題材【団子】【姉モノ】
深夜テンションで執筆してるので少々変だったりするのは気にしないで下さい。
夏休み2日目。
俺の一日は、何かが壊れる音から始まった。
恐る々々音のした方をみると、バネが飛び出した目覚まし時計が壁際に転がっていた。
5代目目覚まし、42発目にして昇天なさった。
正直、やってしまったと思わない事もないが、一人暮らしを始めて8ヶ月間も、目覚ましの音ではなく目覚ましと壁が奏でる音によって起きているあたり、今更どうにも改善はされないだろう。
よくみると、バネを出している目覚ましは丁度8時を指している。勿論、俺の一日が午後8時に始まる訳がない。
外からは自己主張の激しい蝉の鳴き声が聞こえる。
まだ涼しい時間帯だが、既にうだる様な気温で、恐らく今日は真夏日になるだろう。
溜息を一つつき、ベットから身を起こす。
今の時刻は8時5分程か。
学校のある平日でも8時に起きている俺からすれば、十二分に早起きだろう。
そして、その時間に起きる事から分かるだろうが俺は基本的に面倒臭がりで、わざわざ夏休み2日目にして友達と遊ぶ予定を入れる程元気でもない。
にも関わらずこんな時間に起きたのには勿論理由がある。
それは、アメリカに留学していた姉が日本に帰ってくるのだ。
姉は去年現役で地元の国立大学に受かると同時に、突如としてアメリカに留学したいと言い出したのだ。
勿論両親は大反対し……なかった。
そのままあれよあれよと事が進み、1年前に姉はアメリカに発っていった。当時俺が高校1年の時だ。
それから4ヶ月後。
今度は父親の転勤が突如決まった。
父親一人では何も出来ないので母親もついて行く事になったが、行き先がオーストラリアだったのだ。
勿論一緒について来いと言われたが、一度も海外に出た事のない高校生にとって海外に住むという事に憧れもあったが、なによりも大きな恐れがあった。
ついて行きたくないと言うと両親は渋々一人暮らしを了承し、姉が留学から帰ってきた後に地元の大学に家から通える様にと、住んでいた家にそのまま1人で暮らす事になった。
目覚まし時計は一人で起きれる様にと買ったが、一度として本来の起こし方で起きた試しがないのも、親に起こされていた弊害だろう。
適当に焼いたトーストにバターを塗り、テレビの番組表から適当なニュースを選びつつ、今日の予定を思い出す。
姉はあと2時間もすれば空港に着くだろう。
空港はタクシーを使えば1時間のところにあるので、1時間後に家を出れば丁度いい時間になるだろう。
バスを使っても良いが、長旅で疲れているであろう姉をバスに乗せるのは気が引けた。
1年ぶりに姉に会えるので嬉しいと言うのは事実だ。だが、同時に気まずいと思うのも事実である。
実を言うと、俺と姉には血縁関係がない。いや、そもそも俺は、この家に住んでいた家族の誰とも血縁関係がないのだ。
所謂、養子である。
この家に引き取られる前は施設に入っていたが、姉を産んだあと子宮癌を患い子を産めない身体になった母親が、どうしても男の子が欲しいと言い、俺を引き取ったのだ。
当時、俺が小学2年、姉が小学5年の時だった。
その後の家族関係は、亀裂が入る様な事はなく極めて良好だった。
姉に会うのが気まずいのは、仲が悪いからではない。
寧ろ仲が良すぎたのが問題なのだ。
俺の初恋の相手は、姉だった。
そう、だった、のだ。
その初恋は去年、姉がアメリカに発つ前日に砕け散った。
何を血迷ったか、出発を明日に控える姉に告白したのだ。
べつに今生の別れと言うわけではないのにである。
姉は「弟だから」と茶を濁す様な返事だったが、俺にとっては存在を全否定された様なショックを受け、自室に閉じ籠った。
勿論、翌日の見送りも、頭が痛いからといってベットから離れず、家を離れて行く父親の車の音を聞いていた。
両親が2人で帰ってきた時、お土産として地元で有名な団子を買ってきていたが、一口食べ、なぜこれが有名になるのかと首をかしげたくなる様な味だったのを覚えている。
それからと言うもの、姉とは一切連絡をとっていない。
大好きな姉の迷惑になりたくないと思い、手紙どころか、メールさえも送らなかった。
もし姉が向こうで彼氏を作っていたとしても、それを祝福しよう。そう思うが、心の奥ではそれに反抗する自分がいた。
一体どんな顔をして姉と会えばいいのか皆目検討がつかない。
と、適当に眺めていたテレビの番組が変わり、9時になった事を知らせた。
急いでタクシー会社に電話をいれ、どうせ荷物持ちになるのだからと、携帯と財布だけを持って外に出る。
障害がなくなり、セミの鳴き声が大きく聞こえる。
ゆらゆらと揺れるアスファルトの道路を、黄色い車が走っていた。
セミの鳴き声が聞こえない代わりに、大きなジェット音とアナウンスがひっきりなしに聞こえる。
