第五話 望まぬ再会
首に突き付けられたその剣はあと一押しでもすれば僕の肌に食い込むところで停止していた。
その理由は恐らく、僕が首を取られたと同じように相手の首にも同じようなものが突き付けられていたからだろう。
「今すぐにコノハさんから離れてください。でないと」
「殺すってか? はは、餓鬼の癖に覚悟の決まった良い目をしてるじゃないか。実に俺好みだよ」
振り返るカージの顔は明らかに普通ではなかった。
メルは宙に浮いてカージの背後からその首に手を掛けている。その気になればその首を折ることも爪で掻っ切ることも可能だろう。
だというのにカージはそんなものをものともしないせずに振り返ってメルの顔をマジマジと見つめているのだ。
まるでその程度など何も問題ないかというように。
「何のつもりですか?」
「ただの遊びだよ、遊び。同じ紋章持ちと勇者の弟とやらがどんなものかと思ってな」
「つまり僕達のことを試したということですね。それで、そうしてみた感想はどうです?」
答えるカージは片方の手で握手をしながらもう片方の手に握った剣をこちらに突き付けている状態だ。
だけど僕はあえてそのまま会話を続ける。今にも動き出しそうなメルにも手で制止しながら。
「この状況でも動揺しない度胸は評価するが、この程度の攻撃も防げない奴には興味も失せた。その反面、そっちのお嬢ちゃんは十分だ。俺の不意打ちの動きに反応するとは紋章を宿しているだけはある」
「そうですか、僕はそちらの期待に添えられなかったようで残念です」
そう言いながら僕は彼のステータスをしっかりと観察し記憶していた。
最初は盗み見ているのがばれて攻撃されたのかと思っていたが、この様子だとまったく気付いていないようだし。
でなければ僕がこの状態を維持する理由もない。わざわざ握手をし続けているのも相手に触れている為なのだから。
カージのレベルは289と解放時のメルよりも上。所有スキルは『強奪』『基礎体術・中級』『気配察知』『剣術・中級』『狂化』『水属性魔術』『黄泉返り』と最後の以外は分かりやすいものばかりだ。
ただ称号を見ると『水の勇者の従者』の他に『犯罪者』『殺人者』『元盗賊』『元囚人』と非常に物騒なものがかなりあるし、どうやらこいつは所謂悪人の類らしい。
そしてそんな奴でも勇者の仲間として選ばれる事があるようだ。
(元盗賊だからかステータスがどことなくミーティアと少し似ているかな?)
もっともミーティアの方には『殺人者』という称号はない。
それがあるこいつは人を殺したことがあると見ていいだろう。それも恐らくは相当数を。
でなければミーティアにだってその称号がなければならないからだ。前に彼女は人を殺したことがあると明言していたし。
「な、何をしているのだ、カージ殿!」
そこでようやく宰相が止めに入ってきた。
「貴殿が釈放する時に交わした契約を忘れた訳ではあるまいな! それを破るというなら今度こそ監獄に幽閉されることも!」
「……ちっ! わかってるよ。これはちょっとした遊びだって言ったろ。本気で殺りはしないって」
(どうだか)
この様子だとメルが動かなければそのまま殺しに来ていたとしてもおかしくない。
それを宰相も察したのか明らかに眉を顰めて不快そうな表情を浮かべていた。
「……次からは遊びでもそのような行為は慎んでもらいたい」
「畏まりましたよ、宰相さん」
だけど注意で済ませた。明らかにもっと言いたいことがありそうだし、それでも我慢しているところを見ると彼の扱いは中々難しいのかもしれない。
犯罪者でありながら勇者の仲間なんてかなり特殊な立場だろうし。
そこでやりたいことは終わったのかカージはあっさりと歩いてその場を去って行った。
「申し訳ありません。あの者の扱いには我々も手を焼いておりまして。しかしまさかいきなりあんな真似に出ようとは思いませんでした」
