名前はきちんと確認しましょう
独自の名前ルールがあります。
皆様は王都貴族の気持ちでお読みください。
いきなり婚約破棄を突きつけられた私は呆然とした。
だって、私に婚約者が出来たのはつい二週間前で、しかも言ってきた男性ではないのだから!
どうしてこうなった。
ネグロス王国は王都を中心に東西南北を四分割し、それぞれの地域を四侯爵家が治めている。そして侯爵領の中を更に分割して伯爵家が治め、その伯爵領の中を子爵家が分割して治め、更に男爵家が、と入れ子人形のような形になっている。
前世知識のある私は、男爵は村長さん、子爵は町長さん、伯爵は市長さん、侯爵は県知事ね、と最初は覚えていた。でも何か違うなぁと感じていた。
関東地方とか関西地方のような何とか地方をまとめる役目があるならそちらの方がわかりやすいのだけど。
そして思いついたのが、地方長官って言い方。爵位ごとにちょっとずらすことになった。
侯爵家は地方長官の役割を担っていて、私が住んでいるところだと東部全域を統括している。それと、国境付近に領地がありそこの領主もしている。創作作品によくある辺境伯と同じ役目だ。
当然広大な地域になるので、県知事ポジションとして伯爵家にそれぞれの土地を配置する。それぞれの伯爵家から報告が上がるのをまとめるのが侯爵家のお役目だ。
伯爵領はやはり一つの県レベルの広さがあるので統治は難しい。だから分割して子爵家を配置する。市長さんだね。それとは別に伯爵家も直轄の土地を持つ。そりゃあね、直接税収を得られたり住むための土地は必要だからね。
ここまで来ればわかると思うけれど、市もやはり広いので町長が必要になるのだ。それが男爵家。
いくつかの村や集落、町を治めるくらいなら出来るわけだ。
因みにだけど、この四侯爵家は建国の際に王家を支えた忠臣の一族から成り立っている上、それぞれの地方は血族が分家をホイホイと作って爵位を与えて広がっているから家名が似ている。
東部のラグ侯爵家。
西部のベル侯爵家。
南部のサラ侯爵家。
北部のノル侯爵家。
これをベースに、例えば東部だとラグロ伯爵家、ラグマ伯爵家、ラグニ伯爵家なんて一音増える。ラグロ伯爵家の下の子爵家ならラグロア子爵家、ラグロマ子爵家のように四音になり、ラグロアナ男爵家、ラグロアノ男爵家のように五音になるから寄り親寄り子が目に見えて分かるのだ。
なお、この名前ルールは土地持ちの貴族に限定され、領地を持たない法衣貴族や王家直臣や騎士爵には適用されないから、これはこれで分かりやすくなっている。
因みに功績による新興貴族にどうしても領地を与えたいと王家から打診された場合、まず四侯爵家のどこが預かるかを話し合い、土地と名前を授けることになる。
新興貴族の場合は二年ほど侯爵家から政務官が派遣されて手とり足とり教えるのは、貴族でなかった者が領地経営出来るわけがないからだ。
その力が無いと判断されると侯爵は国王に奏上し、領地無し肩書きだけの貴族にしろや、と言うのを遠回しに告げる。
今は関係ないな。とりあえず家名を見れば関係性がよくわかるようになっているし、似たような家名だから気を付けなければならないことは間違いない。
ついでに名前の付け方だけど、名前・ミドルネーム・家名が正式名称だけど、このミドルネームもまた家名と関わりがある。
私の名前はアナスタシア・レミ・ラグレ。ラグレ伯爵家の者なのだけど、レミとは母の実家に関わりがある。
母の実家はラグレミ子爵家。直下の爵位から嫁いだからレミだけを抜き取ってミドルネームとする。
母はユリアナ・レル・レミ=ラグレ。
祖母がラグレル子爵家からラグレミ子爵家に嫁ぎ、結婚前はユリアナ・レル・ラグレミだったけど、嫁ぐことで実家の部分が家名の前に付くわけだ。
だから私がもしもラグマ伯爵家の人と結婚するとしたら、アナスタシア・レミ・レ=ラグマ、のようになる。因みに男性が婿入りする時も家名の前に実家を示す文字がつく。
これが東部以外の場所に嫁ぐとなるとものすごく長くなる。どの地域かわかるようにしなきゃいけないから、西部のベル侯爵家に嫁ぐとするでしょ?
