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閑話 宰相の疑問

 突拍子もないと言うべきかとんでもないと言うべきかわからないコノハ殿の作戦に許可を出した後、私と陛下は玉座の間で二人だけになっていた。


「本当によろしかったのですか? あのような成功する確証の無い作戦を許可などして」

「だからよいと言っておるだろうに」


 陛下は絶対の確信があるらしく私が幾ら反対しても耳を傾けようとすらしなかった。それどころかあの少年の好きなようにするといいとまで言ったのだ。


 考えなしの御方ではないので何か私などが及びもつかない考えがあっての事なのだろうが、それでも不安は消えなかった。


 もし失敗したらとんでもない事になりかねない。それこそ折角見つけて招待した風と水の勇者の仲間を失うことになるかもしれないのだ。

 それ以上の事態だってあり得る。


(万が一の時の為の秘策はあるとは言え、なんて心臓に悪いことか)

「そんなに気に病むな。また髪が薄くなるぞ」

「それだけで済むのなら万々歳ですよ」


 人が地味に気にしていることをふざけた様子で言ってくる王に私は思わず呆れて大きな溜め息を吐いてしまう。


 本来なら不敬罪に当たってもおかしくない行為だが、この王はそういった事を気にする人ではないのが救いだろう。


「それで、陛下の自信の根拠は何なのですか?」

「そうじゃのう……色々と要因はあるが、先程の稽古場での出来事が決めてじゃな」

「それは剣を突き付けられても動じなかったからですか?」


 確かにそれは評価できるかもしれないが、それだけで判断していいとも思えない。


 それに逆に考えれば、あの時の少年はカージの攻撃に対して動くことすら出来なかったと取ることもできなくはない。と言うかそれしかあり得ないだろう。


 勇者の仲間が本気で攻撃してきていたのだ。動けたのなら何らかの回避行動に移るはず。


 だけど陛下はその質問に首を横に振った。


 それは些末事であり、もっと他に見るべき点があったのだと。


「あの時に注目すべき行動を取ったのはコノハという少年でもなければカージという男でもない」

「とすると、あのメルという少女だと?」

「うむ」


 少年が反応できなかったと思われるカージの奇襲を察知して、それどころかその相手の首を取るだけのことをあの一瞬で成し遂げた紋章をその身に宿した少女。


 王はあの少女と良好な関係を築く為に少年に協力するべきと考えたのだろうか。


「つまり陛下のメル殿の信頼を勝ち取るために、まずはコノハ殿から籠絡するつもりということですか? 報告によればかなりの懐きようとのことですし」

「残念。それも全くないとは言わぬが、どちらかと言えばそれはおまけに近い。余の目的はあくまでコノハという少年、いや敬意を持って人物と言うべきじゃな。彼は余の予想が正しければ傑物じゃ。それも恐らくはカージやメルといった勇者の仲間である両名さえ超えるほどの」


 初めの内は余も見事に騙されておったがのう、と言いながら陛下は嬉しそうに笑う。


 その言葉やあえて少年という言葉を言い直して一人の人間として扱う当たりにも大きな期待が伺える。


(あの陛下がこれほど言うとは……)


 普段の態度だけを見ればそうは思えないかもしれないが、実際の陛下は思慮深いと同時に非情な御方だ。


 敵や使えないと判断した存在に対しては本当に容赦がないし、必要とあれば家族でさえ利用し、時には切り捨てる。ユーティリア姫の件などいい例だろう。


 その陛下が傑物とまで評価すとは、あのコノハという人物にはそれだけの何かがあるということなのだろうか。

 少なくともこれまでこういった時の陛下が間違っていたことを自分は知らない。


「のう、宰相よ。仮にあの時と同じような形で余が今にもカージという男に襲われそうになっていたらお主はどうする?」

「当然この身に代えても陛下をお守りします。もっとも私如きの力量では出来ることはたかがしているかもしれませんが」


 一切の迷いもなく即答した私に陛下は笑いながら頷く。


「そう、忠誠心が強いお主の事じゃ。敵わぬ相手と分かっていても自分の身を投げ出してでも余を守るであろう。では仮にお主がメル殿と同じように強い力を有しておったらどうする? 余を守る、あるいは刺客を排除するか?」