「それより監獄って言葉からすると彼は何らかの罪を犯したんですよね? それなのにああして自由にしていられるのはやっぱり紋章があるからですか?」
「はい。魔王討伐の為には紋章を持つ者が必要となります。ですから例えあのような者でも利用しなければならないのです。ただ、ここだけの話ですが第三王子が重傷を負ったのもあの者が好き勝手に魔族と戦った所為もありまして」
「けどそれで魔族を倒しているから厄介ってことですか」
戦力としては非常に役に立つから使わざるを得ない。
だけどそれは多くの問題を巻き起こす可能性も秘めているという訳だ。現に今、見方によっては風の一派に喧嘩を売る真似をしたのだし。
周りの騎士達も突然の出来事にどうしたらわからずに戸惑っている。そして上から見ている王族達もそれは同じようだった。
そこで僕はあることに気付く。
「すみません、急用が出来ましたので失礼させていただきます。メル、僕の分も騎士の人達と稽古をお願いできるかな?」
「はい、もちろんです!」
「ありがとう。助かるよ」
元気よく返事をするメルの頭を撫でて僕は礼を言うと先程のカージと対峙していた時の殺気が嘘だったかのように笑顔になっていた。
この発言で僕が怒ったと思ったのか宰相の顔が僅かに青くなる。
もちろんそんなことはまったくないのだが、僕はあえて何も言わずに走ってその場を後にした。
そうして僕が向かった先の部屋の前にはオルトが待っていた。
「コノハの兄ちゃん! 姉ちゃんが急に!」
「わかってる」
簡潔に答えながら焦った様子のオルトを引き連れてその部屋の中に入ると、そこにはガタガタと体を震わせて座り込んでいるミーティアがいた。
ステータスで『恐怖』と表示されるほどなのだ。その様子からしても明らかに尋常ではない。
「コノハ、わ、私は……」
「大丈夫だから落ち着いて」
助けを求めるように差し出されたその手を取りながら僕はそう言う。何故ならこのミーティアの様子を見た時点でおおよその予想は付いていたから。
「念の為に確認しておくけど、あのカージって男はティアの昔の仲間だよね?」
気を使っているのか扉のところで誰か他の人がやって来ないか見張っているオルトにも聞こえないように、耳元に口を寄せて僕はその予想を口にした。
すると案の定ミーティアの体は強張る。だけど続けて発した僕の言葉でそれはゆっくりと緩んでいった。
「大丈夫、あの程度の奴なら僕は負けない。あいつが何をしてきてもどうにかするから怖がる必要はないよ」
「ほ、本当に?」
まるで幼児返りをしたかのようにこちらを頼ってくるその姿にはいつものミーティアの冷静さが欠片も存在しない。
それほどに奴はミーティアにとって恐怖の対象ということだろう。奴隷紋もなくなった今、そういった意味で支配されることはなくなったというのに。
それだけの相手が神の紋章まで持って目の前に現れたのだ。その恐怖は計り知れない。
「約束する」
その恐怖で揺れる瞳から目を逸らさずに僕がそう断言すると、ミーティアの目には段々と涙が浮かび始め、ギュッと僕に寄りかかって服を掴んでくる。
まるで縋りつくように。
服が涙で濡れて温かくなっていくのを感じながら、そこで僕はある決定を下した。
(あの程度の挑発なら無視するつもりだったけど、方針変更だな)
死んでも問題のない僕ならともかく、そうではない僕の仲間に危害を加えかねない相手。しかも奴は存在するだけでミーティアにとって恐怖を与え続けるのだ。
そんな奴をこのまま野放しにしておくわけにはいかない。
なにより僕がそれを容認できない。
僕は流石に姉ほど傍若無人ではないが聖人君子でもないし、それに自分の周囲を害されるのが割かし嫌いなのだ。そしてやられるのを黙って待っているほど呑気でもない。
だとすればやることは決まっている。
(でもその前にやっておかないといけない事があるかな)
このまま殴り込む訳にはいかないので、まずはそう出来るだけの環境を整えなければ。
やる時は一切の容赦なく、を実現する為にも。