アナスタシア・ラグレミ・ラグレ=ベル、になるわけ。母はラグレミ子爵家出身で、私はラグレ伯爵家出身で、ベル家に嫁いだアナスタシアです。ってことになる。
同じ地域内だと省略出来るのに他地域だと全部がなければならないから、男爵家同士だと大変だよね。
例えば東なら北か南と領境があって、そこで結婚があるとするじゃない。すぐお隣なのに管轄の侯爵家が違うからとんでもない長さになるわけだ。
私の従姉はいやだぁと嘆きながらサラノス子爵家に嫁いで行ったよ。まあ、孫世代になると楽になるから二代は我慢しなきゃいけないだけで。
さてさて、名前ルールを説明したのには訳がある。
基本的に子供の頃とかは同じ地域の子としか遊ばないなんてのは普通だろう。だから自己紹介は当然省略する。
先程も言ったけど、私のフルネームは「アナスタシア・レミ・ラグレ」なのだけど、幼い頃はそれも長いので「アナ・レ」と言うことがある。
子供だとどうしても長い名前は覚えられないというのはよくある。
侯爵家の子供は家名を名乗らない。言う必要が無いからだ。それに対して伯爵家以下の子供達は家名を短くするし、なんなら名前すら愛称レベルで簡単にする。
それでも子供たちの間では通じるし、大人も家名を聞いていれば調べられるので問題はなかった。
建国は古くても同じ血族と言う意識は強いのが東部の特徴で、子供が六歳になると伯爵家も男爵家も関係なくラグ侯爵家参りをする。侯爵家からお祝いの品と言葉を貰うのだ。
もしもその時に歳が近い子供がいれば侯爵家の子供と「お友達」になる。理想は同じ歳だけど、二歳の差までならありだ。何がって、王都学園に入学した際の取り巻きである。正しくは学友か。
他の地域はどうか分からない。ただ、東部地域はラグ侯爵家をトップとした三角構造で、側近は伯爵家から選ばれるのは確かだ。
私の年代は丁度嫡男のテオドール様がいた。同じ歳で。そして伯爵家はラグレ家の私とラグソ家のユリアンしかいなかった。子爵家や男爵家はたくさんいるけれどね。
必然として、私は女子の、ユリアンは男子の取りまとめとなり、テオドール様の側近として動くことが決まったのだ。
公爵家は基本的に王族の方が独身のまま臣籍降下した際に興すもので一代限りしかない。どうしても王族には残らず子供が欲しい場合は母親の生家の養子になるしかない。
なので、王立学園では王族の次に地位が高いのは侯爵家の子女となる。
王族の婚姻は貴族以上に厳しいルールがあるので伯爵家以下の子女達は候補にもあげない。その代わり、侯爵家の嫡男はまさに貴族の中では最高峰の候補。侯爵夫人ともなれば王族にもお会い出来るし社交界の中心に立てると考えるわけだ。
偶然か、私たちが入学する年は奇跡的に四侯爵家の令息が揃った。
そりゃあ令嬢たちは盛り上がったよ。何せどの方も婚約者がいないのだから。
東部地域の令嬢達には私がきっちりと取りまとめをしているからか、目立った暴走はなかった。暴走の結果、迷惑を被るのはテオドール様だ。何か起きたら責任を取れるのか、と。
東部地域は血族意識が強い。つまり、侯爵家の名誉を傷つけたら東部地域全体が敵に回るのだ。怖い。
「ユーリ、テオ様のお茶会参加者一覧が出来たわ」
「おう。こちらは演習観戦の日程が決まった。今回は東部のみだから断ってくれ」
「分かったわ」
テオドール様とお近付きになりたいのは何も同じ歳の令嬢だけではない。三学年ある全ての令嬢に機会がある。年上の方も遠慮せずにテオドール様を初めとした四侯爵家の令息とお近付きになろうとするので、私とユリアンは防波堤として必死に調整をしている。それもこれも、テオドール様が心置き無く学問を学ぶ為であり、円滑に人間関係を広げるためだ。
他の地域がどうしているのかは分からないけれど、東部は団結力が桁違いだ。
「テオ様、スケジュール確認をよろしいでしょうか」
「いつもありがとう、ユーリ、アナ。君たちのおかげで僕は平穏だけど、君達は大丈夫?」
「もちろんです」
「気にしないで下さい。テオ様の側近として務めあげたら俺たちの箔になるんで」
「ユーリ、言葉遣い!」
「はは。アナ、ユーリはこのままでいいんだよ」
