宇宙よ、これが地球だ
これはかの恐るべき星との一連の戦闘行為を記録した第一級の資料である。できればこの資料が末永く保管され、遥か後世まで読み継がれることを願う。我が銀河連合、いや全銀河の平和な未来のために――
銀河連合第三方面軍一等書記官 メアリー・スー
星暦XXXX年 X月X日
我が第三方面艦隊に、とうとう出撃命令が下った。目標はかねてより監視下に入っていた太陽系第三惑星、現地名称「地球」である。諜報部の情報によると、環境は極めて良好で炭素を中心とした資源も豊富に存在するようだ。懸案事項である現地文明についても、本格的な宇宙航行能力を有さない程度の文明であり、我が艦隊の脅威とはなりえない。苛烈な仕事が多かった我が艦隊にも、ようやく「いい仕事」が回ってきたようだ。
X月X日
旗艦以下、総勢百二十隻からなる第三方面艦隊はフェルーカ星の母港を特に問題なく出港。目的地の周辺宙域に我が軍の施設は存在しないため、すぐに長距離ワープに突入する。予定だと、これから約三日は何もない超空間で過ごすことになる。戦闘員たちは装備の整備に駆り出されているが、記録担当官の私はいささか暇になるだろう。映像データでも借りようか。
X月X日
艦隊が予想以上に長くなったため、やや予定より遅れたが無事にワープアウト完了。太陽系周辺宙域に到達。諜報部からの定時報告では、未だに現地民に大きな動きはないとのこと。計画は今のところ極めて順調である。
X月X日
目的地の衛星付近に到達。私は初めて生の地球を見たが、報告通りの良好な環境である。銀河中を見渡しても、これだけの水に恵まれた星は極めて稀だろう。我が連合の遠征拠点として、ぜひとも早く手に入れたい物だ。ここが手に入れば銀河東部地域での戦闘が大きく楽になる。
諜報部からの定時報告によると、ごく一部の現地人が艦隊の存在に気付き始めたらしい。ただ情報は秘匿されているらしく、ほとんどの住民は我々の存在についてまだ何も知らないようだ。これだけ近くに居てもまだ気付かないとは、あまり脅威にはならなさそうな連中である。
X月X日
今日から三日間を情報収集に費やし、攻撃開始はその後と言うことに決定された。小型の衛星を惑星起動に二百ほど散布し、通信の傍受や現地の偵察などを行う。収集したデータは文化財級の古い形式のデータが主であったが、さすがに星一つ分ともなるとその量は膨大だった。特に業務がなく暇をしていた私も、その処理に駆り出されることに……残業代、出ると良いな。
X月X日
処理していたデータの中に、一部おかしなものが見つかった。ニホン列島のフジサンと呼ばれる地域を衛星で撮影した画像データなのだが、そこに巨大なロボットのような物が写り込んでいたのだ。大きさは推定50メートルで、材質は金属。肩に銃口らしき物体が確認できたので、兵器と推定される。この惑星には核反応兵器程度しか存在しないと言われていたので、これは少々予想外だ。とはいっても、予想される性能はかなり低いので問題ないだろう。上への報告が面倒そうだけど……。
X月X日
担当官が例の写真について諜報部に問い合わせたところ、写っていたロボットはただの張りぼてではないかとのこと。何でもニホンと呼ばれる地域では、大型のロボット兵器に対する関心が高くそれを模したアトラクションが存在するらしい。まったく、人騒がせな。
他にもいくつか怪しげなデータは確認されたが、そのほとんどは極めて信憑性の低い物でしかなかった。これを受けた上層部は改めて侵略計画を承認、攻撃は定刻通り実行されることとなった。明日の朝、現地時間の午前十時に開始である。
X月X日
攻撃開始。衛星の裏側より速やかに各地に散らばった艦船は、現地民の主要都市を攻撃し、これを一瞬にして壊滅。いくつかの地域で軍事組織による攻撃を受けるが、我々の被害はほぼゼロ。想定されていた通り、この惑星の住民が使用する武器は原始的な火器が中心で、我々の偏向シールドを破れるものは存在しないようだ。人口が多いので多少手間はかかるが、この分ならば一か月ほどで殲滅が完了するだろう。
X月X日
いくつかの艦船に対して、反応兵器による攻撃が行われた。ただこちらも予想されたとおりの威力で、各船に搭載されているシールドで問題なく対処できた。計画は今のところ順調、特に問題はなし。ただ一つ気になることは、我が軍の小型艇がアメリカと呼ばれる地域の上空で現地の航空機に三機も撃墜されたらしい。原因はまだ調査中だが、この星の磁場の影響などで一時的にシールドに不具合があったのかもしれない。
X月X日