「それでも陛下を守ります。可能なら敵を始末することも考えますが、まずは陛下の無事が最優先ですので」


 その言葉を自分で口にした時、陛下があの場で何に注目したのかに気付けた。


「その顔はわかったようじゃの。そうじゃ、お主が言った通り守るべき対象がいるのなら万が一のことを考えてその対象を守りに入るのが当然。だがあの時、メルという少女は一切コノハ殿を守ろうとはせずに敵に攻撃を仕掛けることを選択した。あれだけ懐いている相手が今にも殺されそうになっていたというのに」


 もちろん刺客を始末するという選択肢もない訳ではないが、それは確実に敵をその場で仕留められると判っていなければそうそう取れる行動ではない。

 万が一、それに失敗した時には守るべき対象が攻撃される可能性が消しきれないからだ。


(ましてやあの場合、相手は水の勇者の仲間だと手の甲の紋章でわかっていたはず。となればそう簡単に倒せる相手ではないことはあの少女も承知していただろう)


 それなのに主人と仰ぐ相手を守るのではなく、それどこか敵の首に手を掛けるところで動きを止めていた。普通ならそんな行動は取れない。


 それこそ守るべき対象が絶対にやられないと判っていない限りは。


「余はあの時、コノハ殿は敵の攻撃を避けられなかったのではなく避ける必要もないと判断したのだと考えておる。あの程度では自分を傷つけられないと考え、だからこそあの状況でも一切動揺せずに冷静だったと。そしてあの少女もそれがわかっていたからこそ、あの場でコノハ殿を守りに動かず、なおかつ指示に従って動かずにいたと」


 確かに飛空艇での報告と併せて考えても、メルという少女はコノハという人物を主と認識しており心酔していると言っていい。


 その人物が危険な状態でいくらその本人からの指示が出されていたからと言ってジッとしているのは些か妙だ。


(つまりまさかと思うがコノハ殿はあの二人よりも遥かに格上だというのか?)


 その疑念を肯定ように陛下は更なる言葉を紡ぐ。


「それと歴代の勇者の中でも世界の果て、遠き地よりやって来たとされる者は今のところ一人の例外もなく神の紋章を持っておったらしい。少なくとも紋章を持っておらぬ者がいたことは確認できていないのだとか。つまりコノハ殿はこれまで遠き地よりやって来た多くの勇者やその仲間とも一線を画す存在なのかもしれない、とのことじゃ」

「もしやそれは彼女からの?」

「うむ。過去にこの国の王となった先代の風の勇者の残した書などを調べた結果だというし、それなりの信頼性はあると余は判断したのじゃ」


 研究所か部屋に籠りっきりの彼女がそういう報告を上げていたというのなら信憑性は高まる。


 今の世界で彼女ほどその分野に詳しい人物はそうはいないのだから。


「理由についてはわかりました。確かに彼がその推測の通りの人物なら協力しておくべきでしょう。ですが万が一、それらの推測が間違っていたらどうするつもりですか?」

「もちろん失敗しても問題が起こらぬようにする手筈は整えておるよ。と言うよりそれはお主も考えておるのだろう?」

「当然です。もっとも私としては彼女が研究以外で動く事態にならないことを望んでいますが」


 最終的には結果がどちらに転んでも王家にとって問題にならないように準備は進めている。とは言え陛下の予想が当たってコノハ殿の考えた作戦が成功してくれれば言うことはないのだが。


 それこそが我々にとっても最善の結末であることは間違いのだし。


 彼女は世界にたった八人しかいない勇者に匹敵するほどの強力な切り札なのだ。

 だからこそ迂闊に切れる手札ではないし、なるべく隠しておくことに越したことはない。


「それにしても、もしかしたらユーティリアには人を見る目があるのかもしれんな。叶うことならコノハ殿の心を射止めて彼を王家の一員に引き込めるように頑張って欲しいのう」


 親心なのか、それとも政治的な考えからなのか分からない口調で陛下は笑いながら呟く。


 その穏やかな笑顔を見て、やはり陛下は恐ろしい方だということを再認識しながら私はその意見に同意するのだった

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