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秒で番(つがい)の屋敷を焼いた魔王 ~過保護な陛下は、愛しき小鳥を檻から救い出す~  作者: 宮野夏樹


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第12話 場違いな「勇者」と魔王城のティータイム


 今日も今日とて魔王城『黒曜宮』の朝は、驚くほど平和だった。厨房には焼き立てのスコーンと、最高級の茶葉の香りがふわりと漂っている。昨夜、魔王の毒牙(比喩ではない)にかかったリリアは、少し腰に違和感を覚えつつも、幸せな気分でティーポットを温めていた。


「アンナ、このジャム、魔王様がお好きかしら?」

「はい!  陛下はリリア様が関わるものなら、たとえ雑草の煮凝りでも『至高の毒だ』とか言って完食されますよ!」


 エプロン姿の主従がキャッキャと笑い合う。ここは魔王城の厨房というより、もはや「激甘スイーツ専門・予約の取れないカフェ」状態であった。


 その時だった。


 ───ドゴォォォォン!!


 城門が、物理法則を無視した衝撃で爆発した。


「な、何!?  テロ!?」

「いえ、お嬢様!  侵入者……というか、『勘違い集団』です!」


 廊下を走る魔族兵たちの絶叫が響く。


「侵入者ァァ!  勇者パーティーだぁぁ!」

「よりによって、リリア様のティータイムにぶつけてきやがった!」

「陛下がキレるぞ!  世界が滅ぶ!  避難しろぉ!」


 しかし、リリアは動じない。むしろ、おもてなしモードのスイッチが入った。


「アンナ、予備のカップを出して。お客様、歩き疲れてお腹が空いているはずだわ」

「……お嬢様、あの人たち、一応『殺す気』で来てると思うんですけど」




 城の大広間。扉を派手に蹴破って現れたのは、キラキラと無駄に発光する四人組だった。


「魔王ゼノス!  年貢の納め時だ!」


 金髪をなびかせた勇者が、伝説の聖剣を抜く。


「攫われた薄幸の令嬢を返してもらおうか!  ……って、ひいっ!?」


 勇者の言葉が引き攣った。玉座に座るゼノスの殺気が、文字通り「物理的な重圧」となって大広間の床をメキメキと踏み抜いていたからだ。


「……殺す」


 ゼノスの朱い瞳が、ドス黒く光る。


「私のリリアとの、朝の抱擁(二時間)を邪魔した罪……万死に値する」

「二時間も抱擁してんじゃねーよ!  変態魔王め!」


 魔導士の少女が杖を構えるが、膝の震えが止まらない。あまりの魔力差に、勇者パーティーは突入一分で全滅の危機に瀕していた。


 ───その時。


「はーい、皆様お疲れ様です。お茶が入りましたよー」


 エプロン姿のリリアが、ワゴンを押してガラガラと戦場の真ん中に割って入った。


「「「えっ!?」」」


 勇者たちが固まる。そこには、虐げられているはずの令嬢が、ピカピカの肌と幸せオーラを全開にして微笑んでいた。


「遠いところから大変でしたね。新作の『魔界イチゴのタルト』です。冷めないうちにどうぞ」

「えっ、あ、どうも……って、バカ!  俺たちは救出に……」

「勇者様、一口食べてからでも遅くないですよ?」


 リリアの聖母のような微笑みに毒気を抜かれ、勇者がふらふらとタルトを口に運ぶ。


「…………う、うめぇえええええ!!  なんだこれ、聖騎士団の配給(パサパサの乾パン)と全然違う!」


「この紅茶、魔力が回復するどころか、肌のキメまで整うわ……!」


 気づけば、勇者パーティーは床に座り込み、魔族兵たちと並んで茶をしばき始めていた。


「おい、魔族のおっさん。お前ら、毎日こんなもん食ってんのか?」

「おうよ。リリア様が来てから、食堂のメニューが三ツ星レベルだ」

「マジかよ。俺の故郷、年貢きつくて塩おにぎりだけだぜ?」

「うちは残業代出ないしな……。なあ、ここ、中途採用募集してない?」


 大広間に広がる、圧倒的な「ホワイト企業」の空気。勇者が涙を流しながらゼノスを見上げた。


「魔王……。あんた、令嬢を攫ったんじゃなくて、聖女をヘッドハンティングしただけだろ」


 ゼノスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「攫った覚えもヘッドハンティングした覚えもない。……リリアが、私の隣を選んだだけだ」


 その時、ゼノスがリリアの腰をぐいっと引き寄せ、見せつけるように彼女の首筋に鼻先を寄せた。


「おい、勇者」

「は、はい!」

「食い終わったら、その皿を洗って帰れ。……あと、次にリリアに色目を使ったら、お前の実家の村ごと更地にする。いいな?」

「「「イエッサー!!」」」


 勇者パーティーは爆速で皿を洗い、厨房に「ごちそうさまでした!」と書置きを残して逃げ帰っていった。


 静かになった大広間で、リリアがぽつりと言う。


「……皆さん、いい人たちでしたね。今度、お弁当持たせてあげましょうか?」

「……二度と呼ぶな」


 ゼノスはリリアを正面から抱きかかえ、そのまま玉座へ座った。


「リリア、お前は優しすぎる。……毒を盛るか、私だけを愛でるか、どちらかにしろ」

「えぇ……。じゃあ、ゼノス様を愛でる方にします」


 リリアが彼の角を優しく撫でると、魔王は一瞬でふにゃふにゃに蕩けた。




 遠くでバルトが、割れた城門の修理費用を計算しながらモノクルを直す。


「……勇者が転職を希望する魔王城。歴史書には『壊滅的平和』とでも記しておきましょうか。あと、壊された城門等の費用は人族の王へ請求しておきましょう」


 こうして、人族最強のパーティーは「魔王城のタルトの味」に敗北し、世界は今日も、別の意味で滅びかけていた。

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