第九話by無駄に哀愁のある背中
「私のようにはならないでね。私は気付くのが遅すぎた」
その私の独り言を彼女は聞いていたようで、質問をしてきた。
「なんで、遅いって思うんですか?」
「え?」
私は驚いた。確かに遅いと思うのは直感的なものであって、具体的な理由があるわけではなかった。
「そ、それは……私は気付くのは遅かった。だから……大貴……弟のためではなく自分だけのために生きてしまった。もっと大貴のことを思っていたのなら、忘れていなかったのなら私は……こんな生き方をしてはいけないと思う」
彼女は黙った。確かに中学生の少女にするような話じゃない。理解できないだろうと思ったその時、彼女は口を開いた。
「それは、あなたのエゴなんじゃないでしょうか? 弟さんはホントに自分のためにあなたに生きて欲しいって思っていると思うんですか? そもそもそうやって諦めてしまっているあなたが間違っているんじゃないんですか?」
子供の言葉は時に核心を突くなんて聞いていたけど、その言葉は私の心の奥底に響いた。私は確かに大貴の十字架を背負えなかった、だの言っておきながら実際はそんな深いことを考えていなかったのかもしれない。
(大貴は私に何を望んでいたんだろうか?)
「あなたは私も手遅れじゃないっていうの?」
我ながら中学生にする質問じゃないとは思っていたが口は動いた。
「……そんなの、私にはわかりません。それにあなたの弟さんの気持ちもわかりません。……そして、陽太の気持ちも。でも、その弟さんが陽太と同じように姉弟思いの人だったら、弟さんのために生きるあなたでなく、『今』のあなたのように自分の思ったとおりに生きるあなたを望んでいると思うんです。だから、あなたの生き方は手遅れじゃないと思います!」
目の前にいる女の子は自分の弟を殺したかもしれない人間を懸命に励ましてくれている。正直、そんな彼女はもはや子供ではなく大人に見えた。
「……ありがとう。こんな私を励ましてくれて……」
彼女の顔が涙で滲んだ。彼女は持ってきたバックを探すと、私にそっとハンカチを手渡した。私はそれを黙って受け取った。私の心に刺さっていた“三つ”の十字架の痛みが和らいだ気がした。
あの日、私と彼女(増田花音)は和解をした。結局、私が一方的に励まされたみたいな感じだけど……それからは花音ちゃんとも仲良くなれて、束の間の幸せになった。それは久しぶりの友人と呼べる関係だったからだ。でも、私は忘れていた、私の人生がどんなものであるかを……。
あの仲直りの日から、ちょうど一年後の今日……花音ちゃんは……。私の家に遊びに来た帰り道、昼間だというのに変態男に拉致され、怖い思いをした後に、殺されるかもしれない状態から帰ってきたのだ。いつもこうだ……私が心を許した人は……。弟の大貴は川の事故で、大学の時の唯一の親友の優子は強盗に殺され、陽太くんは交通事故で、そのお姉ちゃんの花音ちゃんも……。私が何をしたっていうんだ。私の人生は一体何のためにあるんだ。