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第八話by鯉

残り二話で完結! 鯉さんの番です

 謝られたって私の一人しかいない弟は戻ってこない――。

 そう言いたかったのに、怒りというエネルギーを使い切った私からは、かすれた声でつぶやくのがやっとで、それさえもしばらくの時間がかかりました。

「そう。確かにその通りだわ」

 彼女が私を抱いたまま、小さく言うのを聞きます。

「でもね。私にはそれしか言えないの」

 静かで、それでいて確実にそこにいる。そよ風のような声でした。

 いつまでも泣いている私を大きな手で包むような抱き方は、嫌悪している人の温もりなのに私にはとても心地よくて、またそれが悲しくて、私は涙を止められそうにありません。

「あなたがきょうだいを失った悲しみは、私にも少し分かるのよ。もうずいぶん昔のことだけど、同じような経験があって」

 語り始める彼女の顔は見ていないけど、顔を向けても涙ではっきり見えないだろうけど、どんな表情をしているかは簡単に想像がつきました。

「ああ、同情なんてしないでね。私はまた、何にも考えていなくてとめなかったせいで、人を間接的に死なせてしまった。人間、進歩しないわ」

 彼女はきっと、どこか遠くを見ている。それは過去かもしれないし、故郷かもしれない。

「私はいつまで経っても成長しなくて、……本当に嫌になる。恨まれて当然だわ」

「……ねぇ、その人ってどういう人だったの?」

「つかず離れずで、今から考えると不思議な距離感があった。歳も離れていたからかな、あんまり喧嘩をした記憶もないし、でもお互いを無視しあっていたわけでもない。今ある環境の中で、与えられた最大限を楽しんでた。私は不器用だから羨ましくて……でも真似できないって分かってたから外からずっと眺めてた。壁にぶつかると私を慕ってくるくせに、負けず嫌いだから頼ってることを隠そうとして。可愛かったな……今もし生きていたら、こんな私を指してなんて言うだろう」

 優しいのにどこか乾いている空ろな思い出話にほだされかけて、私は気を引き締める。この人は弟の敵なんだ。


 ああそうか――。

 しばらくして唐突に、彼女は言いました。

 君の弟くんは、彼《私の弟》に似ていたのかもしれない――。


 私には、彼女が言う「彼」が誰か分からなかったけど、彼女が伝えたいことは分かりました。分かってしまいました。

 露ほども、分かりたくなんてなかったのに、すとんと。心の中に入ってきたのです。

 彼女は一ミリの先だって見てやいない。過去に囚われて、今はもういない人の面影を探して。進もうとする自分を、嫌でも時間に流されて進んでしまう自分を逆走して。進んでいるのは周りで過ぎていく時間のせい、いらない未来を自分で潰してしまわないのは他の誰でもない自分が未来を絶った人に失礼だと考えているだけで今すぐでも消えてなくなってしまいたいのに――。

「今日、私が君に会いに来た理由、それはね。君を他人だと思えなかったからなの。こんなどうしようもない私のようになりそうな気がした」

 黙り込んだ私を感じて結論に至ったことを知ったのでしょうか。

 そして至った結論はどうやら間違っていなさそうでした。


 彼女は私のたった一人の弟の敵なのに――。


 たった一人の弟を奪った張本人を呪いきれなくなっている私がいました。

(これは彼女の作戦なのよ。騙されてはいけない、私。気をしっかり持って撥ねつけなければ陽太が浮かばれない)

 必死にあの体の奥から湧き上がってきた思いを掻き出そうとしているのに、もうどこにも重さはなかったのです。軽くなった代わりに浮き上がるのは喪失感だけでした。


「忘れてあげないで、ずっと想ってあげて。彼ならこういう時どう励ましてくれるだろうか。彼ならこういう時なんて言ってくれるだろうか。過去に縛られることでも、私みたいに時間軸の上に立ち止まることとは違う。いない人の生を託されるということよ。人は前の人から何かを託されて生まれ、次の人に何かを託して死んでいくの。あなたは実践することで彼から預けられた未来を全うできるのではないかしら」

「私が、……託された?」

「そう。それを理解するまでに時間が経ちすぎて、私には、何が託されたのか分からなくなっていた。彼を助けられなかったことより、その方が愚かだった。でも記憶も時間も、死者と同じように取り戻せないのよ」


「私のようにはならないでね。私は気付くのが遅すぎた」

 自重するようなつぶやきが聞こえたような気がしました。

次が私の番なのですが、もうこれで完結でよくないですか?www

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