恐れ多くもテオドール様は私達を友人だと仰ってくださる。私は異性なのでユリアンほど気楽には話せない。ただ、信頼してもらえているのは分かるからそれに全力で応えたい。
テオドール様の胸ポケットに納まるポケットチーフを眺める。全体に金糸で刺繍が施されているのは東部侯爵家の人間の証。
四地域に住まう人間は代々のルールでそれぞれ統一された色のポケットチーフを使うようになっている。
東部は青、西部は白、北部は黒、南部は赤。
そして侯爵家の子女は全体に金糸で刺繍を。伯爵家の子女は縁取りに銀糸で刺繍を。それより下は無地を使う。
原則として侯爵家の方と同じ色の刺繍糸を伯爵家の子女は使わないが、側近は例外で同じ金糸を使える。
なので、私とユリアンは青に金糸で縁に刺繍を施したポケットチーフを胸元のポケットにさしている。
これは同じ地域の人間よりも他地域の人間に自分の所属を目に見えた形で示せるので便利なのだ。
私はすっかりと頭から抜け落ちていたのだけれど、これらのルールは学園規則に定められているわけではない、代々の慣習のようなものなのだ。
私達四地域のいずれかに住む人間には当たり前でも、王都で暮らす人々には分からない限定的なルール。
名前もそうだと気付いたのはまさに婚約破棄を叫ばれた時だったわけだ。
「アナ・レミ! ボクは真実の愛を見つけた! よって君との婚約は破棄する!」
だれ~~~!
そもそも私は「アナ・レミ」ではないんだけどな~!?
少なくともラグレミ子爵家には私と同じ年頃の子女はいない。七歳下に嫡男、更にその下に次男がいるだけなんだけどな~?
「……どなたですか?」
少なくとも私は彼を知らない。
そしてその彼の腕の中にいる令嬢も知らない。ちらっと見る限りポケットチーフが無いので王都の人間なのだろうけれど。
「婚約者なのにボクの名前も知らないのか! やはり破棄して正解ではないか」
「ですから……」
知らないよ。知るわけが無い。だってこの男は私の婚約者ではないのだから。
「アナ、君、いつからラグレミ子爵家の娘になったの?」
「テオ様! ご存知のくせに……私はずっとラグレ家の娘です!」
「だよね。ねえ、そこの君。間違えているよ。アナは君の婚約者ではない。彼女はユリアン・ラグセラ・ラグソの婚約者なんだから」
私を庇うように前に立ったテオドール様。そして私の隣に来て腕の中に囲うのは二週間前に婚約者になったユリアンだ。
私の婚約が二週間前に決まったのは、テオドール様の婚約が決まったからだ。テオドール様にもしも良さそうな方が見つからなければ私が婚約者筆頭の立場だったのだ、実は。
無事に決まったことで、私も早急に婚約者を探さなければならなくなったのだけれど、それよりも前にユリアンから申し込まれた。
付き合いは十年以上に及び、この一年は特に傍にずっといたけれど不満も何も無かった。むしろ安心しか無かった。
だから親から言われた時、直ぐに頷けたのだ。
そんな信頼している人の腕の中でようやく落ち着いた私は、キッと意味の分からない婚約破棄宣言した男に向かって自己紹介をする。
「私はアナスタシア・ラグレミ・ラグレ。ラグレ伯爵の娘にございます。私は二週間前に初めて婚約者が出来たばかりで、貴方様を存じ上げません。どなたかとお間違いです」
「な、なんだと……」
結局、間違えていたわけだ。
あの男の本来の婚約者はアナベラ・ベルロス・ベルレミ子爵令嬢。西部地域の方だ。子供の頃の呼び名なら確かに「アナ・レミ」になるだろうけれど、この歳になると子供の時のような自己紹介はしない。
なんで勘違いしたのか。
アナベラ嬢は大変激怒していた。その婚約は他国から移住してきた彼の一家を引き受けるために結ばれたものなのに、一度も領地に来たことがなかった。学園で交流しようにも、いつも女子を侍らせている。
その時点で信頼はゼロなのに、よりにもよって別地域の伯爵家の令嬢に婚約の破棄をふっかけるなど有り得ない。
結局その婚約は解消となった。
まあそりゃそうだろう。自分の名前を知らないのか、と私に言い放っていたけど、その本人が名前を覚えていなかったのだ。覚えていたら明らかに違いすぎる名前に気付けただろうに。