目の前には「到着口」と書かれた扉が、人の塊を吐き出し続けている。
が、お目当ての人は一向に出てこない。
時計をみると、既に11時になろうとしていた。
正確な到着時間はおろか、何便かすらも知らないので、いつ到着したかも分からない。
と、不意に後ろから肩を叩かれた。
「こうちゃん」
驚き、身体ごと後ろを振り向くと、唯一俺の事を「こうちゃん」と呼ぶ人物がいた。
「さちねぇ……」
そう、姉その人だった。
航平だからこうちゃん。幸子だからさちねぇ。
そう言い合った事が、不意に思い出された。
思えば、この呼び名を最後に使ったのは、姉に告白した時だったか。
「背、高くなったんだね」
と、姉が口を開いた。
「まあ、男だから」
少々見下ろす形に姉に答える。
「そっか。こうちゃんも男の子だからね」
うんうん。と、何度も頷く姉に声をかける。
「さちねぇ」
「ん?」
「おかえり」
すると姉はニッコリと笑い、
「ただいま」
と言うのだった。
そして、そういえば、と姉に問いかける。
「なんで後ろに居たの? 出てきたのに気がつかなかったって言うのはないと思うんだけど」
すると姉は責めるような顔つきとなった。
「だってこうちゃんが遅いんだもん」
「遅いって……」
時間通りでしょ? と聞くと、姉の表情は一転し、笑顔になった。
「まあ、飛行機が予定より早く到着しちゃって手持ち無沙汰になったから買い物行ってただけだけどね」
そっか。と答えると、話が途切れた。
途端に、先ほどまで感じなかった気まずさを感じ始めた。
無理矢理話題を作るより、早くこの場を逃げたいと思い、姉に話しかける。
「さちねぇ、荷物持つよ」
「ありがと」
そう言うと姉は、大きなスーツケースの上に載せて居た、空港で買ったであろうビニール袋を3つ渡してきた。
と、よく見るとあの団子の店の袋があるのに気がついた。
「さちねぇ、この団子なに?」
「こうちゃんへのお土産よ。タクシーの中ででも食べましょう」
姉は悪びれる事もなくそう言うと、スーツケースのとってを握り、タクシー乗り場へと歩き始めた。
つい先ほど大型機が到着したせいか、タクシー乗り場には長蛇の列が出来ていた。
最後尾に並ぶと同時に姉がゆっくりと口を開いた。
「ねえ、こうちゃん。1年前の事、覚えてる?」
突然何を言い出すのかと訝しみ、何も答えなかった。
すると、それを肯定ととったのか、はたまた答えは聞いていなかっただけか、姉はさらに続ける。
「出発の前の日、こうちゃんに告白されて私、恋って何かって考えたの」
暫くの沈黙の後、自嘲するように言葉を続ける。
「おかしな話よね。3つも年下の弟が恋を自覚してたのに、姉の私は恋が何か知らなかったんだから」
タクシーが来て、列が縮む。
「でも、考えても答えなんか出なかった。私はこうちゃんを弟だってずっと思ってたから」
列の最後尾にまた人が並び、列が伸びる。
「けど、アメリカに一人で行って始めて、寂しいなって思ったの。最初はこれがホームシックなんだなって思ってたんだけど、そうじゃなかった。いくらお母さんとテレビ電話で話しても、いくらお父さんに手紙を書いても、全然寂しさが拭えなかったの」
まとめて数台のタクシーが到着し、列が一気に縮まる。
「何時の間にか寂しいって気持ちが、ただこうちゃんと話したい、こうちゃんの顔が見たいって気持ちに変わってた。けど、その気持ちも一体何なのかも理解出来なかった」
また纏めて数台のタクシーが到着し、ついに次が俺たちの番となった。
「だけど、お父さんの転勤がオーストラリアに決まって、こうちゃんがついていくかも知れないって聞いた時、そんなの絶対嫌だって思ったの。日本に帰ってもこうちゃんが居なかったら意味がない、そう思ったの。その後、こうちゃんが日本に残るって聞いた時はすごく嬉しかった。日本に帰ったらこうちゃんに逢えるんだって思ったらすごく安心できた」
黄色いタクシーが、空港前の信号に引っかかるのが見えた。
「その時始めて、これが恋なのかなって思ったの。最初は突拍子もない事だと思ったんだけど、理解出来なかった気持ちが不思議と心に染み込んできてわかったの。ああ、これが恋なんだなって」
信号が変わり、タクシーがこちらに向かってくる。
「だからね、こうちゃん。あの時のあれをやり直したいの。私はこうちゃんのお姉ちゃんだけど、こうちゃんの事が好き。大好きなの」
そう言い姉は、ビニール袋を持っている俺の手に自分の手を絡ませてきた。
タクシーが目の前に止まり、運転手が降りてきてトランクを開ける。
スーツケースを入れ終わると、ドアが開く。
姉弟で手を握ったままタクシーに乗り込み、家の住所を伝える。
手に持って居たビニール袋から団子の入った箱を取り出し、包装紙を開け中身を取り出す。
そして1個手に取り口に運ぶ。
あいもかわらず塩辛いそれは、不思議と不味いとは感じなかった。