第八話 不死身の代償
王と宰相との話し合いを終えた数日後、ついにその時がやって来た。
「それでどの階層に反応があったんだったか?」
「第八階層の広間だそうですよ」
現在、僕とメルはある男と共に例の迷宮にまた足を踏み入れていた。
その理由は逃した魔族が現れたから、という事になっている。そしてそれを確保する為に王家から勇者の仲間達に依頼が出されたという訳だ。
カージは勇者の仲間として活動する事を条件に罪を許されているのでこれを拒むことは出来ず、結果としてこうして三人で迷宮を探索するということになっているのである、
勿論の事このメンバーで仲良く探索なんてことがあるはずがなく、メルは常にカージを睨み付けるようにして警戒しており、カージの方はそれを楽しむかのようにニヤニヤと笑っていた。
ちなみに僕に対しては前回の一件で完全に興味を失ったらしく、特に用事がなければ話しかけてくることもないといった感じだ。
「しかしそれにしてもどうしてお嬢ちゃんはこんな雑魚の事を慕っているんだ? 俺にはこいつが守る価値があるとは思えないんだ」
そう言いながらカージは馴れ馴れしく僕の肩に手を掛けてくる。前に攻撃を仕掛けて来た事なんて完全に忘れてしまったかのように。
気さくそうに見えるその行動や言動といい、正体を知らなければ油断していたかもしれない。
だが、
「……それ以上手を動かすなら敵と見なして排除します」
メルにも僕にも油断など欠片も存在しなかった。
カージの手はさりげなくゆっくりと装備であるナイフに向かって移動しているところだったが、質問を無視したメルの言葉でピタリと止まる。もっともそれに気付くのか試しているらしく、ばれても嬉しそうにするだけだったが。
「いいね、その警戒っぷり。この強者とのピリピリとした緊張感はやっぱり雑魚をいたぶるのとはまた違った楽しさと快感がある。魔族を殺し終えたらお嬢ちゃんに少し遊んでもらおうかね?」
返答なし。だけどメルのその敵意しかない目は常にカージに向けられている。
「無駄口は叩いていないでそろそろ準備をしてください、そこの扉を開ければ到着ですよ」
「へいへい」
いい加減な返事をしながらもカージは得物を構える。
やはり魔族相手はそれなりに構える程度には脅威だと考えているようだ。やはり彼は悪人ではあるがバカではないらしい。
そうして扉を開けて第八階層の広間に入った僕達を待っていたのは、
「なんだよ、何もねえじゃねえか」
だだっ広い空間だけだった。そこには魔族はおろかこれまでの階層にいた魔物すら存在しない。
「その理由はここにいた魔物は全て前もって別の場所に移動させたから、だよ」
「ああ?」
折角先程のセリフの答えを教えてあげたのにカージはそれを理解できていないようだった。
もっともだからと言って僕がその後の行動を止める理由はないので僕は最後の確認をするべくカージの左胸に取り出したナイフを突き立てる。外さないように空いている手でその体を押さえながら。
流石は竜の牙を材料にした武器。勇者の仲間相手でも抵抗を許さずサックリ刺さるところや他の物と違って壊れたり刃が欠けたりもしないところなど、数日掛けてエディット機能を可能にした甲斐もあるというものだ。
「て、てめえ、何を……」
「なるほど、この場合は殺す事も可能なのか」
カージも抵抗しようとはしたみたいだがそれはメルによって妨げられていた。
二対一、しかも雑魚と侮っていた相手からの思わぬ奇襲の前にはさしものカージもどうしようもなかったらしい。確実にそのナイフは心臓を貫いているのがステータスでもわかる。
心臓を貫いたそれを引き抜くと同時にそこから鮮血が迸るのを見ながら僕はしっかりとカージのHPが零になっていったのをしっかりと視認し、同時に脈がないことも確認しておく。
これでカージは確実に死んだという訳だ。
だけど次の瞬間にはカージのステータス上に『状態異常・死』と『状態異常・蘇生』いう表示が現れ、それと同時に肉体が崩れていく。
