですけどね。少なくともこんな仲間割れというか足の引っ張り合いみたいなことしているよりは」
それが個人で収まるのならともかく国家間で行われているのだったら本気で笑えないし、そんな事に巻き込まれるのは心底御免である。
「まったくだ。これだから政治の世界は嫌いなんだよ、俺は」
そんな風に会話をしながら順調に互いの駒を取り合っていると、そこで部屋の扉がノックされる。
ミーティア達ならノックせずに入って来るので彼女達ではないだろう。
「はい?」
「突然失礼します。お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「……どうぞ」
その声とマップの表示で誰か理解した僕は少しだけ顔を顰めた。
それはその相手が嫌だと言う訳ではないが、少し面倒だと思う自分がいる事も否定できない。それはその人物の相手をすることがではなく、そうすることによって周りが勝手な事を言い出しかねないからだ。
現に目の前の老人はニヤニヤと笑ってこちらを見てきている。関係ないから野次馬根性で楽しんでいるのが丸分かりの眼で。
「失礼します」
そうして部屋の中に入って来た前よりも少し痩せたユーティリアは背後のレイナさんを引き連れて傍までやって来て軽い挨拶を交わすと僕達のやっているそれに目を向ける。
(いや元から痩せていたし、これはどちらかと言えばやつれたと言うべきなんだろうな)
その原因については言うまでもないだろう。だからこそ対応に困るというものだが。
「コノハ様も将棋が打てるのですか?」
「一応は。これでも先代の勇者達と同じ故郷出身ですからね」
王に先代の勇者の事については既に尋ねてある。そこでは王家の機密だとかで詳しい事は話してくれなかったが、それでも僕と同じような特徴的な名前を持った黒髪だったということなどは教えてくれた。
そいつが遠き地と呼ばれる特別な場所から来た事などもだ。
その過程で僕は既に確証はないが恐らくその勇者と故郷は同じだろうと王達に伝えてある。日本人としての特徴的な名前を名乗った時点で向こうはそれを察しているだろうからだ。
「それで王女様はこいつに何か用ですか?」
中断しようとしたのだが、そのままで構わないと言われたので打ちながら師匠はユーティリアに尋ねる。
用件があるのが僕に決まっているというその態度はどうかと思うのだが、それ以外ないと自分でも分かる為に反論はできなかった。
「いえ、特に用事がある訳ではないのでそのまま私の事は気にせずに続けてくださって大丈夫です」
「なるほど、用はないけど会いたくなったという訳ですな」
「えっ!?」
この発言に瞬間湯沸かし器のような速度で王女は真っ赤になる。そして何か言おうとしているが口をパクパクさせるだけで言葉が出てくることはなかった。
「これまたわかりやすい態度で」
「王手です、師匠」
師匠はニヤニヤと笑っているし、レイナさんも止めることなくむしろ微笑んで楽しんでいるようだったので仕方ないから僕の方から助け舟を出すことにした。
「うげ、いつの間に」
「注意を散漫にするからですよ」
その発言に意識を盤上に戻した師匠はようやく自分が追い込まれている状態であることに気が付いたようだ。
戦績としては僕が圧倒的に負け越しているし実力も師匠の方が上なのだが、情報交換の為に話をしながら打っていたこともありこれまでにないほどにあっさりと優勢を保てている。
「勝った時は何をしてもらいましょうか。今から楽しみで仕方ないですよ」
「お前、その笑顔は悪役そのものだぞ」
「さあ、何のことですかね?」
なんと言われても気にしない。ここで勝つ為に師匠が余計なことを言っても黙ってゲームの方を着々と進めていたのだから。
向こうの意識がそれている内に勝負を決める為に。後でしっかりと仕返しする為に。
盤上の実力ではどうしようもないのだから、勝てないところでは逃げてそれ以外で勝つ。まさに凡人の僕らしい戦い方というものだろう。
その後は集中したのか劣勢な状況からも反撃してきた師匠をどうにかギリギリのところで抑え込んで僕は勝利することができた。
優勢な状況でもギリギリなところでも実力の違いがわかるというものである。正直に言えばあの状況から拮抗する状態になるとは思わなかったぐらいだし。
そうして師匠の勧めもあり折角だからユーティリアとも一局打っている時だった。
またしても鍛錬をしに行っているミーティア達以外の来客がやって来たのは。
どうも今日は来客の多い日のようだ。
「失礼します! コノハ殿はいらっしゃいますでしょうか!」
「いますけど、どうかしましたか?」
返事をすると飛び込むように部屋の中に入って来たその人物は爆弾を落としてくる。
「か、雷の勇者の仲間、それも紋章を持つ者が隣国の使者として現在国王との謁見に臨んでおり、そしてそこでコノハ殿に会わせる事を要求してきています!」
この発言に師匠もユーティリアもレイナさんもその表情に緊張が走る。
遂に向こうが仕掛けてきたのか、と。
「そうですか、わかりました。それじゃあ謁見が終わったら僕の部屋に来てもらう形でお願いしてもいいですかね?」
「よ、よろしいので?」
「はい。要求して来た以上は会わない訳にはいかないでしょうし」
だけど僕は特に気にすることなく盤上の駒を進めながらやって来た人を部屋に連れてくるようにお願いした。
「さてと、師匠にはお願いしたいことがあるんですけどいいですか?」
その人が出て行ったのを見届けた後に僕はそう言う。
「内容次第だが、何だ?」
「まずはこの事態を利用して内通者が動くかもしれないのでその警戒をお願いします。僕は雷の一派の相手で手が回らなくなるでしょうから」
「了解した。他には?」
「伝言をお願いします。メル達とカージに向けてそれぞれの」
その伝言の内容を聞いた師匠はすぐに立ち上がると足早に部屋を去っていく。扉を出るときに「あ、そうそう、これでさっきの負けの分の罰ゲームはチャラだからな」という一言を残して。
なんというかあの人もバスティート王と同じ狸の部類な気がするのはきっと気のせいではないだろう。してやられた感があるし。
その後にユーティリアにどうするかを尋ねる。面倒事が嫌なら自分の部屋に戻ってもいいし、そうじゃないのならこのまま対局を続けるかと提案した上で。
少し迷ったユーティリアは迷惑でなければここに居させてほしいと言うのでは僕はそれを了承。そして対局の続きをしようとしたのだがそこでレイナさんが尋ねてきた。
「失礼ですがコノハ様は何か準備をしなくてもよろしいのですか? メル様とオルト様を狙っている人達がもうすぐこの場にやって来るというのに余裕すら感じられますが」
「別に余裕綽々って訳ではないですよ。まあでも準備に関しては師匠にお願いしたことも含めて万全ですから大丈夫です。それと今更焦っても仕方ないですからね」
なにより最悪の事態は避けられているのが大きい。
既にこの国の王族との協力関係は作れてあるので、余程の愚か者か自信がない限りはバカな行為をすることはないだろうからだ。
それはわざわざ隣国の使者として来ていることからも明らかだろう。
前に正体を隠して襲撃してきた事を考えればそれとは雲泥の差。これだけでも王族の影響力というものが察せられるというものだ。
「それに後は直接会って話をしてみないことには判断しようがないですから」
(勇者の本人ならともかくその仲間なら荒事になっても大丈夫だろうし)
そんな風に考えながらユーティリアとの対局を進めること約十分、扉がノックされる。
「どうぞ」
その僕の言葉を待っていたようにして扉は開き、本日三度目となる来客は部屋の中にゆっくりと足を踏み入れてきた。