表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
秒で番(つがい)の屋敷を焼いた魔王 ~過保護な陛下は、愛しき小鳥を檻から救い出す~  作者: 宮野夏樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/11

第9話 世界で一番高い場所での誓い


 その夜、リリアは眠れなかった。薄暗い天蓋の中、寝台の上で自分の指先をじっと見つめる。


「……魔族の、愛撫」


 昨日、ゼノスに指先を舐めとられた感触が消えない。湿った熱、吸い上げられるような感覚。思い出すだけで心臓が喉元まで跳ね上がり、頬が火照る。


「わ、私、とんでもないことをしてしまったんじゃ……」


 無自覚に彼を誘ってしまったのではないか。そう思うと、胸の奥がひどく疼いた。その時だった。


 コンコン、と場違いな場所から音が響く。バルコニーに続く、高い窓。


「え……?」


 カーテンを開けたリリアは息を呑んだ。漆黒の外套を風になびかせ、夜空に平然と滞空する魔王がそこにいたからだ。朱色の瞳が、月光を背に鋭く、けれどひどく熱くこちらを射抜いている。


「外へ来い、リリア」

「えっ、今ですか!?」

「今だ。……お前の顔を近くで見なければ、私の夜が明けない」




 数分後。リリアはゼノスの逞しい腕の中にいた。


「わ、わわっ……!」


 ふわりと身体が浮き、一気に高度が上がる。夜風が髪を乱し、魔王城の尖塔がどんどん足元へ遠ざかっていく。


「怖いか」

「……少しだけ。でも、ゼノス様がいてくださるから」


 正直に答え、彼の首筋に細い腕を回すと、抱きしめる力が強まった。


「離さない。お前が震えるなら、私がその震えごと飲み込んでやる」




 降り立ったのは、城で最も高い場所――黒曜石の鋭利な尖塔の頂だった。視界のすべてを星空と、その下に広がる魔族の都の灯りが埋め尽くしている。


「綺麗……」


 感嘆の溜息を漏らしたリリアの背後から、熱い体温が押し寄せた。ゼノスが後ろから彼女を包み込むように抱きしめる。薄い寝間着越しに、彼の力強い鼓動と、硬い胸板の質感が伝わってきた。


「……ゼノス様?」

「この国を見ろ。ここにある街も、森も、空も、お前が今吸っている空気のすべてが、俺の支配下にある」


 耳元で囁かれる低い声。吐息がうなじを掠め、リリアの背筋に甘い戦慄が走った。


「つまり、お前がこれから見る景色のすべてに、俺がいる。お前が逃げようとしても、そこは俺の腕の中だ」


 腕がわずかに強くなり、逃げ場を塞ぐ。


「一生、俺の視界から消えることを許さない。……重いか?」


 それは、人族の常識で言えば呪いのような束縛だ。けれど、リリアはゆっくりと腕の中で振り返った。


 月光に照らされたゼノスの顔を見上げる。その瞳にあるのは、冷酷な支配欲ではなく、自分を失うことを何よりも恐れている男の切実な熱だった。


「……いいですよ。重いの、嫌いじゃないです」


 リリアは小さく笑い、彼の胸にそっと額を預けた。


「私も、ずっとゼノス様のおそばにいたいです。……私の世界も、ゼノス様だけでいい」

「───っ」


 空気が凍りついたように止まった。リリアの無垢な肯定は、ゼノスが必死に繋ぎ止めていた理性の鎖を、いとも容易く焼き切ってしまった。


「お前は……自分が何を言っているのか、本当に理解しているのか」


 ゼノスの手がリリアの腰を抱き寄せ、密着させる。


「それは俺を完全に縛り、狂わせる言葉だ。……もう、加減などしてやれんぞ」

「……だめ、ですか?」


 上目遣いに、潤んだ桜色の瞳で見つめる。その瞬間、ゼノスは観念したように深く息を吐き、彼女の顎を指で掬い上げた。


「……歓迎だ。だが、覚悟しろ」


 朱色の瞳が捕食者の色に変わる。


「お前が望む以上に、愛して、壊して、繋ぎ止めてやる」


 その言葉に、リリアは目を閉じ、静かに唇を震わせた。


「……はい」


 二人の距離が、ついにゼロになる予兆。




 塔の下、城内では廊下のすべての蕾が一斉に爆ぜるように咲き乱れた。シャンデリアが愛の魔力に当てられて桃色に発光し、城全体が熱に浮かされたように震え始める。───魔王の理性が、音を立てて崩壊するまで、あと数秒。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