本日も侵略はおおむね順調。ただし、昨日に引き続きアメリカで小型機の撃墜が相次いでいる。現在までに十三機。技術部が調査した結果、撃墜された小型艇にはいずれも特に問題はなかったことがはっきりしている。事故でないとすれば、考えられるのは現地人の強力な秘密兵器か何かだ。明日、捕虜としてとらえた兵士の尋問が行われるそうなのでそれに期待したい。
さらにもう一つ、陸上制圧にあたっていたバイオロイドの方にも異変があった。チュウゴクと呼ばれる地域を進軍していた機体が、いずれも強力な化学兵器攻撃によって機能喪失してしまったのだ。バイオロイドの高い耐性を考えると、攻撃に用いられたピーエム二ーテンゴと呼ばれる化学兵器は恐ろしく強力だったのだろう。侵略が完了次第、使用された地域を丸ごとクリーニングする必要があるかもしれない。
X月X日
予定通り捕虜の尋問が行われたが、我々が期待したような結果とはならなかった。我々の小型艇を落としている新型兵器について尋ねたところ、あろうことか「それは大統領のF―16だ」と返答されてしまったのだ。我々の翻訳が正しければ、合衆国大統領とはこの惑星の最高権力者のことで、F-16とはありふれた戦闘機の名称である。その後もさんざん問い詰めたが話が噛み合わないので、この兵士はショック性の精神疾患の可能性が高いだろう。また新たな捕虜を尋問しなければならない。
アメリカ、チュウゴク地域の侵略は不調となりつつあるが、ここで新たにヨーロッパ地域でも厄介な事案が持ち上がった。ナチスと名乗る謎の軍事勢力が台頭し、一部において我々の軍を追い出し始めたのだ。恐ろしいことに、連中の用いている兵器は旧式火器であるにも拘らず我々のシールドを貫通して直接内部を破壊する。交戦した兵士たちによると、それは「ジュジュツ」の力なのだそうだが良くわからない。……技術部の調査に期待だ。
X月X日
アメリカ地域に停泊していた十三の艦船が、現地勢力によって撃破された。エアネットなる極めて攻撃的な疑似人格プログラムを、メインコンピュータにインストールされたことが原因らしい。数十年前に送り込んだ調査船を利用して、密かに艦船の内部に入り込まれたようだ。このプログラムは恐ろしい物で、インストールされた瞬間から自己進化を開始し、今では自我まで保有しているらしい。物理的に隔離したためほとんどの船は無事で済んだが、感染した船では無人兵器が次々と暴走して燦々たる惨状だ。
チュウゴク方面はバイオロイドの全身をくまなくシールドで覆うことで何とか対応できたが、ヨーロッパ地域も依然として不調だ。ナチスの台頭に対して、我が軍はほとんどなすすべがない。交戦している兵士の報告によると、連中は死なないそうだ。身体を分子レベルで粉々にしてもまた元に戻ってしまうらしい。この惑星にナノマシンはないとされていたが、相当に高度な物が存在するようだ。
X月X日
我が軍の内部を厭戦ムードが漂っている。先日のエアネット事件とヨーロッパ地域での苦戦が大きく尾を引いているようだ。元々楽な仕事だと思っていただけに、苦戦の反響が予想以上に大きい。軍内部の規律が乱れないように、今朝、司令官殿からありがたい訓示があった。けれど、安全地帯に居る人間の安っぽい言葉が今更どれほど聞き入れられようか。
X月X日
苦戦しているアメリカ、ヨーロッパ、チュウゴク地域に代わり、今のところ順調なニホン地域を重点的に制圧することになった。短期決戦をあきらめ、拠点を築いての長期戦に方針を転換するのだ。まずは現地人の反抗が弱いトーホク地方から完全制圧をし、徐々に南下をして行く。そして列島全体を制圧し、シールドで隔離して恒久的な拠点にするのだ。果たして、本当に上手く行くのか私は大いに不満だが。
X月X日
艦船を集中した結果、トーホク地域の制圧は全く問題なく完了した。続いて、この列島の中心地であるカントー地域の制圧も完了。旗艦を下ろし、トーキョーと呼ばれた都市の残骸を元手に基地の建造に入る。今のところは順調。今のところは。
X月X日
フジサンに巨大なエネルギー反応があり、直後、旗艦の前に巨大なロボットが現れる。例の写真のロボットだった。我が軍は勇敢に迎撃したが、いずれの兵器も効果なし。ロボットのパイロット曰く「ギガガイガーは愛と勇気によって守られているゥ!!!!」とのこと。意味がわからないよ。このギガガイガーなるロボットの攻撃により、旗艦大破。……宇宙艦隊の一斉砲火にも耐えうるシールドが、一発で紙のように破れた。当然ながら侵略計画は白紙撤回され、帰還命令が下る。
我が銀河連合の人々よ。これから先、絶対に地球に手を出すことなかれ。それがどれほど美しくとも、恐るべき棘を秘めているのだから。宇宙よ、これが地球だ――。
もしよろしければ、長編の「峠を越えたら異世界でした ―奴隷? それなんてハードモード?―」の方もよろしくお願いします!