崩れていく肉体は血となり地面に広がった後、一ヶ所に集まって人の形に戻っていった。
(この感じだとバフもデバフも状態異常で表示されるのかな)
まあ蘇生については便利な効果だと思われるが、それでも異常な状態であることは確かなので間違いではないのかもしれない。
そうして確実にカージが死んだことを確認した数秒後にカージは復活を果たしていたのだった。装備や服は死んだ時に置き去りにしたので全裸で。
王に聞いていた通りだったので僕はメルを背後において汚いものは見ないようにしておいて正解だった。野郎の全裸なんて女の子に見せていいものではないし。
「いきなり何しやがる! 死ぬほど痛かったじゃねえか!」
どうやら死んでも復活出来るとは言え痛みやダメージはあるらしくカージはそこに対して怒りを露わにする。
死なないせいか殺されたこと自体は特に問題視していないらしい。
「死んでも今のように復活する。それが神の紋章を得たことで手に入れた力ですか?」
ミーティアの話だと過去の彼にはそんな力はなかったそうだし、この場合は神の紋章を得たことでそういった能力に目覚めたと見るべきだろう。これがそう簡単に手に入る能力であるはずがないのだし。
「そうだ、神によって死なない加護を与えられた俺を殺せる奴なんてこの世界のどこにもいない。俺は何度殺されようが蘇る不死身なのさ」
全裸でそう言われても格好がつかないので僕は衣服を拾うと彼に投げて渡してあげた。実に見苦しいし。
「その様子だと元から俺を殺す気だったようだな。ってことは魔族が現れたって話も嘘か?」
「ええ、お察しの通り全てはあなたを誰にも見られることがないこの場所に連れて来る為の方便です。そしてあなたにはここで悔い改めてもらいます」
「それはいきなりお前に攻撃したことをか? それとも俺がどうしようもない糞みたいな罪人だからか? まあ、どっちにしたってそんなことは不可能だよ。そもそも死なない相手にどうやってお前は勝つというんだか。長期戦になれば不死身の俺は決して誰にも負けない。相手が力尽きるまで何度でも完全な状態で復活し戦い続けられるからな」
それでもやる気かと問うてくるカージに僕は笑って答えてあげた。
「渡した服ですけど隠すだけにして着ない方がいいですよ」
「はあ?」
訳のわからないといった表情をするカージのその顔は、
「だってどうせすぐにまた死ぬんだし」
投擲したナイフによって消し飛ぶ。
問答無用という言葉すら超えた突然の一撃である。我ながら実に容赦ないというものだろう。
背後の壁もナイフが着弾した瞬間に衝撃波で完全に崩壊して黒いそれが完全に露出しているし。
「メルは今のうちに出口を固めておいて。ないとは思うけど僕が彼を逃した時は足止めを頼むよ」
「わかりました!」
元気よく返事をするその頭をよしよしと撫でるとメルはニコニコと笑顔になってその場を後にしていく。その態度はカージに対するものは真逆と言っていいだろう。
そして僕が負ける可能性なんて欠片もないと思っているに違いない。
そこで前回と同じように死んでから五秒ほどで復活を果たしたカージは驚愕の表情を浮かべていた。
「な、何をしやがった! どうやって俺を殺しやがった!?」
痛みを感じている様子はないので即死だとそういったものは感じないで済むらしい。痛めつけるのなら即死はダメという訳だ。
「何って言われてもただ単にナイフを投げつけただけだよ。こんな風に」
一瞬の出来事でどうして自分が死んだのかわかっていないカージの為に僕は黒い壁に向かって適当な石を投げてあげる。
それが一瞬で壁に当たってとんでもない音を立てたのを聞いてようやく彼も先ほどの死因を理解したようだ。発生した衝撃波で威力も嫌というほどわかるだろうし。
この反応からして死んだ瞬間から復活するまで意識は断絶するらしい。でなければどうして死んだのかくらいはわかるだろうはず。
「さて、さっきも言ったけどあなたにはここで悔い改めてもらう。それも徹底的に」
