日本を変えた外国人
愛国心が低いのに母国語しか喋れない日本人
ルイ・ジョルシス(著書「外国人から見た日本人」より ポルトガル)
まず、ルイ・ジョルシスという人物について軽く説明しよう。はじめに、彼は大の親日家である。生まれも育ちもポルトガルの彼が何故日本という国に興味を持ったのか。それは、彼が高校生の時に祖父の家で見つけた古い1枚の絵がきっかけである。
その絵を見たときの様子を彼は著書「外国人から見た日本人」のあとがきにこう記している。
「何の絵が描かれているのかは、わからなかった。ただ、この絵を見た瞬間に私の体の中で稲妻が走ったかのようにビビっと何かを感じたよ。あんな感覚は後にも先にも、あの時だけだった…いや、妻を初めて見た時にも同じ感覚になったかな。とにかく、その一枚の絵を見て、とりあえず祖父にこの絵はなにか?と聞いたんだ。すると祖父は詳しい事はわからないが、昔の日本の絵だと言ったんだ。そこから私と日本の関係が始まったのさ。」
そう。 その一枚の絵とは、日本で描かれた絵であったのである。しかも、その絵は約400年以上昔に描かれたものであることが後にわかった。何故、そのような歴史的文献が彼の祖父に家にあったかは不明であるが、ルイ・ジョルシスと日本の繋がりはここから生まれたのである。ちなみに、その絵は今愛知県の歴史史料館に保管されている。
そこから、彼は日本に興味を持ち、大学で日本語を専攻し、独学で日本について学んだ。そして、大学を卒業後、ポルトガルで旅行会社に就職し、その2年後に日本の旅行会社に就職する。そこで、彼は外国人向けの旅行プランを数多く立てる。そして、8年後に外国人専用の旅行会社を設立する。今では当たり前のサービスになっているが、英国、中国語、ポルトガル語の3つの言語から選択し、その言葉を話せるガイドが引率することにより、ただ観光地を回るだけでなく、その場所の説明を詳しく聞ける仕組みを作ったのも、また彼である。
そして、会社を設立して7年後に、旅行プランを雑誌に掲載していた時に知り合った編集者に日本に対する思いを本にしたいと頼み、翌年「外国人から見た日本人」を出版する。この本は、全7章で分かれており第3章のタイトルに今回の名言が書かれている。
日本、いや日本人を 全て客観的に見て書かれているこの本は当時話題を呼び、確かにその通りと思う日本人よりも少し嫌な気持ち、馬鹿にされたと思った人の方が多かったはずだ。
そして、あの事件が起こる。話題を呼んだことにより、ルイ・ジョルシスはテレビに出演するようになった。ある日の生放送のテレビ出演の時、彼はこう言った。
「昔ね日本人は野蛮で野望に満ちていてむしろ人間らしかった。ただ、今の日本人は手先が器用なだけ。中立の立場が居心地が良いか知らないけど、結局は上に立つ力がなく、下の立場になるのが怖いだけ。隣国に舐められるのは当然の結果。もはや、国と呼ぶのもおかしい…(以下省略)」
これ以上書くのは止めておこう。彼は、とんでもない発言を日本人に向けて発した。この発言をした一週間後に彼は早朝のジョギング中に何者かに刺されて死亡した。犯人は未だに見つかっていない。司法解剖の結果、驚くべき事実がわかった。彼はかなり重い病に冒されていた。先は長くなかったという。また、ニュースでは生放送の翌日からジョギングをしたと近隣の住民の証言があった。
「とても良い方だったんですよ。本を買って読んだ時は少し悪いように書かれていると思ったけど日本の事をよく理解しているんだなぁと感じました。えぇ〜あの放送は見ました。とても驚きました。あんな事を言った後に急にジョギングを始めて…そうなんです。あの放送の翌日の朝にゴミを出しに行ったらちょうどジョギングから帰って来るルイさんと会って…まぁ少し危ないなぁと思ったんですよ。」
彼は大の親日家であった。