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第8話 知識は武器。記憶の中の条文が、徴税官の横暴を論破する

理不尽な増税という名の暴力がスラムを襲う。だが、奪われるだけの弱者でいるつもりはない。かつての知識と、今の武器である『解析』スキル。二つを組み合わせた時、法は搾取の道具から、身を守る盾へと反転する。さて、今回の取引は――法の抜け穴を突いた、ささやかな「勝利」の記録です。

法という名の暴力が、貧民街スラムの朝を蹂躙していた。


場所は廃棄物処理場の正門前。開門を待つ「屑拾い」たちの列が、恐怖と当惑で波打っている。

その中心に立つのは、紫紺の法衣を纏った男――王都商人ギルドから派遣された徴税官だ。周囲には武装した衛兵が展開し、無防備な労働者たちを威圧している。


「静粛に! これより王都商人ギルド、並びに財務局による『特別賦課金』の徴収を行う!」


拡声魔法で増幅された声が、鉛色の空に反響する。

列の後方に並んでいた俺は、その光景を冷ややかな目で見つめていた。


「……やはり来たか。昨日の『環境保全税』に続く、第二の矢だ」


脳内で、かつて商人として叩き込まれたギルド規約の全文が、高速で展開される。

奴らの狙いは明白だ。スラムの最底辺からすら、生存コストギリギリまで搾り取ること。


「おい貴様、何を持っている!」


衛兵の怒声が響く。列の前方で、老人が抱えていた袋を奪われていた。

袋から転がり出たのは、錆びついた真鍮のパイプや、魔力が枯渇した魔石の欠片。どれも、俺たちが泥にまみれて拾い集めた「生活の糧」だ。


「未登録の魔導資源を確認。没収だ」

「そ、そんな! それは今日のパン代なんです!」

「黙れ。法に逆らうつもりか!」


老人が泥に突き飛ばされる。見るに堪えない暴力的な収奪。だが、俺は感情を殺して思考を加速させる。

スキル『解析アナライズ』起動。


視界に、徴税官の個人識別――『氏名:ガストン』が表示され、彼らが手にする『徴税マニュアル』の文字列が透過表示される。

相手の手元にあるマニュアルの版数、付箋の位置、そこから読み取れる奴らの行動原理ロジック。根拠法は『戦時特別税法』の拡大解釈。だが、その適用範囲には……必ず「穴」がある。


不意に、徴税官の視線が俺を射抜いた。

ボロ布を纏ってはいるが、隠しきれない「異物感」を嗅ぎ取ったのだろう。彼は獲物を見つけた猛禽のように、衛兵を引き連れて真っ直ぐに俺へと歩み寄ってきた。


「ほう。随分と落ち着いているな、少年」


ガストンは、俺の鼻先で立ち止まると、慇懃無礼な笑みを浮かべた。


「その懐の膨らみ……申告すべき資産を隠匿しているね? 即時開示を命じる」


衛兵たちが剣の柄に手をかける。周囲の屑拾いたちが、巻き添えを恐れて蜘蛛の子を散らすように距離を取った。

俺は一度だけ大きく息を吐き、真っ直ぐにガストンを見据え返した。


「資産などありません。あるのは、この身一つと僅かな知識だけです」


俺の言葉に、徴税官が怪訝そうに眉をひそめる。


「知識だと? ……ふん、戯言を。素直に出せば、慈悲を与えてやろうとしたものを」

「例えば……貴方の手元にあるそのマニュアル。『第4版改定・戦時特別税法運用指針』の第12項ですね」


俺の指摘に、ガストンの指がピクリと止まった。


「……何?」


「『廃棄物処理法 第12条第3項:一次選別前の堆積物は、資源ではなく「汚泥」と定義される』。その解釈指針が、貴方の持っているマニュアルの3ページ目、下から4行目に記載されているはずです」


俺は淀みなく言葉を続ける。

脳内のデータベースから、該当する条文を一字一句違わず引き出し、現実の事象に重ね合わせる。


「現在、我々が並んでいるこの場所は、処理場の『ゲート外』です。つまり、我々が所持している、あるいはこれから拾うものは、法的にはまだ『資源』として認定されていない。汚泥に対する課税権は、衛生局の管轄であり、商人ギルドにはありません」


ガストンの顔から笑みが消えた。

彼は慌てて手元のマニュアルを開き、俺が告げた箇所を確認する。そこには確かに、俺の言葉通りの記述があった。


「……馬鹿な。何故、スラムのガキが内部規定を……」

形式的整合性フォーマル・コンシステンシーの問題です。貴方たちが『法』を盾にするなら、こちらも『法』の定義に従うまで。この場所での徴収は、明白な管轄権の侵害にあたりますよ」


俺はさらに、足元の泥を靴底で踏みしめた。


「それとも、貴方たちは衛生局の許可を得て、この『汚泥ゴミ』の所有権を主張するのですか? そうなれば、昨日の雨で溢れ出した処理場の排水処理義務も、ギルドが負うことになりますが」


「ッ……!」


ガストンが言葉に詰まる。

俺が突きつけたのは、縦割り行政の弊害だ。利益だけを吸い上げようとすれば、それに付随する義務コストも引き受けなければならない。そのリスクを今の彼らが負いたくないことは、事前の『解析』で明白だった。


周囲の静寂が変わる。

怯えきっていた屑拾いたちが、事態の推移を見守るように息を潜めている。


ガストンは顔を朱に染め、マニュアルを握りしめた。


「……小賢しい真似を! だが、中に入れば貴様らの拾うものは『資源』となる! 出口で倍の税を徴収するまでだ!」


「それはその時の『後払い』での交渉ですね。……今は、通してもらえますか?」


俺は静かに一礼した。

ガストンはギリギリと歯噛みしながらも、衛兵に合図を送る。道が開いた。


「……顔は覚えたぞ、アシュトン家の出来損ないめ」


すれ違いざまに吐き捨てられた言葉に、俺は眉一つ動かさずに答える。


「光栄です。ですが、今はただの『屑拾いのレン』とお呼びください」


ゲートをくぐり抜ける背中に、突き刺さるような殺気を感じる。

だが、俺は振り返らない。

震える指先を強く握りしめ、俺は処理場の奥、悪臭漂うゴミの山へと足を踏み入れた。


(……勝った。だが、これは時間稼ぎに過ぎない)


ギルドは学習する。次は必ず、法的な抜け穴を塞いでくるだろう。

その時までに、本当の力を――『等価交換』による圧倒的な資本を築かなければ、今度こそ俺は潰される。


俺は鉄の鉤爪を握り直した。論破は勝利ではない――生存の猶予を買っただけだ。次に奴らが来る時、今度は条文では止まらない。だから、その時までに“等価交換”で資本を積むしかない。泥に足を取られながら、俺は処理場の最奥を見た。そこには屑拾いが絶対に近づかない区画――『奈落』が口を開けている。


権力者のマニュアルを逆手に取り、見事に窮地を脱したレン。しかし、それは一時的な回避に過ぎません。ギルドは必ず学習し、次はより強固な網を張ってくるでしょう。真に自由になるためには、法をも覆す圧倒的な「資本」が必要です。

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