少し前から取り繕う敬語も止めた僕に対してカージは気圧されたように後ろに後ずさる。
「う、嘘だ。こんな馬鹿げた力がある訳がない。紋章を持たないお前如きが神に選ばれた俺より上な訳がない!」
先ほどは長期戦なら誰にも負けない、なんて自信満々に言っていたというのに今では動揺と恐怖などの感情を隠し切れていない。
ようやく目の前の存在が自分の敵う相手ではないということに気が付いたのだろうか。
もっともそれで情けや許しを請われても聞く気はない。
なにせ僕はこの数日間で彼の悪行について可能な限りで調べてきてあるからだ。
それは情報を集めるというよりは躊躇わない為と言った方が近い。容赦や躊躇いを持つ必要がないと自分が思えるように。
そうして知った内容についてだが、それは僕の想像を遥かに超えていた。
奴隷にした人達にどんなひどいことを強要したのか。どれだけの罪のない人を傷つけ殺してきたのか。
それは現代の日本では想像もできないようなひどいものだった。
聞いただけで吐き気を催すほどに。
おかげで僕は彼を痛めつける事に対する躊躇や同情などは欠片もなくなってくれたが、その代わりにどうしようもない怒りと憤りの感情も持つはめになったという訳である。
「それにしてもあなたが罪のある人物であり、不死身であってくれて本当によかった。そのおかげで大体の事は可能だし」
死なないこと同時に記憶を消せることも確認済みである。それはつまり何をやっても何を知られても問題ないということだ。
「く、糞が!」
それでも咄嗟に恐怖を抑えて落ちていた装備であるナイフを拾い攻撃を仕掛けて来た事は賞賛に値する行為だろう。
確実に敵わないと分かっていた上で闘志を失わなかったのだから。
だから僕は急所の目玉を抉るようにして向ってくるその刃先を見つめて、歯でそれを噛んで止めてあげる事でより一層の絶望を与えてあげる事にした。
お前の攻撃など手を使う必要もないと言わんばかりに両手をポケットに入れたままの体勢で。
「そ、そんな、あり得ない……」
必殺の覚悟を込めた渾身の一撃をこんな形で容易く防がられるなんて誰だって信じたくないだろう。でもこれは紛れもない現実だ。
「ふっ!」
そこで噛んでいたナイフを相手の足を地面に縫い止めるようにロックオンして発射する。
するとこれまた目にも留まらぬ速度で飛んだナイフはカージの足を貫きながら地面に落下し、その衝撃の余波でカージの両足はズタズタになってしまう。見た限りだと骨も折れているようだ。
「う、ぐう!」
痛みに呻く彼を見ながら僕はその髪を掴んで顔を上げさせる。
「とりあえず制限のない状態での力加減の練習に付き合ってもらおうかな。君なら何度失敗しても大丈夫だし。っと、その前に僕が強い事を知られるのは不味いからまずは記憶を消してコンとして今のやり取りをやるところからか」
幸い彼は死なない相手だ。
だから手加減のやり方についても色々と気を遣わずに試すことが出来る。どれだけ失敗して殺すことになるかはわからないが、上手く人を気絶させる程度の力加減というものを掴めるまで協力してもらうとしよう。
「ま、待ってくれ! わかった、お前には逆らない。二度と犯罪もしないと誓う。だから頼む、止めてくれ!」
「安心しなよ。その気になれば殺す事も出来るはずだけどそれはやらないから」
その言葉はそれ以外はやるという事を告げていた。それを理解して歯をカチカチと鳴らすカージを見て僕はある意味で死なないということは地獄なのだと思った。
(この分だと死ねないって意味で『状態異常・蘇生』はデバブに分類されてもおかしくないのかな)
僕はコンの装備一式を身に着けると、
「まあ時間はたっぷり貰ってある。お前が虐げてきた人達が味わった苦しみを今度はお前自身が思う存分堪能するといいさ」
「やめてくれええええええええええええええええええええ!」
顎を打って気絶させようとした一撃で彼の上半身が消滅するまでその絶望の悲鳴は上がり続けたのだった。