しかも「真実の愛」とか馬鹿げたことを言いながら不貞をしていたのだ。誰でも嫌がるに決まっている。
彼が他国の人間だから理解出来ていなかったのかもしれないけれど、ネグロス王国で生きるなら知っておくべきだったのに。
名前を聞いただけでどこの地域出身でどこの家と繋がりがあり、家の爵位すら分かるのに。
「アナ様、変な人に変な事を言われて大変でしたね……」
私が取りまとめている令嬢達から慰められたりしたけれど、まあ、あんな事が二度と起きなければそれでいいや。
そう思っていた私は、まさかこの先何度も婚約破棄関連に巻き込まれることなど想像もしていなかった。
ユリアンという婚約者がいるのに何故か「真実の愛」の相手にされたり、勝手に婚約者扱いされていたり、他の人と間違えられたり。
何故……と打ちひしがれる私をテオドール様とユリアンに慰められる三年間になる事を私は知る由もなかった。
――――――
■ユリアン視点おまけ
俺の婚約者は美人だ。
本人に自覚があまりないのだが、美しい空色の髪の毛にアイスブルーの目をした美人なので恋愛関係のトラブルにすぐ巻き込まれる。
一年生の時は他の令嬢と間違われて婚約の破棄を叫ばれたが、あれが引き金となったのか。
翌年には三回もどこかの誰かの「真実の愛」の相手にさせられたし、そんな事実はないのに誰かの婚約者扱いされていた。
アナスタシアは長らくテオドールの婚約者候補筆頭だった。とは言え、昨今では近すぎる血は良くないということで他地域から嫁を探すようにとテオドールは厳命されていた。それでも見つからなければアナスタシアが正式な婚約者になっていただろう。
俺はそれをやきもきしながら見ているしか出来なかった。
そうだよ。ずっと、初めて会った時から俺はアナスタシアが好きだった。だけど、テオドールの婚約者候補だったから何も言えなかった。
早く見つけてくれ、とテオドールに祈り続け、無事に他地域の令嬢と婚約したのを聞いた時は諸手をあげて祝った。
そしてその勢いのまま家に手紙を送り、ラグレ家に婚約の申し込みをしてもらったのだ。
それまでテオドールがいたから皆が遠慮していた。だけど、そのテオドールに婚約者が出来たらアナスタシアはフリーになる。
争奪戦になるのは簡単に想像出来たからこそ、テオドールは俺に早く教えてくれたのだろう。
家に連絡しただけでは足りない。自分の口でアナスタシアに告白し、受け入れてくれた時は人生で一番幸せだと思った。
まあそれでも、アナスタシアが美人なのに変わりは無い。
そりゃあもうどれだけの数、婚約解消しろと言われたか。
特にしつこかったのは北部のノル侯爵家の息子だ。色合いが北部に相応しいからとか、何だかんだしつこ過ぎた。
アナスタシアを婚約者扱いしていた一人がこいつだ。
ただ、アナスタシアは東部から出るつもりは一切ないので、冷静に残酷に告げた。
「申し訳ありませんが、寒い地域は苦手なのです。それに、婚約していると公にしているのに不貞を促す方は嫌いです」
きっぱりはっきり。
俺とテオドールの前ではころころ変わる表情だけど、好感度が低い相手には一律の顔しか見せないアナスタシア。
特別なんだと態度で教えてくれるから俺の幸せは増えるばかりだ。
「はー、早く卒業して結婚したい」
「願望が口から出てるよ」
「出してんだよ」
今日のアナスタシアは令嬢のお茶会でここにはいない。机にべったり張り付いた俺は、テオドールに聞こえるように愚痴を零す。
「テオの結婚式が終わるまでは出来ねぇんだもん。それはいいんだけど、早く結婚したい」
このボヤキは結婚するまで止まることはなかった。
東部でのフルネームは「アナスタシア・レミ・ラグレ」
王都などでは「アナスタシア・ラグレミ・ラグレ」
これは、母親も東部地域の人間ですよーっていうことを示す為です。
簡略化して「アナスタシア・ラグレ」でも通じます。ただ、最初の挨拶はフルネーム必須ですし、書類は完全フルネームになります。
※設定が難しいとのことで説明ページ作成しました。
https://ncode.syosetu.com/n2729mp/1/
こちらをご参照ください。




